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『失礼しまーす!』


色々あって烏野高校男子バレー部マネージャーに所属してから、約1年。


放課後になり、いつも通り体育館へ向かう前に職員室へ向かう。
バレー部顧問である“武ちゃん”こと武田先生に部活の出席予定に関して伝えたいことがあったからだ。
職員室の扉から顔を出して席を見渡せば電話なのにペコペコと頭を下げて、必死に何かをお願いする先生を見つけた。
この春から新しく顧問となった武ちゃんとの付き合いは短いが、部員からはすでに絶大な信頼を集めていた。
バレーの知識はないけれど、バレー部のことを一生懸命考えてくれていることがよく伝わってきたからだ。


『(きっと練習試合のお願いの電話だろうな・・・)』


電話が終わり、ため息をついて凹んだ様子の武ちゃんにそっと近寄り声を掛ける。


『武ちゃん!お疲れ様です!」

猫背になっていた武ちゃんの背中びくりとが伸び、すぐにこちらを見てくれた。
よほど驚いたのか、かけられた眼鏡は斜めに曲がっている。


『練習試合また断られちゃったんですか・・・?』

「すいません、僕が不甲斐ないばっかりに・・・!でも今から直接直談判に!!」

『土下座はダメですからね!』


先日練習試合のために土下座までして頼み込んだ話は部員の中でもすでに広がっている話だ。
私たちのために土下座までしないでほしいと眉を顰めていると、顧問はにっこり笑って大丈夫と言ってくれた。


「ところで、何か用があったのでは?」

『あ、まだ先の話なんですけど、GW直前の土日の部活おやすみします!主将には伝えてあったから、顧問の武ちゃん先生にもって・・・』

「なるほど!例の件ですね!頑張ってきてくださいね!」

連絡ありがとうございますとにこやかな笑顔を浮かべる武田に、ありがとうございますと頭を下げる。
そしてふと、机に置いてある書類に目がいった。


『入部届け・・・?』

「あ!そうそう!ちょうどよかった!ちょうどさっき届けてもらって……、澤村くんに渡してくれるかな?」


渡された2枚の入部届。
ちょうど休み時間に廊下で話した内容を思い出す。
少し凹んだいた様子だった大地も元気になるに違いない・・・!


『月島くんに、山口くんか〜!!どんな子か楽しみだな〜!!』

「月島くんは身長高いみたいですね」

『おお〜!いいブロッカーになってもらわなきゃ!』

「本格的な入部は今週末からですが、やる気のある子は今日から部活に来るかもですね!今日は最後の方しか顔出せないと思うので、もし新入生が来たら対応おねがいできるかな?」

『もちろん!ビシバシ扱いてやります!』

「大丈夫だと思うけど、初日ですしあまり怖がらせないようにお願いしますね・・・?」

『キャプテンもいるし大丈夫ですよ〜!』


不安そうな武ちゃんへニッと笑顔を向け体育館へ向かう。
いつもなら潔子ちゃんを誘って一緒に更衣室へ向かうけど、今日は委員会の都合で遅れて部活に参加するとのことで事前に断りを入れられていた。

