雪うさぎは世界に拐われる

一本の大木に背を預けて一人の年端も行かぬ少女が空を見上げる。空は青く澄んでいてそよ風が彼女の白い髪を遊ばせていた。彼女の紅い宝石のような瞳からポロポロと涙が溢れ落ちる。

少女はその涙を拭うこともせずにひたすら空を見上げ続けている。


‐おやすみ、五条悟
新しい世界でまた会おう‐

‐僕はな、オマエはそろそろ起きろよ
いつまでいいようにされてんだ傑‐

‐‐‐閉門‐‐‐
封 印 完 了


‐まずったよなぁ、色々とヤバいよなぁ
ま、なんとかなるか、期待してるよ 皆‐

‐死ねよ!自分だけぇ!!死ねよ!!!
このままじゃ俺はただの人殺しだ‐

‐マレーシア、そうだな…
マレーシア…クアンタンがいい‐

‐ナナミン!!!‐

‐それは違う、言ってはいけない
それは彼にとって"呪い"になる‐

虎杖君 後は頼みます


‐逃げろ!!釘崎!!!‐

‐虎杖、みんなに伝えて‐

悪くなかった!!!


‐だっ…だめだ…釘崎!!くぎっ‐


わたしの大好きな人たち…でもわたしは彼らの行く末をなにも知らない。こんな未来をわたしは望んでなんかない。沢山の場面が目の前に流れては霧のように消えていく。心が抉られる…とってもとってもイタい。手を伸ばしても彼らに触れることは叶わない。

ほんのわずかな間だったけれど、あの世界に紛れ込んだわたしを優しく受け入れてくれたあの人たちにわたしはもう一度会いたくて…でも会えなくてずっと見ていた。

…なんでさとるはそんな狭い箱に入ってるの?

…なんでななみんは大怪我してるの?

…なんでのばらは倒れてるの?

…なんでゆーじは泣いてるの?


‐産土神信仰…アレは土地神でした…
1級案件だっ!!!‐

‐今はとにかく休め、七海
任務は悟が引き継いだ‐

‐もうあの人1人で良くないですか?‐

‐‐任務概要‐‐
村落内での神隠し、変死
その原因と思われる呪霊の祓除
担当者(夏油傑 3年)派遣から5日後住民112名の死亡確認
残穢から夏油傑の呪霊操術と断定
呪術規定9条に基づき呪詛師として
処刑対象となる


‐説明しろ、傑‐

‐硝子から聞いただろ?それ以上でも以下でもないさ‐

‐非術師を殺して術師だけの世界を作る?!
無理に決まってんだろ!!!‐

‐君は五条悟だから最強なのか?最強だから五条悟なのか?‐

‐何が言いてぇんだよ‐

‐生き方は決めた、後は自分にできることを精一杯やるさ‐

わたしが知らないさとるとすぐるのはなし。わたしが知っているのはさとるとすぐる、しょーこの3人が楽しそうに笑ってたことだけ。いいな、トモダチってこんなに温かいんだって。
身体が一回り以上小さいわたしを3人はぎゅって抱きしめてくれて、少しだけ苦しかったけどイヤじゃなかった。

‐遅かったじゃないか、悟。君で詰むとは‐

‐何か言い残すことはあるか‐

‐誰がなんと言おうと非術師さるどもは嫌いだ
でも別に高専の連中まで憎かったわけじゃない‐

‐ただ、この世界では私は心の底から笑えなかった‐

‐傑、           ‐

はっ、最期くらい呪いの言葉を吐けよ



…すぐるは笑ってたけど笑えてなかった?苦しかったのかな…

…なんでさとるはすぐるを?2人で最強って言ってたのに…

…なんで、なんで、なんで…

たくさんのなんでがグルグルと頭の中を知らない情景とともに駆け巡る。
大好きなみんなが泣いてるところなんて…見たくない

こんな世界なんて大嫌い
こんな未来、わたしは知らない。
みんなを虐める世界なんてキライ。
なくなっちゃえばいいんだ

人知れず流している少女の涙は地に落ちても吸収されることなくコロコロと結晶化しては少女の周りに在り続けている。

そんな結晶化した涙を少女は1つ手に取るとおもむろに自身の口へ含む。コロコロと口の中で遊ばせる。その結晶はしょっぱいわけでも甘いわけでもない。

カリッと一部を噛みくだく。

…おいしくない。



…あの時さとると食べたもちもちしたやつ。おいしかったなぁ、ちょっと冷たくてあまいやつ

‐それね、喜久福っていうんだ。僕の大好物‐

…ななみん、とっても頼りになる大人のヒト、わたしに読み書きを教えてくれた

‐そうです、上手にかけましたね‐

…すぐるはわたしがヨートーを齧ったとき本気で怒った、美味しくなかった。すぐるはこれをずっと食べてたの?

‐コラッ!ペッてしなさい!蠅頭そんなもの齧ったらダメだろ!‐

…ゆーじはわたしといっぱい遊んでくれた、楽しかった

‐ん?もう一回?しゃあないね、あと一回だけな?あんましやると五条先生に怒られっから‐

…のばらはわたしとお買い物に行ってくれた、さとるがくれた服着てたら変な顔された

‐は?アンタなんでそんなカッコしてんのよ?!女の子でしょ!着いて来なさい!わたしがコーディネートしてやるわよ!‐

…めぐみはなんにもないところからわんちゃんがだせた。すごい、カエルとかトリとかも出せる

‐別にスゴかねぇよ、俺の術式だし‐


みんなに会いたい
ここは一人で寂しい
胸のあたりがぎゅってするの
もっともっとみんなと一緒にいたい

バラバラと散らばった結晶を両手で掬い上げては地面に散らす行為を何度も何度も意味もなく繰り返す

…つまんない

ふと思い立ったように手にした結晶を少女はその小さな手で握り潰した。何度も何度も。硬いはずのそれはいとも簡単に少女の手のひらで粉々になりやがて少女の手のひらに小さな山を作った

…ふぅ

砕けた結晶の欠片を吹き飛ばすように少女は息を吹きかけた。目の前に広がる悲しい情景を少女が持つ淡く温かい思い出に塗り替えるように

風に乗ったそれはキラキラと光に反射して彼方へと飛んで行くはずだった

…きっとこれでみんなが笑っていられる世界が来るはずだよね?

刹那、少女の髪を優しく撫でていた風の向きが変わった

びゅーーーーっ

…んっ

キラキラと輝く結晶の粉は少女に容赦なく襲いかかり少女は反射的に目を閉じた

結晶は意思を持っているかのように少女を包み込む

たった数秒の出来事だった

その瞬間、少女はたった一人の世界から消えた

残された主のいない世界は朽ち果てる

世界は少女を拐った

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