憶い








「貴女を1人にする酷い母を…どうかお許し下さい…」
「私を…お傍に置いて下さり…あり…が…とうございます…」









「どうか…どうかッ…心白羽様も……しあわッ…せ……にッ…」

『じぃじッ…!』

飛び起きた。眠っていたのに…これで何度目だろうか。留三郎達と別れて、食堂でご飯を食べて、お風呂も無事に済ませて後は寝るだけとなったのに、寝て何度も同じ夢で起こされる

母上とじぃじの最期の笑顔。そして必ずじぃじの最期の言葉で起こされる。夢だというのに、人や建物が焼けた焦げ臭さや燃え盛る炎の熱さが伝わってくるかの様に生々しい。暫く見ずにいれたのに…

何故かは分かる。あの時からずっとおじ様とおば様が私の気持ちを察して一緒に寝てくれていたからだ。人肌に触れて安心出来ていたから…

今は1人。夜に1人でいるのはもしかしたら初めてかもしれない。あの時も夜だった。燃える城、燃える人。死んでいくみんなッ…



『ぅ゙ッ…』

口元を抑えて厠へ向かった。込み上げてきた吐き気。夢で見たドロドロした生々しさを吐き出さんばかりに吐いた。心細さが異常なまでに圧迫してくる気がする

よろけながらも部屋に戻って、布団には入らず、その場でへたり込んだ。その瞬間、涙が溢れ出た。泣いているのに気付くと最早無意識にじぃじの短刀を持ち、急いで裸足のまま外へ







「無心になりたい時は剣を構えろ、心白羽」
『…はい』

「何も考えるな。目を閉じ、空気を感じ取る様に耳をすませ。風と共に呼吸しろ」
『…はい』

目を閉じて、父上の稽古の光景を思い起こす。静かに吹き抜ける風に耳をすませて、呼吸をゆっくり繰り返す。稽古時とは全く違う長さの短刀だったが、構える

あのこびり付いた残像を無理矢理にでも消さなければ、明日から本格的に授業が始まるのに集中出来ない

何回か型を連続で振ってみるが、無心どころか寧ろ余計に記憶が蘇る。父上はきっとあのまま上段の間で母上と共に…何で剣豪である父上が戦わずに自害地味た事をなさったのか分からない

そこまでカハタレドキ城は強いという事なのだろうか。勝てない事を見越して、剣豪として城の主として潔く、恥じない死を…それならそれで父上らしいけれど…



『私は…泣き喚くしか出来なかった…』

目の前で大好きな人達が死んでいくのを見ているしか出来なかった。子供といえど、私も剣豪である父上の娘。もっと強くなれていたら、何か変えられていたかもしれない。私が1人で戦えるほど強ければ、みんな…あんな惨い死に方をしなくて済んだかもしれない




『ダメだッ…』

拭った筈の涙がまた溢れ出たのと同時に、その場でへたり込んでしまった。頭に浮かぶのは後悔ばかり。考えずにはいられない。消し去る事なんて多分…一生出来ないのだ







◆◆◆ ◆◆◆







「心白羽ちゃん、おはよう」
「おはよう」

あれから寝ては魘され、寝ては魘されの繰り返しで満足に眠れなかった。身支度を整えて、授業を受けるくのたま教室へ向かうとまだ誰1人いない

事前に伝えられていた席順に座った。丁度窓際の席でボーッと青空を眺めていたら、肩を叩かれた。振り向くと後ろの席なのだろうか。2人の子が笑顔で挨拶してきた



「早いね?」
『うん…まぁね』

「何か元気なくない?1人部屋だと何かと心細いわよね」

そんな事ないよ、と苦笑した。思いの外1人部屋は怖い。これが6年続くと思うと少しばかり不安があるけれど、仕方のない事だ



「今日から暫くは座学だけど、やっぱり私は実技が楽しみだなぁ」
「そうよね。手裏剣とか早く持ってみたいわ」

実技か…
机の上のくのたまの友を何気なくパラパラと開いてみると、忍が使う忍具やら暗器やらが手書きの絵と共に紹介されている。目が行ったのは弓矢。弓は和弓しか知らなかったけれど、それよりも弓が短い短弓というモノが主だと記してある

