たぶん、今の一言が決定的だったのだと思う。いくつかあった分岐が全部消えて、彼女が近界へ行く未来以外見えなくなってしまった。しまった、読み間違えたと思った時にはもう遅くて、彼女はおれの言葉を聞いて「よく考えてみるね」と口では言いつつも、決意の固まった顔をしていた。時間が必要だと配慮してくれたのかもしれないと思った。
数日後、あの日と同じようにおれたちは屋上で落ち合った。あの時とちがうのは、今回は彼女の方からの誘いだったことだ。
「よく考えたけど、やっぱりわたしは行くよ」
彼女は夜空に瞬く星を見ながら、開口一番にそう言った。おれは彼女の言葉を静かに聞いていた。
「そう言うってわかってたよ」
そう答えるしかなかった。ここで無理やり止めても彼女は向こうに行ってしまうことは明白だったからだ。今のおれがどんな顔をしているのかは、彼女の表情を見ればわかった。見るに堪えない顔をしているのだろう。かわいい顔が台無しなくらい歪んでいる。
中止あるいは延期にすれば、被害者はゼロにできるのではないか。それは最初に考えた。でもこの未来はどんなに先延ばしにしても追ってきた。まるで運命のように彼女が遠征に行くときには必ずといっていいほどに。彼女もこの可能性について考えたはずだ。しかし、おれに一言も聞いてこないということは、ある程度の察しはついているのだろうと思う。延期または中止をしても結果は変わらないということを。
「城戸さんにはこのこと言った?」
「まだ。なまえの答えを聞いてから言おうと思ってたから」
「迅」
その言葉だけは言わないでほしい。そう願っても、彼女は口を開くのだろう。
「このことは誰にも言わないで。…いつも一緒にいてくれて、ありがとう」
「……本当に、いいのか?」
「——うん」
眉をへの字に曲げておれの言葉に肯定する彼女を見て、いいわけないだろうと話を続けようとするおれを彼女はそっと抱きしめて、これ以上の言葉を発しさせなかった。その一連の行動に、おれは自分の拳をぎゅっと固く握りしめることしかできなかった。
それからどうなったのかは詳しく覚えていない。いや、覚えていられなかったというのが正しいのかもしれない。ひとりになりたいという彼女を止めることができず、屋上の扉の内側でおれはひとりで泣いて、彼女はその場で蹲って両脚を抱えて泣いていた。覚えているのはただ、それだけだった。