紫紺の支配
昼下がりのリビングは、薬草の乾いた匂いと、セレスが淹れた高価な茶葉の香りで満たされていた。ダリアンは街のギルドに用事があるとかで、拠点には彼女とセレスの二人きりだった。
「……ふぅ。こんなものかな」
彼女は、調合した回復薬の小瓶を光に透かし、満足げに息をついた。新しい処方を試していたのだ。
「おや、熱心なことだ。だが、そんなに根を詰めては、君の繊細な魔力が枯れてしまうぞ」
ソファで難解な医学書を読んでいたセレスが、視線も上げずに言った。
「大丈夫だよ。ダリアンみたいに体力馬鹿じゃないけど、これくらい平気だもん」
「ほう。威勢がいいな、俺の小鳥は」
セレスは本を閉じると、音もなく立ち上がり、彼女の作業台に近づいた。そして、彼女が完成させたばかりの小瓶を、長い指でスッと取り上げる。
「あ! ちょっと、何するの!」
「検分だ。医者として、未来の同業者の腕前を見ておこうと思ってね」
セレスは小瓶を軽く振り、その色合いと透明度を吟味するように眺める。薄紫の瞳が、鑑定するように細められた。
「……ふむ。調合は正確、魔力の込め方も安定している。及第点、といったところか」
「なっ……! 及第点ですって? これ、すごく難しい処方なんだよ!?」
彼女は、その上から目線の評価にカチンときた。
「セレスだってヒーラーだけど、専門は治癒魔術でしょ? 薬学は私の専門分野なのに!」
「おや、怒ったのか? ふふ、負けん気が強いところは君の美点だが……」
セレスは小瓶を机に置くと、今度は彼女の顎先に指をかけた。強制的に上を向かされ、彼の端正すぎる顔が間近に迫る。
「……っ」
「だが、そのプライドの高さが、時に君の視野を狭めている」
「……なにが、言いたいの」 「簡単なことだ。……君は、俺を頼らなすぎる」
セレスはそう言うと、彼女が作業中に使っていた小さな銀のナイフを手に取った。
「たとえば、これだ。君はこの薬草を切る時、根元の硬い繊維質を断ち切るのに余計な力を使っていた。……だが」
セレスはナイフを握ると、同じ薬草の束を手に取り、先ほど彼女が苦戦していた部分を、最小限の動きで、す、と滑らかに切り落としてみせた。
「切り方一つ、力の入れ方一つで、効率は変わる。……俺は医学だけでなく、薬草学の基礎も修めている。君が素直に『教えてくれ』と言えば、いくらでも知識をくれてやったんだが?」
「……うぐ」 完膚なきまでに正論だった。 悔しさと、彼の技術への素直な感嘆で、彼女は言葉に詰まる。
「……別に、セレスに頼らなくても、一人でできる」
「ふふ。……まだ言うか、この子猫は」
セレスは心底楽しそうに笑うと、ナイフを置き、彼女の頬を両手で包み込んだ。
「……!」
「君が俺の前で強がるのは、一向に構わん。むしろ、その方がそそられる」
「な……っ、なにを……!」
「だがな」 セレスの笑みが、ふっと消えた。 色気を含んだ声色が、支配的な響きを帯びる。
「君が俺の助けを必要としている時に、そのくだらない意地で俺を拒絶するのは……許さない」
「……!」
ぞくり、とした。 それはいつもの揶揄いとは違う、有無を言わさぬ命令の響き。 彼の本性が、いつもより強く表に出ている。その事実に気づいた途端、恥ずかしさよりも先に、抗いがたい興奮が背筋を走った。
「……君は、俺の手のひらの上で、もっと翻弄されるべきだ」
「……っ、い、や……」
「おや? 口ではそう言っているが……」
セレスの親指が、真っ赤になった彼女の耳朶をなぞる。
「……顔が赤い。それに、少し潤んでいるぞ? ……もしかして、こういう風にされるのが、好きなのか?」
「……ちが、う……!」
「ふふ。本当に、君は可愛くて仕方がない」
セレスは満足げに目を細めると、彼女の額に、慈しむようにそっと口づけを落とした。
「……いいか。次に困った時は、素直に俺を呼べ。……俺の小鳥は、俺が導いてやる」
甘く、しかし逆らうことのできない声色で、セレスは彼女の理性を優しく縛り付けた。