弓が短いからか射程距離は短い。速射性に長けている反面、貫通力が通常の弓より低い。それを補う為、用いる者によっては毒矢を利用する場合もある。毒矢・・という単語に思わず悪寒が走った

あの時…もしも刺さっていたのが毒矢だったら…
そんな事を思ってしまった。恐らく痛みを感じないから、知らず知らずの間に身体は蝕まれて…そのまま…




「心白羽ちゃーん?」
『ぁ…な、何?』

「心白羽ちゃんの番だよ?」

ハッとして前を見ると、他のくのたまと若い姿のシナ先生が既に教室に来ていた。1人1人座学に必要な筆やらを貰っているのに気付き、慌てて席を立った



「あら、心白羽ちゃん。顔色悪いですよ?ちゃんと寝ましたか?」

『だ…大丈夫です。よく眠れました』

そんなにみんなから分かる程顔色が悪いだろうか…
寝れなかったのだと知られたら、先生だけでなく、他の子にも心配を掛けてしまうかもしれないと咄嗟に嘘を吐いてしまった







◆◆◆ ◆◆◆






「おぉーい!心白羽!そっち行ったぞー!」
『ぇ…Σぶへッ!』

呼び掛けられて顔を上げた先に飛んできたボールが顔面にめり込み、反動でそのまま後ろに尻もちを着いて、しまいには仰向けで倒れてしまった



「おいおい!大丈夫か!?」
「顔の何処に当たったの!?」

同じチームの文次郎と伊作がすぐさま身体を起こしてくれた。相手チームの仙蔵と小平太、留三郎も慌てた様子で駆け寄ってきて、私の顔を心配気に覗き込む



「何だ何だ?鼻血でも出たか?」
「んな呑気な事言ってるバヤイか!ほら!顔見せてみろ!」

グイッ、と顔を両手で持たれながら留三郎が赤くなっている私の左頬を確認する。咄嗟に右を向いたから、めり込んだのが頬で済んだ。じんじんはするけれど…痛みは感じない


『ご…ごめん。ボーッとしてた』
「バカタレ!小平太がサーブの時によそ見するな!何処にボールが行くか分からねぇんだから!」

そう注意され、申し訳なさから再度謝ると怪我を見ていた留三郎が文次郎を睨み上げた



「もっと言い方があるだろうが!そんな強く言うんじゃねぇよ!」
「はぁ!?お前にそう言われる筋合いはねぇな!」

「ちょっと2人共やめなよぉ!」

目の前で揉め始めた2人を伊作が慌てて止めに入る。その光景に戸惑っていると、仙蔵が浅くため息を吐きながら隣にしゃがみ込んだ



「頬以外に痛む所はないか?」
『だ…いじょうぶだけど、少しだけ口の内側噛んじゃった』

「めまいとか頭痛は?」
『それはない…かな』

2人の熱量とは真逆に仙蔵から冷静に体調を聞かれて一瞬戸惑ったが、答えていくと、ある事に気付いてキョロキョロと辺りを見渡した



『あれ、長次は?』
「あぁ、あいつなら心白羽が倒れた直後に長屋の方に走って行ったから、多分保健委員の先輩を呼びに行ったのではないか?」

小平太が長屋の方を指さしながら教えてくれた



「すまんすまん、心白羽は飲み込みが早いからつい楽しくなってしまってな。くのたまという事を忘れてしまったのだ」

そう笑顔で話す小平太。女だから容赦してほしいとかそういう気持ちにはならないから良いけれど…


『Σ痛ッ…』

突然目に痛みが走り、思わず押さえた。それに小平太はどうしたどうしたと私の前にしゃがみ込んで顔を覗き込んできた


「多分砂が目に入ったんだよ。小平太、水洗い場まで心白羽を連れて行ってくれないか。私は長次が先輩をお連れしたら一緒に行くから」

そう言われて任せろ!、と小平太は意気揚々と私の手を取って駆け出した。連れられるがまま水洗い場までやってきて、ゴシゴシと目をずっと擦る私の手を小平太が掴んだ



「ごみが入った時は擦らない方が良いらしい!今水汲んでやるから待ってろ!」

