お手をどうぞ、プリンセス

 なんだか良い匂いのする便箋に、お手本のように美しく踊る文字。言葉の節々にこちらを気遣う言葉が添えられており、最後には"愛する君へ"と結ばれている。
 この手紙を読み返すのは本日両手の指を数え終えるぐらいだった。お母さまにはしたないと怒られながらも受け取った直後にその場で読んだのが一回目。兄に呆れた顔を向けられながら自室へと戻る廊下で読んだのが二回目。後の数回は自室で何度も目を通しなおし、今はこの手紙を持って中庭のベンチに腰をおろしていた。

「はあ、アーサー様……」

 うっとり。まさにその表現以外当てはまらないほどに私の表情は緩み切っていることだろう。この手紙の送り主であるアーサー・グリフィスは幼い頃からの私の婚約者で、今は由緒正しきメルゴー・カレッジという全寮制の学校に通っている。気軽に会えなくなってしまい早数年。どうして共学ではないのかしらと枕を濡らした日だってあった。黒をベースにしたシックで高貴なあの制服。それを身にまとうアーサー様と毎日会えたかもしれない機会が失われたというのには深い悲しみがある。とはいえ、アーサー様はこうしてこまめに近況報告のお手紙を送ってくださるのだ。それに、そろそろ長期の休暇に入る。きっとどちらかのお家で晩餐会をするはずだ。きっとすぐに会える。けれど。

「お会いしたいわ……」
「誰にだい?」
「キャーーーッ!!!」

 ここにお母さまが居たらきっと一晩中お説教を聞く羽目になる、そんな淑女らしからぬ悲鳴に肩口で聞こえた声の主は「おっと」と体勢を崩した私の肩を抱いた。

「すまない、名前を呼んでから声をかけるべきだったね」
「あ、あ、ああ、アーサー様……!?」

 予想もしていなかった人物の登場に一瞬呆気にとられるも、すぐにぶわりと顔に熱が始まる。き、聞かれた……!手紙を握って独り言を言う女だと思われた……!!支えてくださった彼にはなんとかお礼の言葉を述べつつ、できるだけ落ち着いて身嗜みを整える。わざとらしくコホン、と咳をつけば、微笑を浮かべるアーサー様と目が合う。
 か、かっこいい……ではなく!

「そ、その。御機嫌よう、アーサー様。本日はどうしてこちらに……?」
「御機嫌よう。実は学校の都合で長期の休みが少し早まってね。今日は君の予定が無いと母君に聞いていたから、お邪魔させてもらったんだ」

 聞いていない?と首を傾げるアーサー様の問いにはぶんぶんと勢いよく首を横に振る。お、お母さま……!謀ったわね……!

「伝達の行き違いがあったのかな……?でも、こうして会えてよかったよ」

 細められる瞳、向けられる優しい視線、緩く弧を描く口元。やだ……神が作り給うた最高傑作……?もしくは天から舞い降りた天使様ではないかしら……?うっかりまじまじと羽の有無を確かめるべくアーサー様の背中を眺めるも、彼は慣れているようで気にした様子はない。
 出会った頃からまるで美術品のように綺麗なお顔立ちだったけれど、ここ数年は会うたびにブラッシュアップされていくような気がする。

「……とにかく。一度お屋敷にご挨拶に伺っても?姫」
「ええ!?も、もちろんですわ」
「では」

 膝をつき、右手を差し出す彼の姿に鼓動が高鳴るどころじゃない。何年経っても慣れはしない、彼の指先にそろりと指を重ねれば、やはり綻びのない完璧な笑顔をこちらへと向けたのだった。