やれる事






『ま…まずい…』

あれからまた2日程経って、私は授業に復帰した。留三郎達はその2日間共にお見舞いに来てくれて、授業で何をしたのか、今は何の練習をしているのか聞かせてくれた

くのたまの人達もお見舞いに来てくれてはいたのだが…話に聞く授業の進み具合に若干焦りを覚えていた

復帰してからの数日間。一応シナ先生と補習授業という事で、放課後遅れている所を教わってはいるものの…教科書のページの進みも早ければ、実習だって私は何日かみんなより遅れてしまっている



「心白羽ちゃん。脇はこう…締めて投げるの」
『こ、こう?』

みんなは知らぬ間に手裏剣に慣れたのか、実習での的当てを正確に当てられる人達が大半を占め始めていた。体力だって多分私が休んでいる間にマラソンや体力付け目的の授業でそうそうに息は上がらない様になっている様子だ

助言を貰いながら実習時は手裏剣を数振り投げるが、振り方がおかしいのか腕がすぐに痛くなってしまう…

まだ父上から稽古をされていただけあり、体力的にはそこまで疲れが出る事はないけれど…この数日で忍としての身体能力や知識、技術も遅れているのは確かだった

夜に苦無や手裏剣の練習をしたくても、この前男神おがみ先輩が仰っていた事を思い出す。実技テストに合格しなければ、授業以外で忍具を貸出してはもらえない



『弱ったなぁ…』
「心白羽ちゃん。何か忍たまの人達がくのたま長屋の入口で待ってるよ?」

どうしたらみんなとの差を埋められるか、と悶々と廊下を歩きながら考え込んでいると、後ろからクラスメイトに声を掛けられ、そう言われた。忍たまの人達、とだけでは誰だか分からないけれど、直感で留三郎達だとは思った





「心白羽ー!こっちだこっちー!」

くのたま長屋の入口まで来ても誰もいなく、入口から出た所まで行くと呼び掛けられた。顔を向けると、やはり待っていたのはいつもの6人。駆け寄って、何で訪ねてきたのか尋ねると…



「お前、最近バレーしに来てないだろ」
『え?』

「待っていても来ないし、忍たま長屋の中で心白羽の姿も見えないからどうしたのかと思って」

留三郎と伊作にそう言われ、そういえばこの数日はみんなの所に行ってなかったと今更気付いた。ずっと遅れを取り戻す事で頭がいっぱいだったから…



「心白羽…バレーが嫌いになったのか?」

しょんぼりした様にいつになく悲しそうに眉を下げて言う小平太に慌てて嫌いになった訳ではない事とその流れで顔を出していなかった理由をみんなに伝えた




「そりゃあバレーやってるバヤイじゃないな」
「座学ならともかく実技に関しては身体で慣れろと私達も言われてるしな」

それ相応に差も出やすいと思う、と仙蔵が追い討ちの様に話す内容に更に落ち込んだ。隣で留三郎や伊作が慰めてくれているけれど、実際は仙蔵の言う通りで実践の回数が上達に深く関係している

