◎鳴上嵐とただの恋バナ
蓮巳敬人は存在感のみです
彼を想う気持ちは何なのか。これが、 “特別な感情” と知った上で、考えることがたまにある。
例えばの話し、私が慕う異性が居たとしよう。
誰かに「彼を尊敬しているか?」と聞かれたら、私は迷わず「はい」と答えるだろう。また、「憧れているか?」と問われたとしても、私は先と同じように示すだろう。
それに対して何故と言われても、ただ困る。それは、私にとって普通の、ごく自然で当たり前のことなわけで。それに理由を付けることなど出来ないし、理由など無いに等しかった。
なのに、私は気づいてしまった。私の持つこれは「恋愛」のものではなく、「敬愛」からのそれではないのか、ということに。決して気づくべきではなかったのに、とうとう私は気づいてしまったのだった。
それが最後とでもいうように、黒いもやが心を蝕み、純粋な気持ちごとぼやけさせる。疑念を抱いてしまえば、なんだか、この関係がとても歪なもののように感じた。
きちんと恋をしていたつもりが、ごっこ遊びでしかなかったときのような。私は愛していたのに、彼は遊びだったときのような。好きは好きでも、認識に「love」と「like」ほどの誤差があったときのような。それらと似ていると思った。
なんて、例を挙げてはみたものの、私が言わんとするのは蓮巳敬人という人物のことである。
彼は、私の想い人である。だがその前に、彼は夢ノ咲学院の一生徒であり、伝統を重んずる紅月を率いるリーダーであり、アイドルであった。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、語呂のいい三拍子揃いに、凡人には打つ手なし。見た目から察する通りに成績は優秀だし、校内では自ら生徒会に所属し、今では副会長の座に就いている。更には、弓道部の部長まで請け負っているのだから、彼には少しばかり完璧主義なところがあるのかもしれない。
故に、尊敬し、憧憬するに値する人物なのは確かであった。
そんな人が、なぜ、私と恋仲なのか。そう、疑問に思うばかりである。
人に聞けば、私はマイペースであり、少しばかり自由なところがあるらしい。それも踏まえて自己分析するならば、私は真面目なんて程遠い人間だし、容姿はまあまあ、勉強もまあまあ。良くいえば安定、悪くいえば特徴がない。
いわゆる「凡人」と呼ばれるものに分類される身分である。加えて、どうしても発生してしまう先輩、後輩という関係性にも引け目を感じていた。
年齢差は厄介で、思っていたよりも妨げになる。付き合う前は、それさえも魅力のひとつだと思っていたが、今は邪魔で仕方が無い。
いくら人は自分にない物を他人に求める、といっても、ズレが大きすぎれば、分かり合いたくても分かり合うことすら許されないのだと思う。……なんてことを、私は、目の前の友人に愚痴っていた。
黙って聴いていた嵐は、至極つまらなそうに頬杖をついたまま、「はいはい、惚気てくれてありがとう。ごちそうさまね」と言ってから、やっと終わったと伸びをした。
「長々とごめんね、鳴ちゃん」
「な〜に改まっちゃって、アタシと璃黛ちゃんの仲じゃない」
「そうだけど、聴いてて良い気持ちにはならなかっただろうし…なんて、今更思ったわけだけど」
「ふふ、相変わらず変な子ね。そうね、お姉ちゃんから一つだけ言うとするなら、それってただの無い物ねだりなんじゃないかってことくらいかしら〜?」
「ないものねだり?」
「そう。アタシからしたら、ただの蓮巳クンだけど、璃黛ちゃんにとっては大層なスペック持ちの彼氏様なわけじゃない? 璃黛ちゃんはいろいろ考えては、勝手にいろいろと求めすぎているのよ」
と、嵐はオブラートに包むこともせず、言葉をはっきりと口にした。声色に棘はなく、悪さをした妹を諭す姉のような、慈愛が含まれているような言い方であった。
そうなのかなぁ…なんて、思う節があるような、ないような。璃黛が話しを続けるつもりで居れば、「じゃあ、アタシは帰るから」と嵐は言い、身支度を始めた。
「えっ、帰っちゃうの!?」
「ええ、帰っちゃうわよ。物思いにふけるなら、ガーデンテラスにでも行ってボーッとしてれば良いんじゃないかしら」
「…鳴ちゃん、冷たい」
「うふふ、そんなこと言っても時間切れよ。アタシ、今日は椚センセにも会いたいから先に帰らせてもらうわね。じゃあ、璃黛ちゃん、また明日」
と、手を振り返す間もなく、嵐は言うだけ言って去って行ってしまった。教室に取り残されるは、璃黛ひとり。
話の区切りも微妙だったのに、目当ての先生に会いに行くだなんて、なんて冷たい友人なのだろう。なんて思ったけど、思い返せば嵐はいつもそうだった。
仕方なく、自身も身支度を済ましてさっさと教室を後にした。
数時間前のこと。教室での嵐との会話の途中、クラスメイトである神崎颯馬がひょっこりと姿を現した。
何事かと思えば、どうやら、語り種の主から言付けを預かって来たそうで、
「蓮巳殿は生徒会の執務…いや、会長殿が隠していたために、ただいま激務に追われいる最中である。よって、本日の帰宅は遅くなる、と璃黛殿に伝えてきて欲しいと頼まれた。伝言は以上である。それでは璃黛殿、我は殿方の『さぽーと』に戻る故、これにて失礼する」
と、こちらも言うだけ言って、さっさと教室を出て行ってしまった。
呆気に取られ、お礼言うのを忘れたな、なんて思っていたところ、「あの子、なんで蓮巳クンが璃黛ちゃんに伝言よこしたか分かってるのかしら?」と、嵐は言った。
鬼の居ぬ間になんとやら