花巻貴大は処女ビッチである。


「や、あぁぁっ!ま…つっ!まっ、て!」


「花は気持ちいいの嫌?」


「ぃ…や、じゃ…ないっ!けど…やぁ!」


「ん、嫌じゃないならよかった。気持ちいいより痛いほうが好きって言われたらさ、やり方変えないとだから、ね」


 初めて他人に触れられたモノからは、とろとろと先走りの粘液が絶え間なく溢れている。粘度を持つ透明なそれが止まらないことに恐怖感すら覚えて、じわり、まぶたの裏が熱くなった。義務というか作業というか、思春期特有の無駄に溜まり続ける熱をとりあえず擦って出すみたいな、自慰と呼ばれるその快感が大したものではなかったことをいま思い知る。思い知らされている。

 髪色や細眉なんかの見た目によるものなのか、何にでも乗っかってしまう性格によるものなのか、果たしてその両方なのか自分ではいまいちよくわからないのだけれど。女の子の扱いに慣れている、来るもの拒まずで彼女が途切れたことがない、挙げ句セックスが上手くセフレがいるうえに男まで手玉に取っている等々、花巻からすれば及川のことかよとこぼしたくなるほどの散々な称号を寄越した奴らに言ってやりたい。ついさっき松から奪われたのがファーストキスなのだけれども。それでもってほんとにこれ俺のかよってビビって泣きが入るくらい、バキバキに勃起したちんこを人に見られるのも触られるのも今日が初めてなのだけれども。何がヤリチンだ、セフレだ。今時小学生の女の子だって鼻で笑うメルヘンな夢拗らせて、自慰ですらろくな快感拾えなくて。俺あんま性欲ねえのかなって枯れてるじじいみたいな思考だった童貞処女舐めんな。


「ねぇ、っ!まつ!も…でちゃう…から、んんっ!はなして……っ」


 くちゅ、ぬちゅ、松川の大きな手のひらに包まれたモノが、びくびくと震えながら濡れた音を奏でている。知らぬ間に射精でもしたのではないかと思うほどの滑り。先端の割れ目は松川の動きに合わせてはくはくと口を開け、だらしなく先走りをこぼしていて。大好きな手のひらを、指を、汚してしまう罪悪感は半端ではなかった。及川の手指に恐ろしく執着する岩泉ほどではないけれど、花巻だって松川の手は愛しいし大切なのだ。神経質なようでいて大胆で力強い、そうしてやさしくて繊細でいやらしいこの手が。だから、しとど粘液にまみれる様を直視できない。ぎゅうっと目を瞑るとまなじりからころん、水玉がひとつ転がった。


「出ちゃうようなことしてるんだから出していいよ。花は敏感で濡れやすいんだね」


 かわいい。

 今しがた知った柔らかなくちびるが、ちゅっと頬に吸い付く。今しがた知った厚くて熱い舌が、べろりと涙を舐めとる。まつ毛を震わせながら薄く目を開ければ、うるむ先に笑む松川。またひとつ、かわいいと囁く松川は目を細めて鼻の頭にキスを落とした。


「っ!!ふ…あ、あ、ぁぁっっ!!」


 ずんと腰を押されるみたいに、ぎゅうっと内臓が締め付けられるみたいに、渦を巻く熱が下腹を走る。あ、イキそうだとか、イクだとか、そんなことを思ういとまもなかった。茹だる役立たずの脳よりも身体は素直で反応も早い。やさしい、けれどとろりと淫猥なひかりを宿す松川の瞳を目にした刹那、花巻史上キモいほどに硬く勃ち上がったモノは、その先端から勢いよく白濁を撒き散らした。


「……っ、ぅ…っ…」


喉が引き攣り呼吸ができない。ついでに全身の筋肉は強張って、ひくひくと痙攣していた。フルマラソン完走直後みたいに。まあ、そんなに走ったことはないのだけれども。勃たせて擦って出す、言葉にすれば自慰に毛が生えた程度のこと。なのに全く違う。そこに松川がいるだけだというのに。松川に見られて触れられて、到底許容できない羞恥と快感を与えられた。そうしてそれを嬉しいと、愛しいと思う自分がいる。己の心の在り様が違うのか、松川のせいなのかはわからない。そもそも何もかもが初めてのことなのだから。


「いっぱい出たね」


「っっ!!…ちょ、まつっ!」


 初めてのことだらけでもわかることはある。


「なに?」


 目を剥いて、やっとのことで吸い込んだ酸素を悲鳴と共に吐き出す羽目になった。ぬるぬるのべとべとになった手のひらを舐めるのはおかしいだろう。そのくらいわかる。出してしまった白濁は、ティッシュという薄い紙を何枚か重ねて拭き取るもので。何なら出す前からティッシュなりタオルなりで先端を覆って自衛するもので。自分の欲の残滓など触りたくもない。そんなものを松川の手のひらにぶっかけてしまったのだけれど。


「……きたない、からっ!ふいて…」


 涙ぐんで何か拭えるものはないかと視線をうろつかせる。もういっそ着ているシャツでもいい。居たたまれない。恥ずかしい。泣きたい。けれどどうしてか少しだけ、嬉しい。


「花はこれが俺のだったら汚いと思う?」


目元を赤く染めた花巻から視線は外さずに、松川はあまい笑みを浮かべたまま己の手のひらに舌を這わせた。つうっ、舌と指が粘液で細く繋がる。


「思わないっ!……まつのは、おもわない…」


「俺も、それと同じだよ」


 食い気味に否を口にする花巻は心許ないと言わんばかりに、松川のシャツをきゅっと握った。くい、指で顎を撫でられ上向かされ、口づけられる。知りたくなかった己の精液の味が、ひどくあまいと思ってしまったのは何故なのか。もう、どうにでもしてくれ。これが愛や恋だというのなら。全くもって悪くはない、相手が松川ならば。


「ねえ、花。俺の味、知りたくない?」


 松川一静は    である。






 


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