花巻貴大は限定ビッチである。

 キスがこんなにも気持ちのよいものだなんて知らなかった。レモン味でもイチゴ味でもなくて、ほんのり甘いシュークリーム味。及川曰く、女の子とのキスはグロスでべとべとしていて存外気持ちが悪いらしい。やっぱり岩ちゃんだよといやらしい顔をして笑って、その後間髪を入れず岩泉に殴られていたのは自業自得。松川の唇には当然グロスなんてついていないし、薄くて花巻より少しだけひんやりとしていて、けれど柔らかくてやさしい。何度も唇を合わせていると、自分の熱を与えているみたいに同じあたたかさになってゆくのがたまらなく嬉しかった。


「……んっ!ふ、ぅん……」


 ぬるりと熱いものに唇を舐められて、その熱に驚き身を強ばらせる。絡まる指に力が入り、反対の手のひらで松川のシャツをぎゅうっと掴んだ。


「……はな、くち開けて?」


 近すぎる距離のまんま。唇も、吐息も、囁くみたいな声音も、みんなみんなしっとりと触れている。


「……む、っ!んんっ」


 無理だと、触れる松川の何もかもが心地よくて怖いから無理なんだと、そう言いたくて小さく開いた唇をかぷりと食まれた。そのまま吸われ舐められ、文字通り唇も舌も奪われて。熱く滑ったものが松川の舌なのだとそこで初めて気づく。逃げようと縮こまる舌を決して強引ではない松川のそれが容易く捕らえた。花巻の狭い咥内では、かくれんぼにも鬼ごっこにもなりはしないのだから。


「ん…っ、ふ、ぁ…」


 つうっと松川の舌が花巻のそれの表面を舐めてゆく。そうして次は舌の裏。根元をくすぐるみたいに舐められて、ひくりと喉が引きつった。少しだけ顔を傾けて唇を合わせる松川が、どうやって舌を動かしているのかなんてわからないけれど、恐ろしく気持ちがよい。合間に上顎をぐりぐり擦られておかしな声が漏れた。特に奥のほうがたまらない。ふっと身体が浮いてしまうような快感と、ぞわぞわ背を伝うむず痒さ。馬鹿な頭は今日の早い段階で思考停止状態というか、処理できる許容量をとうに越えていて、どうしたらいいのかなんて何一つ浮かぶことはなかった。ただ松川に触れて触れられることが嬉しくて幸せなのだと、何がわからなくてもそれだけ知っていればいいのだと、人間息しなきゃ死んじゃうよねと馬鹿でもわかる呼吸と同義みたいな結論だけを残して。


「んん……ぁっ、ぅ…ん…」


 松川に誘い出された舌を食まれ、ちゅっと吸われる。舌同士が絡まり、濡れた音が響いた。呼吸すら奪うみたいな荒々しいキスではないのだけれど、何せ初めてなものだから、どれだけゆるやかであっても苦しいものは苦しい。ぎゅうっと瞑った目の端、まなじりに涙がたまるのがわかった。まぶたが熱い。ついでに顔も腹も何なら腰だって熱い。もう意味がわからなかった。


「はな、ゆっくり息吸って」


「ふ、あっ、ど…ぉやって…?」


「鼻で」


 先に言えよと眉根を寄せた。だらしなく半開きになった口を晒しながら、大きく肩で息をする。うっすらたまった涙を拭われて、そうっと目を開ければ、膜の向こうには笑う松川。その弧を描く唇も濡れている。自分がどう見えているのかはわからないけれど、濡れた唇の松川はひどく艶かしい色を纏っているなと霞む思考でぼんやりそう思った。


「お前は、ほんとに可愛いね」


 どこがだなんて聞くいとまもなく再び口が塞がれる。ぬる、花巻の唇も舌も、松川のそれも、同じだけ滑り熱を持っていた。恐る恐るだけれど与えられる口づけに何か応えたくて、ぺろりと松川の薄い唇を舐める。うなじをくすぐっていた指が刹那動きを止めた。ああ、何か余計なことでもしたのだろうか。舌を引っ込めようとするも、あっという間に喰われるみたいに奪われた。それからは鼻で呼吸をするだとか、目はぎゅうぎゅう瞑りすぎないだとか、唾液は適宜飲み込むだとか、教わったことが一つも思い出せなくて。頭も身体もただただ松川でいっぱいだった。いっぱいになりすぎて、けれど欠片だって溢してしまうのは惜しくて、だからきっとそのうち爆発するに違いない。


「っ!んんっ!……っ」


 とろりと唾液が舌を伝って咥内へと流れてくる。甘さすら感じるそれを躊躇うことなく飲み下した。こくりと喉を鳴らして。松川から与えられたものだから、そう思ってしまうのは気持ちが悪いだろうか。いい子だと桃色に染まる頬を撫でられて、その手にすり寄るのはおかしいだろうか。


「気持ちいいね、はな。俺はもっと花に触れたいけど、花はどう?」


 蕩けて潤む瞳で松川を見上げる。絡めた指のあいだをすりすりと撫でられて。唾液にまみれた紅いくちびるを長い指で辿られて。嫌だとか待ってとか、散々喚いた否を意味する言葉が花巻の中から綺麗に消え失せてしまった。


「……お、れも……もっと、まつに…さわられ…たい」


 爆発する。とんだ罠もあったものだ。

 繰り返す、松川一静はドS調教師である。






 


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