主神
「とても、辛いことがあったようだね。」
しゃくり上げるように泣く少女に、3人は何も話すことはなく、何をするわけでもなく、落ち着くまでそばに寄り添っていた。
そばを離れたら、この少女はここから消えてしまうんじゃないか。そう錯覚させてしまうほどに、声を抑えて涙を流す少女の姿はとても小さいものに感じていた。
『すいません、取り乱してしまって・・・』
「別に構わないよ」
『・・・・ありがとうございます。』
目は赤く腫れていたが、しっかり3人の目をみてから少女は頭を下げた。
呼吸を整えるように深呼吸した少女はゆっくりと語り始める。
『私は、ここからずっと東に進んだ場所にあるステラという街から来ました』
「ステラ・・・?リヴェリア知ってるかい?」
「いや、聞いたことがないな・・・」
『無理もないです・・・、ステラは辺境の地にある、ので』
「そんな辺境の地から、どうしてオラリオへ?」
フィンの問いにまたしても、少女は顔を伏せてしまう。
シーツの上で重ねられた拳が強く握られ、先ほどの涙の理由はまさにそこにあるのだと察することができた。
『・・・私は、アナトファミリというファミリアに所属していました』
「アナトぉ!?」
『ひ!!』
突然扉から顔を出した、フィンたちが所属するファミリアの主神’ロキ’の姿がそこにあった。
突然の登場に3人は呆れたような表情を見せ、慣れない少女はとても驚いているようだ。
「ロキ、突然大声を出したら彼女が驚いてしまうよ」
「だってフィン!この子アナトっていったでぇ!!!」
「全く・・・。すまない。彼女はロキ。私たち所属するファミリアの主神だ」
フィンが苦笑いしながら興奮しているロキをなだめるが、落ち着く気配のない主神にガレスも、リヴェリアもため息をつく。
今にも飛びかかりそうなロキをリヴェリアが静止し、驚きから少し困った様子の少女に主神であることを紹介した。
『女神様・・・、アナトさまをご存知なんですか?』
「ご存知も何も、天界では超がつくほど仲良しやったでぇ!!!」
『そうだったんですね・・・・』
ロキが自分が所属しているファミリアと親交があったことを聞き少女は少しだけ安心したような表情を見せたが、その後すぐに先ほどの暗い表情に戻ってしまった。
そんな彼女にロキファミリアの面々は顔を見合わせた。
ロキのせいで話が中断されてしまったが、何がいったい彼女にそんな顔をさせるのか・・・。
まだ話は何も進んでいないのだ。
しかし、フィンだけは少女が先ほど発した言葉から、一つの仮説を導き出していた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はロキファミリアの団長をしているフィン・ディムナだ。一緒にいるのが、リヴェリアとガレス。倒れていた君を一緒に運んできてくれたんだ。」
『そうだったんですね・・・私は、#名前#・#苗字#といいます。助けていただいたようでありがとうございます。』
「そんでそんで?アナトは元気にやってるんか〜?」
ロキが尋ねれば、#名前#の表情がさらに曇る。ロキはそんな様子にはてなマークを浮かべるように、後ろに控えている3人の顔を見た。
先ほどから何度も何度も言葉に詰まっている様子を見る限り、とても話しにくいことであることは想像がつく。
身も心も傷ついている少女、故郷も遠くすぐに帰ることは困難だろう。
そんな少女をすぐにファミリアから追い出すような気は少しもないフィンだったが、事情も何もわからない少女をこのままここに置いておくわけにもいかない。
フィンは団長として、#名前#と名乗るこの少女のことを知る必要があった。
だから、先ほど立てた仮説が事実であるのかを確認するために、少女が座るベッドに近づき、握り締められている小さな手に、フィンは自分の手をそっと重ねた。
#名前#も、重ねられた手を振り払うこともせず、ゆっくりとフィンを見つめる。
「さっき、君は”ファミリアに所属していた”と話していたね。それは、今は別のファミリアに所属しているか、ファミリアを抜けた時に出るセリフだ。ただ、君の先ほどからの言動を見ている限り、君の主神アナトはファミリアを解散された、または強制送還されてしまったか・・・ちがうかい?」
フィンの問いに#名前#の瞳が揺れる。否定しないところを見る限り、立てられた仮説の一つが事実ということがわかり、フィンは話を続けた。
「解散・・・、主神がまだこちらにいるののであれば、こうも取り乱すことはないだろう。何かが起きて君の神は強制送還、君の近くに仲間がいなかったことを考えると・・・なんとなく想像がつくよ」
あえて口に出さなかった、具体的なワードもまた溢れ出した少女の涙から肯定であることがわかる。
ロキも先程までのおちゃらけたような雰囲気はなく、考えるように腕を組んでいた。
フィンは重ねていた手を離すと、代わりにハンカチを涙を流す少女に差し出した。
今はまだ、フィンのたてた仮説が正しいことがわかっただけで、そうなった背景はわからない。
モンスターに襲われてそうなったのか、それとも何者かに襲われたのか。
彼女の口から直接聞かなければいけないこともまだまだあるのだ。
「まってくれ、フィン。」
「なんだい?」
「もし彼女の主神が、送還されていたのなら・・・彼女があの階層で、しかも魔法を使っていることの説明がつかない」
通常、ステイタスは主神が送還されれば封印されるはずだ。3人が目撃したのは、ダンジョン内で巨大な魔法を繰り出しす#名前#の姿だった。
ステイタスが封印されたヒューマンがあんな、大きな魔法を使えるはずがなかった。
しかし、フィンの仮説を否定しなかった彼女にリヴェリアはまだ納得がいっていないようだった。
「そうだね、僕もそこは疑問に思っていたところだ・・・君は神が送還されるところをみたいのかい?」
『・・・はい。私が最後にアナトさまを見たのは、天から光が降りてきたところだったので・・・』
「うーん、もう少し情報を整理しないといけないようだね。他に何か心当たりはあるかい?」
『いえ・・・、というより主神が送還されてしまった時に、ステイタスが封印されてしまうことを今初めて知りました』
「まあ、アナトやったらありえそうな話やな〜」
そんな状況でモンスターと戦うなんて危ない状況だったんですね、なんて瞳を潤ませながら苦笑いで話す少女の言葉に嘘はなさそうだ。
辺境の地ということもあり、しっかりとした知識が行き渡っていなかった可能性もあるとはいえ、そんな大事なことを話し忘れる主神がいるのかと、フィンたちは頭を抱えたくなった。
「なあなあ、嬢ちゃんはステイタスにロックかけてるん?」
『ロックですか・・・?』
「ステイタスのロックというのは、背中に表示されているステイタスが第三者に見られないように隠すことだ」
ロキの問いに明らかに意味がわかっていない表情をする#名前#。
リヴェリアがすぐに補足に入れば、意味を理解したようだ。
『いえ、そういったお話はアナトさまからは伺っていないです・・・』
「じゃあ今脱いで、ステイタス封印されてるかチェックすればええんとちゃう?」
『え!ぬ、脱ぐんですか・・・??』
手の指を動かしながら、ニヤリと笑うロキ。
突然の提案に、あわあわと動揺した様子の少女が一人。
側で見ていたリヴェリアたちは、またか・・・と再び頭を抱えた。
ロキのセクハラ癖は先ほどまで泣いていた少女にも有効なようだ。
「じゃあ、わしらは一度退室しようかの。]
「そうだね、リヴェリア何かわかったら教えてくれ」
妙な真似をしないようにと見張りにリヴェリアを残し2人は部屋を後にした。