それを1週間以上も遅れてるとなると、嫌でもみんなとの差を考えさせられてしまう



『みんなはテストいつ?』
「ひと月後を予定していると先生は仰ってたけど…確かそのテストはくのたまも合同だった気がする」

長次の言葉に一瞬反応が遅れて、理解した途端にえぇ!?と盛大な声を上げてしまった



『ひと月ってすぐじゃん!ますますまずいよ!』

1人でわーわー騒いでいると、留三郎がよし分かった!と手を叩いた



「俺、用具委員長に頼んでみるぜ!」
「何を頼むんだよ?」

文次郎が怪訝そうに首を捻った


「何をって、授業以外で心白羽が練習出来る様に手裏剣を貸して貰えないかだ!」

その言葉に不満気に仙蔵が手を上げて、留三郎を呼び止めた



「それをやってしまったら、他のくのたまから不満が出るんじゃないか?何で心白羽だけって」

「そ…そうかもしれねぇけど、1週間以上の遅れは実技にしたらかなり不利だろ!そもそも遅れたのは心白羽のせいじゃねぇし!」

「まぁ確かに心白羽が休んでる間、他のくのたまは早く慣れる為に結構授業時間割いて練習させてもらってたらしいしね」

伊作が思い出した様に話すと他の4人もそれは不平等だと留三郎の案に賛成しだした



「用具委員長の男神おがみ先輩は優しいし、俺も委員の1人として頼んでみるからさ!」

「なら私も委員の1人だ。一緒に頼もう」

留三郎と仙蔵が忍たま長屋の方へ向かって行くのに、小平太が何ならみんなで頼みに行こうと言い出し、揃って用具倉庫へ向かう事になった






◆◆◆ ◆◆◆





『2人共委員会決めたんだね』

向かっている最中に気になっていた事を2人に尋ねた。すると、留三郎は胸を張って笑った



「心白羽の件で用具委員会に入るって決めたんだ。俺が入って、ちゃんと管理して、二度とあんな馬鹿げた事にならねぇ様にすんだ!」

聞けば、もう留三郎の発案した改善案は既に実行されていて、今まで頻繁に使われるからと自由解放されていた用具倉庫だが、用具委員長が倉庫の鍵を預かり、用があればその都度開けてもらうという決まりになったという

手間は掛かるけれど、あんな事になるとは既存の用具委員も予想しておらず、此方の不注意でもあると男神先輩はその改善案を受け入れたらしい



『ありがとうね、わざわざ改善してくれて』

「礼は良いって。上級生用の忍具も一緒に保管していたらしいし、先の事考えるとやっぱり常に鍵は閉めといた方が良いだろと思っただけだ」

歯を見せて笑う留三郎の隣の仙蔵も微笑んで頷いているけれど、正直仙蔵の方が意外…というか、火薬委員会はどうしたのか



『仙蔵は火薬委員会に入るんじゃなかったの?』

「まぁ…そうだったんだけどッ…」
「仙蔵はな、火薬のテストで張り切りすぎたせいで入れなかったんだぜ?」

ムッとした視線を悪戯に笑いながら話す文次郎に送る仙蔵にそうなの?と尋ね返した。すると、仙蔵は肩を竦めて浅くため息を吐いた



「火薬委員へはちゃんと知識を備えてから所属しようと思って、この前あったテストで猛勉強したんだ。甲斐あって実技も座学も高得点。それを火薬委員会に持って行ったら…」

「火薬が得意な奴は入れない決まりになってるんだってさ」

肩を落としながら話す仙蔵の肩を小平太がどんまいと手を置きながら代わりに教えてくれた



『え、でもやっぱり火薬を管理するなら得意な人に任せた方が良いんじゃないの?』

「過去に火薬委員会の生徒が持ってた火種が火薬に引火して煙硝蔵えんしょうぐらが爆発する事故があったらしいよ?だから、常に火種を持ち歩いてる可能性のある火薬を得意とする生徒は委員会には所属させないっていう暗黙の了解があるんだって先輩が仰ってた」

