特別メニュー

「…あおい」

俺がぽそっと声をかけるとあおいは先ほどの俺との約束を思い出したのかサーッと血の気が引いて顔が青ざめた。みるみるうちに大きなブラウンの瞳に薄い水の膜ができる。

「ふぇ…ご、ごめん、なさい」

溢れた涙がボロボロとこぼれ、あおいは俺にしがみついた。ぎゅうっと力いっぱい俺のズボンを握りしめる娘の小さな手にこのあとどうすっかなぁと思案していると娘の頭から帽子を取り去った褐色の大きな手が娘の頭を優しく撫でる。

「…降谷」

「松田、構わない。今は客も数えるくらいしかいないし、そもそも他の客は自分たちの会話に夢中さ。俺たちの会話に耳を傾けているやつはいない」

小声で彼の名を呼ぶと降谷はそういったあとに娘の目線に合わせるようにしゃがむとクスっと笑った。

役者の安室透としての笑顔ではなく、降谷零本来の笑い方で言うからまぁ、降谷本人が言うならいいということだろう。

「あおいちゃん。僕のことは好きに呼んでくださいね。大丈夫ですよ。僕はあおいちゃんに名前を呼んで貰えるなら零で構いません。それにあおいちゃんに零と透を使い分けろというのも難しいしね」

その言葉を聞いて俺にしがみついていたあおいがゆっくりと顔を揚げて降谷の名前を小さな声で呼んだ。

「れーくん」

「はい。なんですか?あおいちゃん」

「れーくん。れーくん」

「どうした?あおい」

…おい、降谷。お前素が出てるぞ。

いくら客が少なくて俺たちにしか声が聞こえていないからって気を抜きすぎなんじゃねぇか。という視線を降谷に送っても素知らぬ顔をしてあおいの脇の下に手を差し込んで抱き上げていた。

抱き上げたあおいをボックス席に下ろすと降谷はこちらを向いて言った。

「昼飯食べに来たんだろう?松田、お前も座って待っていろ。今用意する」

「おい、俺は犬か何かか?」

「ふん。あおいちゃんはサンドイッチだったね?待っていてくれるかい?」

そういうと降谷は俺たちが座る席を離れてキッチンカウンターへ引っ込んだが両手に2つのタオルを持ってこちらに戻ってくると俺に手渡すとすぐに引き返していった。

「松田、これを使ってくれ」

「サンキュ」

温かいタオルと冷えたタオルの2つを受け取った俺は泣き腫らして目元が真っ赤になってしまっている娘を抱き上げて膝の上に座らせた。そして赤くなってしまっている娘の目元温かい方のタオルを軽く押し当てる。

「あおい、熱くないか?」

コクンと頭を揺らしたあおいに安堵の息を漏らしてしばらくたったところで今度は冷えたタオルを同じように押し当てた。

目元の赤みが引いてきた頃、降谷がハムサンドとコーヒー、それから娘のものであろうオレンジジュースと旗の立った小さなハムサンドの乗ったプレートを持って俺たちの方へやってきた。

「はいどうぞ、あおいちゃん」

「こんなのメニューにあったか?」

お子様用のプレートを指さしながら俺は降谷に問いかけた。あきらかに普通のお子様プレートではないのだ。ハムサンドのほかにも小さなオムライスやポテトサラダが鎮座していたからだ。

「あるわけないだろ。あおいちゃんに特別用意したものさ。みんなには内緒にしてくださいね?」

口元に指を持っていくとしーっと言いながらパチンとウインクをしてあおいに微笑みかけるとカウンターに戻っていった。

…ああ、コイツはこうやって何人もの女を落としているのかと俺は降谷に視線を投げつけたが、まぁ、案の定無視された。

「パパ、食べてもいい?」

服の袖をクイクイと引かれて視線を下ろすとあおいの目がキラキラと輝いていた。朝食も俺のせいで食いそびれたし、泣いたしで腹も空いているんだろうなと思った俺は食っていいぞとあおいの頭を撫でながら言ったのだった。

特別メニュー
「うまいか?」
「うん!れーくんのサンドイッチおいしい」
さっきまで泣いていたのが嘘のようにニコニコと笑う娘
あとで作り方を教わろうと心に決めた

|

小説Top|Top