風見裕也の災難-終局-
「ゆうやおじちゃん。パパがおむかえにきてくれるって」
「え?」
少女の声でふっと意識が浮上する。少女は俺の目の前に可愛らしいピンクのうさぎのケースに入っているスマホをずいっと差し出していた。その画面を注視すると発信履歴が表示されており、確かに最新の履歴は"パパ"になっていた。
「その、あおいちゃんのお父さんはここに来るのか?」
「うん、むかえにいくからうごいちゃだめだよっていわれた」
「そうか。でもここは車の通りもあって危ないからもう少し道幅も広くて見晴らしのいい場所にでも移動しようか。そうすればあおいちゃんのお父さんもすぐに見つけてくれるだろう」
俺が少女の目線に合わせるように腰を下してそっと手を差し出すと少女は少し悩む素振りを見せたが、俺の手のひらに小さな手を乗せてくれた。そして俺は少女をエスコートするべく優しく手を握り立ち上ろうとしたその時だった。
俺たちに被さるようにできる影…
余程その影の持ち主は気配を消すことに長けているようだ。仮にも警察官である自分に気配を悟らせずに近づける者が降谷さん以外にも居たのかと思う。
その一瞬の隙にその瞬間は訪れた。気が付いたらすでに俺の視界から少女は消え去り代わりに見えていたのは雲一つない綺麗な青空だった。
「(ああ、俺はこの人物に投げられたのか)」
こういう時だけ理解の早い頭を憎んだ。仮にも一般人に投げ飛ばされたなんて降谷さんに知られたら間違いなくクビだなと余計なことを考えていた俺の耳に入る男の声。
「おいテメェ、俺の娘に何してくれてんだ、コラ」
「え…」
「もー、パパぁ。ゆうやおじちゃんいじめちゃだめなんだよ」
仰向けに間抜けにもひっくり返る俺を見下ろす一人のスーツを着た男性。ああ、見たことあるな。やっぱりこの少女、あおいちゃんの父親は降谷さんの同期である松田陣平さんだったのか…。
「ゆうやおじちゃんはあおいとパパのことまっててくれたんだよ?」
松田さんのジャケットの裾をグイグイと引っ張って抗議しているあおいちゃんを横目に俺は投げ飛ばされた反動でズレた眼鏡を直しながら起き上がった。
「でもな、お前、こいつに手を握られただろ?」
「あおいからにぎったの!」
目の前で繰り広げられる親子喧嘩にどう終止符を打って貰おうかと考え、恐れ多くも口を挟もうとした時だった。聞きなれた、それも待ち望んだ声が俺の耳に聞こえたのだった。
「松田!あおいちゃんは見つかったのか?」
「れーくん!」
「おー、ゼロ。不審者付きで見つかったわ」
「不審者だと?」
ギロっとその視線だけで人を殺せそうな勢いで降谷さんが俺を睨みつけてきた。
「…え、あの…降谷さん誤解です」
「風見じゃないか。こんなところで何をしている?」
「あ?降谷、お前の知り合いか?」
「僕のマネージャーだよ」
「……(行方を眩ました貴方を探していたんですよ!!!)」
俺は探していた降谷さんの登場に命拾いしたと思い、彼のもとへ駆け寄ると事情を説明すべく口を開く。
「で?風見、お前が不審者ってどういうことだ?お前、そんな趣味があったのか」
「誤解です、降谷さん。俺は決して松田さんの娘さんを誘拐しようとしたわけではなく…」
なんとしてもこの妙な誤解をといて置かなければ後々面倒なことになりかねない。その一心で説明を始めようとしたのだが、肝心の降谷さんの視線はすでに俺ではなく松田親子に向いていた。
「あの…降谷さん、聞いておられますか?」
「ああ、お前の言いたいことはわかっているし、最初からお前があおいちゃんに危害を加えようとしているなんて俺も松田も思ってないから安心しろ」
そういうと降谷さんは手を口に当ててふっと笑った。
「あまりにもお前が必死だったから、ついな。それに俺たちは俳優だぞ。これくらいの一芝居なんて朝飯前さ」
笑い続ける降谷さんに急に肩の力が抜けた。
「あおいちゃんのスマホにはGPSが付いている。GPSを辿ったら近くにお前につけていた発信機の反応もあったからな。問題ないと松田にも伝えたんだが…」
「はい?」
今、この人はさらりとなにか聞き捨てならない言葉を発しなかっただろうか。まだ小さなお嬢さんのスマホにGPSの機能がついているのはわかる。彼女はあの人気俳優松田陣平の娘さんだ。彼女の顔はまだ世間に知られてはいないだろうがそれでもあの可愛さを持っている以上、邪な思いを抱く輩に狙われないとも限らないのだ。
「…俺についている発信機?」
バッとスーツの袖の中を見るも特にそのような発信機らしきものはついていない。
「バカだな。お前にすぐ分かるところなんかに付けるはずがないだろう。それにしても仮にも、一般人である松田の気配も感じ取れずにその挙句背負い投げをされるとは。それでもこの僕、安室透の護衛なのか」
「耳が痛いです」
スッと隣に立つ降谷さんの目が細められた。その冷たい目線に身震いをし、ポツリとこぼしたある一言が気になって仕方がなかった。
「あいつらは今度こそ幸せにならなくちゃいけない。彼女は助けてあげられなかったが、あいつらだけはこの僕が守り抜いてみせるさ」
「(今度こそ幸せに?…それはどういう意味ですか?降谷さん、貴方は一体何を隠しているというのですか…)」
「松田!そろそろ行くぞ」
「れーくん!きいて!パパね!」
「あおいに嫌われた」
「松田さん、すみません。俺のせいで」
「あー、俺も悪ふざけが過ぎたからな。
気にしなくていいぜ」
「ねぇ、あれってK5の安室透と松田陣平じゃない?」
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