隣にやってきた長次がそう説明してくれた。そんな物騒な事件があったなら仕方ない事ではある



「お前学年が上がった時の自分の得意武器は何にするつもりなのかって質問に焙烙火矢ほうろくひやって素直に言ってたもんな」

『あぁ、それで…でも何でその後に用具委員会なの?全く違うけど』

文次郎と長次の説明で納得してしまったけれど、何でそれで用具委員会なのか。すると、仙蔵が実は…と声を漏らした



「私が火薬委員会に入れずに落ち込んでいる所に、用具委員会委員長の男神先輩が声を掛けて下さって…」




「確かこの前見学に来てくれた立花仙蔵君だよな?どうしたんだ?浮かない顔して」

「いえ…火薬委員会に入る為に頑張って火薬について勉強したら、まさかあんな決まりがあったなんて思いもしなくて…」

「あぁ…事前に伝えておけば良かったな。すまない」

「いえ、先輩が悪い訳じゃッ…」
「ではそんな君にこれをやろう!」





「…と言って、私にくださったのがこれだ」

仙蔵が懐から取り出したのは木製で作られた手の平サイズの仙蔵の生首。顔を簡易的にしてあるおかげか、生々しさよりも可愛さの方が勝っている



「これ、生首フィギュアって言われてんだぜ?後で聞いたら、男神先輩がたまたま火薬委員会の先輩方から仙蔵の話を聞いて、わざわざ作って下さったらしい」

仙蔵本人には敢えて話を聞いた事を言わずに気遣い、フィギュアをくださった先輩に仙蔵は感動し、用具委員会に入る事を決断したという



『そういえば…伊作は委員会決めたの?』

後ろを歩く同じく委員会に悩んでいた伊作にそう尋ねると、彼は苦笑しながら頭を掻いた



「僕は保健委員会に入る事にしたよ」

『え、そうなの?もしかしてジャンケンで負けたとか…』

以前に聞いた保健委員会委員長の綿矢わたや先輩は確か保健委員会は進んで所属しようという人は少ないと仰っていた。だから、伊作には失礼と思いつつも聞くと、思いの外笑顔で伊作は違うよと答えた



「僕からお願いしたんだ」
『どうして?』

「心白羽が倒れた時…ただ見ている事しか出来なかったから…だから、今度は少しでも何か出来る人になりたくて立候補したんだ」

留三郎とほぼ同じ理由だね、と伊作が言うと、留三郎はそうだなとはにかんで笑った。他のみんなはお前らしいなとかおかしそうに笑っているけれど、私は少し胸がキツくなった


私自身気を失っていたから、あの時の事は全く分からないけれど…みんながとても心配してくれていたという話は先輩方からも新野先生からも聞いた。突然の事で驚いただろうし、怖かっただろうし、困っただろうに…

思わず俯いて立ち止まると、みんなは着いて来ない私に気付いて同じく立ち止まり、振り向いた




「どうした?心白羽」

留三郎が歩み寄ってきて、心配気に顔を覗き込んできた。1度口を噤んで、顔を上げる



『その…あの時は助けてくれてありがとう、みんな』

顔を上げた先のみんなの顔はキョトンとしている。けれど構わずに続ける



『あの時のお礼…まともに言えてなかったから。今更になっちゃうけど…』

本当に今更だと思う。あの後、みんなは私を気遣ってか、触れずにいつも通りに振る舞ってくれていた。おかげで私自身もいつもの調子をすぐに取り戻せた一方で感謝を伝えるタイミングを逃してしまっていたのだ



『私の為にたくさん心配してくれたのに、私はみんなにお返しとか出来なくて…』

だからその…と言葉をつっかえつつも俯き気味に伝えると、暫くの間の後に視線の先の地面にみんなの足元が映り込んだ。思わず顔を上げる直後、わしゃわしゃと留三郎に頭を撫でられた


「なぁに水くせぇ事言ってんだよ!お前が謝る事なんて何にもねぇだろ!」

え…と思わず声を漏らしてしまった。呆気に取られて固まったままの私に隣から小平太が肩組みしてきた


「お前はもう私達の仲間なんだからな!困った時はお互い様だぞ!そんな細かい事をいつまでも気にしてないで早く行くぞぉお!」

おぉ!と答えた留三郎と小平太に片手ずつ掴まれてそのまま駆け出された。他のみんなも着いてきて、同じく気にするなとか背中を軽く叩いて笑い掛けてくれ


私もみんなの役に立てる様にならなくては…
みんなが向けてくる笑顔を見て、改めて思った

今の私では逆にみんなに助けられてばかりだ
情けない所しか見せていない
私もしっかりしなければ

みんなと一緒にこれから強くなるんだから…

/Tamachan/novel/18/?index=1