新しい入部届に思わずスキップしたくなるような気持ちを抑えていたこの時は、先ほどの武ちゃんとの会話がまさかこの後起きる事件のブラフになるなんて思いしなかった。






* * * *








『(あれ・・・?教頭先生がいる・・・)』


着替えを済ませ、必要な道具をもって体育館へ到着すると、なぜか教頭先生が体育館へ向かって歩いている。


「おい!大地さんの話の途中だろうが!!」

体育館から聞こえる響く田中の声。

「聞けやゴルァ!!」

どうやら田中が声を上げてお説教をしているようだ。
初めての後輩に舐められるわけにはいかないと気張っていた様子を思い出す。

田中の入部初日の事件も衝撃的な話を聞いていたけど、今年の一年生もどうやら負けていないようだ。

面白いこと起きそうな予感に思わず顔がニヤけてしまうが、まずは状況確認のために教頭先生の後に続いて体育館へ足を踏み入れることにする。


「騒がしいなバレー部。まさか喧嘩じゃないだろうね?」

『田中〜?声響いてたけど、どしたん〜?』


「ゲッ教頭! せんせいっ・・・・と、#名前#さん・・・!」


喧嘩ではないことを必死に教頭先生に伝える大地の横を通り過ぎて、田中とスガの近くまで行くとこれまであった出来事を簡単に説明された。

どうやら、新入生二人が喧嘩をしているらしい。
そして、大地の話も聞かずにまだ言い合いを続けている。


小さい方が日向、大きい方が影山。二人の試合を田中たちは見たことがあるらしく、どうやら因縁の相手のようだ。


そして始まったサーブ、レシーブ対決に大地がイライラしている。


教頭先生の対応は大地に任せて、新入生の力を確かめるべくスガたちと観戦の方針を決め込むことにした。


『お、ジャンプサーブできるんだ』

「え!なんで打つ前にわかるんすか!?」

『立った位置みたら大体ね・・・』

「確かに・・・」


エンドラインから少し離れた場所から準備をする大きい方の影山くん。
そして、影山くんが上げた綺麗なサーブトスは、力強く撃ち抜かれた。


『おお!ナイッサー!』


素晴らしいサーブに拍手。


日向くんが顔面レシーブギリギリのところで避けたので、ボールは体育館の床に叩きつけられた。
彼もなかなかな素晴らしい反射神経を持っているようだ。

隣でヒーっと声を上げるスガや、レシーブできるか不安になっている田中をよそに、転がっていったボールを拾いに行く。


日向くんは勇敢にも「もう一本。」と再度勝負を挑んでいた。

二人ともかなりの負けず嫌いのようだ。


そろそろ大地の堪忍袋の緒も切れそうなので、この一本が終わったら止めに入るか・・・

なんてことを考えていたら事件は起きた。



2回目のジャンプサーブは、コーナーに向かって伸びていく鋭く飛んでいく。
かなりいいコースだ。

素早くサーブの到達地点の正面に位置取った日向くんだったが、ボールは構えた腕に弾かれ、上ではなく教頭先生の頭部へ向かって飛んでいった。



『「「「 !! 」」」」』


当たったボールは教頭先生のカツラを吹っ飛ばし、飛んでいで行ったカツラは大地の頭の上にふさっと着地した。


「だっ、大地・・・!」


『(やばい、めっちゃ面白い・・・)』


固まる大地と、焦るスガ。
あまりの珍事件にすぐにでも笑い出したいけど、ことの重大さもわかるのでさっと目を逸らして下を向いて笑いを堪えた。
もちろん顔もニヤけているし、堪えるのに必死で肩も震える。


教頭先生に呼び出されて体育館の外に出て行ったのを見送ってから、やっと呼吸をすることができた。


『プッ、ハハハハ』

「おい!#名前#!聞こえたら怒られるから…!」


呼吸と共に出た笑いが止まらずお腹を抱えて笑っていると、スガが焦ったように注意してくるが、1年生二人のポカンとした顔を見ると笑いが止まらない。


すごい顔して出て行った大地には悪いけど、しばらくネタにできそうだ。


「あ、あの・・・・!もしかしてマネージャーさん!?・・・ですか!?」


しばらく笑い続けていると、小さい方の一年生日向くんがおどおどしながら話しかけてきた。


『そうそう!3年生の#苗字##名前#です!よろしくね、日向くんに影山くん』

中学の時はマネがいない部活だったのか、スゲー!と嬉しそうに飛び跳ねる日向くんは素直で非常に可愛い。
マネがもう一人いることを伝えれば、さらに目を輝かせていた。

一方の影山くんは、特に表情を変えることなく、「お願いシャス」と一礼。
強豪出身のようだし、マネがいることに特に驚きはないのだろう。

生意気な態度を取ったら一旦締めてやろうかと思ったけど、そんな感じではなかったので安心した。



『やーでも、面白いもの見せてもらったけど・・・大地はめっちゃ怒ると思うから覚悟しておいた方がいいよ』


ニヤリと笑って一年生ズに伝えれば、二人はピシリと固まってしまった。