いけいけどんどん!と最早口癖なのか掛け声と共に小平太は井戸から水を汲み始めた。その後ろ姿を黙って見守る



『小平太って面倒見良いよね』
「そうか?」

ほれ、と桶に水を汲んで目の前に持ってきてくれた。髪に掛からない様に気を付けなきゃと思いながら目を洗う。内心痛みをまだ感じられて変な話…安心している



「心白羽は運動神経良いよな」
『え?』

手拭いを手渡されながら言われた言葉に首を傾げた



「みんなのサーブを受け止められるし、アタックも申し分ない。本当はバレー知ってたんじゃないか?」

『いやいや、本当に知らなかったよ。ただまぁ…反射神経とか動体視力には自信ある…かな』

2つ共に剣術では必要不可欠なモノだからか、1番父上から厳しく言われていたのを覚えている。でもそれに関しては小平太だってそうな気がする。誰よりもボールに食い付いていたし…



『小平太は案外剣士に向いてるかもね』
「それは無理だな」

何故か即答された。才能だってありそうなのに…
そう思い、何故か尋ねる



「私はあの剣士の落ち着いた雰囲気がどうも合わなくてな。あぁやって静かに構えて相手の出方を見るやり方は苦手なのだ」

私は考えるよりもまず身体が動いてしまうからな!、と愉快そうに笑いながら小平太は続けた。剣士はあた振り構わず剣を振るうのは命取りだと教えられ、相手の隙を的確に見極めてそこに一太刀入れる

無駄な動きは一切しないのが本当の剣士である。確かに静かにという言葉は小平太に合わない…なんて2日しか経ってない私が言うと偏見になるのだろうか



「体力は有り余ってるんだがなぁ……そうだ!心白羽は委員会、何処にするか考えてるか?」

委員会?何の事だろうか…
続けて尋ねると、どうやら学園では委員会活動も多く取り入れており、忍たまはいずれかの委員会に入らなければならないのだと小平太は教えてくれた



『くのたまにはそんな話来てなかったけど』
「Σは!?何で!」

『何でと言われてもッ…』
「お前は人の話を聞いてなかったな?小平太」

後ろから仙蔵の声が聞こえ、2人揃って振り返ると、仙蔵と長次と薬箱を持った6年生。その後ろには何故かボロボロの状態の留三郎と文次郎、伊作がいた



「くのたまも元々委員会に参加はしてたけど、毎年の様に人数が減るから人数変動が激しいって事で委員会活動からは除外されたんだって先生が仰ってたじゃないか」
「あれ、そうだったっけ?」

『いや、ていうか何で3人共そんなにボロボロなの』

後ろでムスッとした顔で大人しくしている留三郎と文次郎。2人はさっきあんな喧嘩していたから分かるけれど、何で伊作が同じくらいボロボロなのか苦笑しながら尋ねた


「僕はただ2人を止めようとしただけなんだけど…」

同じく苦笑しながら伊作は頭のたんこぶを摩った。同情して摩っていると、6年生の先輩が隣にやってきた


「心白羽ちゃん…で良かったか?私は保健委員会の者だ。顔面にボールが当たったと聞いたのだが、目元から見せてもらうよ?」

伊作君はこれでたんこぶを冷しなさい、と氷袋を先輩は伊作に手渡し、次は私の顔を片手で押さえて、目元に触れる


『あの、私よりも留三郎と文次郎の方が怪我してると思うのですが…』
「2人は自業自得だ。自力で治させれば良い」
「それが良いと思う」

仙蔵が呆れ顔で言うと、長次も同感という風に頷き、2人を見る。その2人はお互いそっぽを向いて未だに仏頂面だ


「目は綺麗に洗った様だね。少し左頬が腫れてるから、君もこれで冷やしなさい」

あと擦りむいているから塗り薬もね、と先輩は氷袋と塗り薬の入った小さい小瓶を渡してくれた。そして、留三郎と文次郎に喧嘩も程々にする様に釘を刺して行ってしまった

/Tamachan/novel/18/?index=1