夜のまぶたを閉じても君がいる

 夢をみた。玉狛でみんなと一緒に夕飯を食べている夢を。夕飯のメニューは、小南の作ったカレーだった。その日は珍しく全員が揃っていて、みんなで食卓を囲むようだった。小南が京介にご飯を皿に盛るように言い、その皿に小南がカレーを盛り付ける。そしてその盛り付け終わった皿を宇佐美がテーブルに運ぶ。レイジさんは福神漬けやらっきょうといったサイドメニューの準備をし、陽太郎はスプーンを握ったままどしんと椅子に座って、今か今かとカレーが運ばれてくるのを待ち続けている。おれは飲み物やスプーンを出す係だった。
 テーブルに晩御飯を並べ、全員で食卓を囲む。小南のカレーは程よい辛さでとてもおいしい。陽太郎にこの辛さは酷ではないかと思ったこともあるが、彼は幼少期からこの辛さでカレーを食べているため、もう慣れてしまったのだろうと推測した。それを裏付けるように、陽太郎は今はいない人物の膝の上でおいしそうにカレーを頬張っている。

「やはり小南のカレーはうまいな」
「あったり前でしょう?!ほら、もっと食べて!」

 陽太郎の言葉に気をよくした小南が、陽太郎の皿に更にカレーを盛り付けようとする。要するにおかわりだ。おれはその様子を見ながら苦笑いをした。陽太郎は子どもでそれほど胃が大きくないから、まだそんなに食べられないのになあと思いながらその様子を眺めていると、レイジさんや京介が止めに入った。この一連の様子を面白そうに見つめる他の面々の顔はどれも笑っていて、おれは幸せを噛み締めるのだった。

♢♢♢


 白い天井が目に入ると同時に、先ほどの光景は夢だったのだと思い知らされる。やけにリアルな夢だったなと思いながら部屋を出て、階段を下る。焼けたトーストの臭いが鼻を掠め、今日の朝食当番は誰だったかと考えると、キッチンから「やっと起きたか。早く食べろ」と声が聞こえた。そうだ。今日の当番はレイジさんだった。

「先に顔を洗ってくるよ」
「パンが冷めちまうぞ」
「いいよ。あ、でもバターだけは塗っておいてほしいかなあ」
「お前な…しょうがない。いいぞ、はやく済ましてこい」
「やったあ。レイジさんありがとう」

 洗面台の前に立ち、水道の蛇口をひねる。心地よい水の音が聴覚を刺激し、また新しい日が始まったのだと実感する。流れる水に手を伸ばし、両手いっぱいに水を溜め、その水を顔に浴びた。まるで意識が冴え渡っていくような感覚に、どこかおれは救われるような気がした。あの夢のことは、この一瞬だけ忘れることができたから。
 顔を洗った後に歯を磨いて、また台所に戻ると、そこにはレイジさんだけではなく陽太郎もいた。陽太郎はおれよりも先に朝食を済ませたとばかり思っていたため、目を瞬かせた。

「陽太郎、まだだったんだ」
「そうだぞ。迅が起きるのが遅いからな」
「ごめんごめん」
「…迅、サイドエフェクトでみえていなかったのか?」

 そう聞かれて、一瞬歩みが遅くなる。レイジさんの言う通り、この未来は視えていなかった。おれのサイドエフェクトは万能ではないから、こういうことは時々ある。しかし、今日の見過ごしに関しては、別の理由があることは自明だ。

「あー……動揺してたから、かな」
「動揺?」
「そう。…夢になまえが出てきて」

 今度はおれ以外の二人が固まる番だ。今までこういった夢をみても、あまり人に話したことはなかったから、余計に驚いているのだろう。それを裏付けるように、陽太郎もレイジさんも一瞬目を見開いた後に、おれの方を凝視するのを止めない。おれは椅子に座って、夢の内容をコンパクトに話した。

「そんな顔しないでよ。ただ、みんなで一緒に夕飯を食べている夢だから」
「——迅、お前…よくみるのか?みょうじの夢を」

 睫が揺れる。暫時記憶を巡らせて、レイジさんの質問に対して言葉を紡ぐ。

「……最近はあまりみてなかったよ。いなくなったときはよくみたけど」
「…そうか」

 食事中の会話がほとんどないという、玉狛ではあまり見ない光景が広がった。思い起こせば、食事中にこのような空気になったのは、なまえがいなくなったとき以来ではないだろうか。おれは、いたたまれない気持ちになって「ほんとごめんね、こんな空気にして」と二人に言ったら「気にするな」「迅はなまえのことが大好きだからな」といった返答が返ってきて、おれは少し救われた。

「ありがとね」
「レイジ見ろ!迅の口がゆるゆるだぞ!!」
「うわ」
「えっちょっとふたりとも。うわってなに」

 おれがふたりに口角を緩めるのは珍しいらしく、今日はあられでも降るんじゃねえか?とふたりがそわそわし始めるのが妙に面白かった。その後の食事は、いつものように会話が弾み、少しほっとした。
 朝食を食べ終え、台所で洗い物をしているレイジさんの所へ食器を持って行ったときに「夢のことはあまり気にするな。お前はひとりじゃない」と言われて、胸が熱くなり、涙が出そうだった。リビングで雷神丸と遊ぶ陽太郎や家事をするレイジさんを見て、日常を深く噛み締め、おれは役割を邁進しようと背筋を伸ばした。

21.02.01