「なあ、どうしたらいい?夜とか朝とか痛くなる!」


「……あー、とりあえずあれだ、何か適当なオカズで抜いとけ。つかさ、どうすんのか友達とかと話さねえの」


 こんなとき家族はどう言ってやればいいのだろうか。そもそも友達同士で勝手に学んで、こっそり大人の階段を上るものではないのだろうか。自分の記憶を辿ってみても、こういったことを家族に相談した事例はさすがになかった。そもそもこのくらいの年の頃は思春期特有の羞恥心や、いちいち家族に頼りたくないという反発があってしかるべきなのだけれど、どうも木兎にはそれがないらしい。何でも包み隠さず話をするし、黒尾のアドバイスは素直すぎるほどに受け入れて。もちろんそんな木兎は可愛くてたまらなかった。こちらが戸惑うことも多かったけれども。だからこそいま再び、どうしたものかと思案する羽目になっているのかもしれない。


「友達とは別に話さねえよ。バレーと鉄朗の話はよくするけど。オカズってエロ本?部室で皆が見てた」


「俺の話って何だよ……お前はそういうの興味ないわけ?エロ本でも動画でもいいんだけどさ。一応自分の部屋だってあるわけだし」


「お姉ちゃんのおっぱいとか?興味ないことはないっつうか。けど鉄朗と話してるほうが面白え!皆さあ、父ちゃんとか母ちゃんがうぜえって言うんだけどさ、俺鉄朗がうぜえとか思ったことねえもん。だからいっつも自慢してる」


 頭を抱えそうになった。明るさと素直さが自慢の木兎ではあるけれど、これでいいのかと一抹の不安が脳裏を掠める。木兎がそうなるよう、無意識のうちに自分が仕向けてしまったのではなかろうか。父親と重ねたことはないと断言しつつ、このまばゆいひかりが自分にも降り注げばいいと望んでしまったのではなかろうか。目を反らして逃げて捨てた想いの残滓が、いまなお胸を苛む。


「……いくら面白くてもな、俺との会話じゃちんこの問題は解決しないだろ?おっぱいでもまんこでもいいから何かオカズ見つけて抜けよ」


「オカズは何でもいいのか?」


 金にも見える色素の薄い瞳が輝いていた。欲をにじませるどころか無垢なまでに澄んだ琥珀。いいこと思いついたと言わんばかりのきらめきにどくんとひとつ、鼓動が跳ねた。嫌な予感しかしない。


「もちろん。光太郎クンの自由ですよ。この際金髪とかどうよ。お前に合ってる気がするけど。おっぱいでか……」


「てつろー!」


「……何だよ」


 犯罪的なもの以外なら少々マニアックだろうとそれは本人の自由なのだと。言おうとした。遮られたけれども。やにわに名を呼ばれて、最後まで話を聞かない木兎を窘めるべく不機嫌を装う。人の話はちゃんと聞きなさい。


「だから!オカズは鉄朗!」


「お前ね……」


 嫌な予感というか、最悪の事態だろうこれは。まず一般的な青少年は家族をオカズにはしない。しかも同じ男を。黒尾とて木兎の父親に一般的な青少年とは言えぬ情愛を多少なりとも持っていたかもしれないけれど、彼を性の対象として見たことはなかったはずだ。もちろん彼で抜いたことはない。ただ眩しさに憧れて、胸を高鳴らせて、さみしさに打ちひしがれただけ。


「俺の自由なんだろ?だったら俺は鉄朗がいい」


 そんな真っ直ぐな目で見るなと言いたかった。自分を射抜くその琥珀が深く濃くなったような気がする。先ほどまでの無垢なそれとはかけ離れた、雄を滲ませたかんばせに、どうしてだかじわりと頬が熱くなった。何事も冷静に対処する性分なのだけど、冷静どころか動悸はひとりでに忙しなくなってゆく。まだまだ子供なのだと、いつまでも子供なのだと、決めつけていたのかもしれない。


「……そんな決め顔はいつか出逢ういい女に取っとけ。それに俺をオカズにしても美味くねえよ」


 それでもまだ軌道修正しようと足掻いてみれば。


「俺の自由って言ったじゃん!しかもいつか出逢う女って何?そいつ、鉄朗より俺を大事にしてくれんの?想ってくれんの?叱ってくれんの?愛してくれんの?なあ、そんなやつどこにいんの?」


 息を呑んで呆然と木兎を眺める。呑んだそれを吐いた刹那噛み殺されそうな凄みがあった。こんな木兎を黒尾は知らない。己のはやく激しい鼓動が鼓膜までをも揺らし、いっそ突き破って心臓が身体から出てくるみたいな錯覚に陥った。もう自分が悔やんでいるのか喜んでいるのかわからなくなる。馬鹿正直で、強く、やさしく、育ってくれたのだなと。こどもは親の鏡だと聞いたことがある。少しだけ方向性は違ってしまったのかもしれないけれど、黒尾がただひたすらに注いできた愛情を、木兎はまるっと受け入れてきたのだろう。言葉にそれが表れている。この歪な親子関係に向けられる世間の目は、決してあたたかいものばかりではなかったけれど。それでも、堂々と向き合ってきてよかった。諦めなくてよかった。己を捧げてきてよかった。ただひたすらに。この胸に湧き上がるのは、悔恨の念でも何でもなくて、確かに喜びだった。


「……わかった。ちんこ出せ」


「ん?!」


「抜くの手伝ってやるから」


 木兎にとって黒尾が全てだと言うのなら。とことんまで付き合ってやろうではないか。一周回って開き直る。腹を括った人間の強さを思い知れ。たとえそれがいまだけの気の迷いだったとしても、いつか自分のもとから巣立ってゆくのだとしても。いま、雛に寄り添い、呼び声に応えるのは自分しかいないのだ。

 大きな翼で羽ばたくそのときがきたら、間違いなく笑顔で手を離してあげるから。そうして普通の家族に戻るから。木兎の幸せを願う父として、母として。そう、迷いなく。

 ずるり、一息にスウェットとボクサーパンツを引き下ろす。想像以上に育ったそれが、ぼろりと眼前に現れた。






 


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