「っ……ころして、やる、っ!」


 絶対にだ。蘇生も再生も、そんなことができるいとまなど与えずに、殺してやる。この男が自分にするみたいな、散々嬲って泣かせて忘我の境をさ迷ううちに殺すなどぬるいことはしない。髪の毛一本残さず、纏う趣味の悪い布切れ一片残さず、跡形もなく、消してやる。ころしてやる。それは、もう呪い。けれど叶うことのない憧憬への慟哭でもあった。


「熱烈ぅ。いつでも大歓迎。お前に殺してもらえるなら本望ってやつだね。愛してるよ、あいしてる、ハジメ」


「う゛あ゛あぁぁぁっ!あ゛!あ!ぁぁっ!」


 捩じ込まれたソコがひどく痛む。痛いなんてものではない。ぶつり、とても後孔から出るとは思えない何かが千切れる嫌な音と共に、恐ろしく熱を持ったモノがナカを暴いてゆく。うっとりと、そしておよそ場違いに、どこかはにかむみたいな笑みを湛える及川には容赦も躊躇もなかった。ぎちぎちとナカが悲鳴を上げる。噛み締めていた唇からも、意味を成さない音が叫びとなって吐き出された。目の前が濃い紅に染まる。


「いたーい。もっとゆるめなよ。お前の血だけじゃ足りないね」


「ひ……あああぁ…!い゛っ…!」


 ぐち、岩泉の血を以てしてモノが根元まで収められた。けれど動くには圧倒的に滑りが足りない。及川は仕方がないなあと呟き己の手首に爪を立てた。ぷつり、赤い玉が浮かんで、それは大きく膨らみ、やがてしずくとなりぽたぽた落ちてゆく。そうして繋がるソコに手を翳した。あまい匂いが辺りに漂い、岩泉の血と混ぜるみたいに、そこが真っ赤に染まる。全くもって無駄なことなのだけど、及川の血には催淫作用でもあるのか、裂かれる痛みしかなかったナカが熱を孕んでひとりでにうねり始めた。無理矢理に覚えさせられた及川のかたちに、我知らず馴染んでゆくのだ。

 十分に血をしたたらせた及川の手首が、しゅうっと水が蒸発するみたいな音を立てながら修復を始め、つけた傷はあっという間に跡形もなく消え失せた。ここは及川の寝室で、かつ及川の結界が施されたベッドの上。そしてそれは岩泉の力を無とする結界。なので岩泉には傷の修復能力はおろか、痛覚をなかったことにする能力も、何ひとつとして使えない。もちろん及川を跳ね除ける強い腕力すらも。


「ん、これで俺も痛くない。あれ、もう気持ちよくなっちゃった?ちんこが元気になってるよ」


「んんっ!…は、あぁぁ…っ!や、めっ!」




 傲慢を司る及川と憤怒を司る岩泉。純粋な力だけで鑑みればほぼ互角なのだけど、魔力込みでは圧倒的に及川のほうが強い。何しろ悪魔の頂点に立っているらしい堕天使なのだから。もう数百年という長い時を生きてきた二人、幼い頃は片時も離れることなく共にあった。天使と悪魔の幼なじみとして。当時はまだ人間も天使も悪魔も、さして区別なくそれぞれの守るべき世界で比較的平和に生きてゆくことができた。その均衡を破ったのは人間だったのか、悪魔だったのか、果たしてどちらともだったのか。そこかしこで起こる欲にまみれた血みどろの争いに、神は嘆き天使は涙をこぼした。そうして天使は美しい涙を刃に変えて、欲の権化である人間を唆す悪魔を駆逐するに至る。不幸なことにその対象には岩泉も含まれていた。岩泉自身は己に仇なすことがなければ、汚れた人間になど見向きもしなかったというのに。敢えて理由をあげるとすれば、内なる力を持ちすぎているから、ただそれだけ。

 それぞれに断絶された世界で、ひとり及川だけは悪魔の駆逐に反していたのだけれど。いよいよ争いが熾烈を極め三方全てが疲弊してしまったとき、及川は神に自らの刃を向けた。そこで神の采配を仰ぐわけにはいかなかったから。当時熾天使だった及川の反逆に、既にその体を成していなかった均衡は、あっさりと無に帰することとなる。堕天して、悪魔を束ねるまでにそう時間はかからなかった。どうして堕天までしたのかと問われれば、及川の答えなどたったのひとつしかない。ただ、岩泉を護るため。

 そうして目の前に現れた及川に、岩泉はいたく絶望した。淡い青にすら見える、新雪みたいに煌めく純白を、闇より深い黒に染めた翼。あの白が、まばゆい及川の白が、何より好きだったのに。変わり果てた愛しい幼なじみを激情のままに殴りつけた日を、岩泉はきっと生涯忘れることはない。もしや自分のせいで及川はその身を黒に堕としてしまったのだろうか、何度問い詰めてもただ違うと否定されるばかりで、本心を語ってはもらえなかった。だからなのか、この日を境に眠れなくなってしまったことも、きっと忘れることはない。忘れられるはずがないのだ。

 及川が傲慢を司る悪魔として君臨してから幾ばくかの後。皮肉なことだけれど岩泉の絶望をよそに、世界は歪な均衡を取り戻した。その中岩泉は及川の居城に半ば閉じ込められることとなる。半ばというのは、自由がないわけではなかったから。及川はとろりと毒のしずくを含ませるみたいに岩泉を甘やかした。岩泉とて常より及川を殺すと激昂しているわけではない。憤怒を司る血が沸騰するのは主に夜。褥での理不尽な扱いによりそれは発動する。及川が堕天したこともいまだに許せないし、手酷く抱かれることだって許容できなかった。敢えて痛めつけながら抱く意味などわかろうはずもない。しかも無力化されて人形みたいに。嫌なら殺して逃げな、及川はいつも言う。逃げるつもりはさらさらないのだけれど。ただ共に生きたいのか死にたいのか、それだけははっきりしろと言いたかった。






 


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