好きなもの
あ
あ
あ
『ふわぁあ…』
次の日の朝。留三郎達との練習が思いの外楽しくて、昨日夜遅くまで続けてしまったせいか、軽く寝不足である。欠伸をしてしまい、隣で朝食をとるクラスメイトがどうしたの?と尋ねてきた
『手裏剣の練習で遅くなっちゃって…』
「心白羽ちゃん、最近毎日じゃない?寝不足はお肌の天敵だってママが言ってたよ?」
『そ…そうなんだ』
正直今は肌なんて気にしてるバヤイじゃない。早く手裏剣を打つのにも慣れなければならないし、昨日目標の的の種類を変えてしまったのだから、増して気合いをいれなければ…
「心白羽ー!」
不意に名を呼ばれ、声のする方へ振り向けば、小平太が食堂の入口で手を振っていた。周りの子達の視線が一斉に私に集中する。そんなの気にせずに小平太は中に入り、目の前まで駆け寄っていた
『ど、どうしたの?』
「今日の放課後にバレーをするんだ!お前も来い!」
『放課後?』
「心白羽はいるかー?」
小平太越しから食堂の入口に留三郎と伊作が顔を覗かせたのが見えた。此処だと言う前にもう小平太が目に映ったのか、2人は小走りで駆け寄ってきた
「小平太も来てたの?」
「おぉ!放課後のバレーに心白羽も誘おうと思ってな」
「何だよ、目的は一緒って事か」
ははは、と笑い合う3人をポカンと見つめていると、改めてと3人は私に向き直った
「放課後にいつもの場所でバレーやるからな。メンバーもいつもの奴らだ」
「あと、昨日言った面白いもんも見せてやる!」
「心白羽の事、みんな待ってるからね」
『あ…うん。分かった』
私が了解すると、3人は約束だぞーっと軽く手を振って食堂を出て行った。みんなは昨日あんな遅くまで練習してて眠くないのだろうか、とピンピンして元気そうな3人を不思議そうに思っていると…
「心白羽ちゃん」
『Σえ、な…何?』
隣のクラスメイトの方に振り向くと、その子だけでなく、周りの子達にもジト目で見られているのに、思わずギョッとしてしまった
「心白羽ちゃん、やっぱりずるーい」
「そうそう」
「私未だに忍たまの子達と話した事なーい」
口を尖らせて不満気なみんなに苦笑しか出来ない。何ならみんなも一緒にバレーをやらないか誘うけれど、あの小平太のサーブを見た事があるのか、それは遠慮すると断られた
「大体接点ないし、見てるとやっぱり先輩方が素敵過ぎて同期に目がいかないのよねぇ」
「そういえば、保健委員長の
「私は優しい男性より、
私はあの先輩が、いやいやあの先輩も…と、どんどんみんな話題が脱線していき、最早本題が好みの先輩の話になっていく。とりあえずジト目な視線を感じなくなり、小さくホッと胸を撫で下ろした
◆◆◆ ◆◆◆
『みんなー』
「お、来た来た」
「待ってたよー」
久しぶりに忍たま長屋の潜り戸を通ってみんなの待つ庭の方へ向かった。遠目からでもみんながバレーをしている姿が見え、久しぶりだった事もあり、内心うきうきしていた
呼び掛けると途中だろうに、ボールをキャッチしてみんな此方に駆け寄ってきてくれた
「久しぶりに揃ったな」
「そんじゃ、バレーやる前ぃ…」
小平太が私にバレーボールを持たせて、ニヤリと笑みを浮かべると、周りのみんなも同じ様な笑みを浮かべた。何だ何だと思っていると、みんなはお互いの間隔を空けて向き合った。すると…
「行くぞ!留三郎!」
「おぉ!かかってこい!」
え?え?と困惑している私に構わず、文次郎が留三郎に向かって拳を振り下ろした。その拳を受け止めて間髪入れずに留三郎も応戦とばかりに身体を捻って蹴りを入れる
突然始まった手合わせに慌てる間もなく、他の4人も同じ様に互いに打ち込み始めた
『ちょッ、ちょっと待って待って!』
両手を上げてブンブン振りながら呼び止めると、みんなはえ?と組み付いた状態で私の方に振り向いた
「どうした、心白羽」
『いやいや、どうしたじゃないよ。急にみんな喧嘩みたいな事始めちゃうから…』
「これは喧嘩じゃねぇ!体術だ!」
文次郎の言葉に他のみんなもそうそうと頭を頷かせているけれど、私としては急に見せられた取っ組み合いに戸惑いが隠せなかった。聞けば、ここ数日で簡単な体術を教わったという
学年を重ねるごとに難易度が上がるらしいけれど、みんなはバレーをやっていた時にも分かっていた事ながら、運動神経が良いのか、難なく呑み込めたらしい
『これが面白い事なの?』
「これもそうだが、先生から良い事を聞いたのだ!」
小平太が得意気に胸を張りながら言うには、手裏剣やその他忍術には体力が不可欠で、体力を付けるだけでも相当に上達するのだという。へぇ…と確かに良い事を聞いたと頷いていると、留三郎と文次郎が片側ずつ肩に手を置いてきた
「っと、言う訳で!」
「これからバレーだけじゃなくて、こういった鍛錬もやろうって話になったんだ!」
心白羽もやるだろう!と2人に続いて小平太も目をキラキラさせながら誘ってくるが、仙蔵と長次が呼び止めた
「鍛錬はあまり無理強いをするものじゃないんじゃないか?」
「私もそう思う」
「何でだ!良いだろ、誘っても!」
「鍛錬はやって越したことないだろ!」
「いや、でもほら…男の子と女の子じゃ色々違うだろうしさ」
「それに、くの一にはくの一のやり方だってあるだろうしな」
えー、と不満気に声を漏らす留三郎達。仙蔵達は私を気遣って言ってくれてる事だって分かる。でも…
『わ、私もみんなと鍛錬する!』
両肩に置かれた留三郎と文次郎の手を掴みながらそう告げた。私の反応に目の前の留三郎と文次郎、小平太は分かりやすくばあっと表情を明るくさせたが、2人越しに見える仙蔵と長次、伊作はえっ…と戸惑った表情を見せた
「い、良いのか?心白羽」
「悪い意味じゃないんだけど、やっぱり女の子からしたら鍛錬とか汗だくになるし、疲れるから嫌がるかなぁと思ってた」
伊作が苦笑しながら言うのに、首を左右に振って笑ってみせた
『私もみんなと同じ立派な忍になるんだから!その為の鍛錬や体力作りに女も男も関係ないよ!』
私にも教えて!とガッツポーズをしながらやる気を見せると、もう伊作達は私の参加に戸惑う表情ではなく、笑顔を浮かべた
「よし!お前ならそう言うと思ってたぞ!」
「今日から更にやる気出していくぞー!」
おー!とみんなに合わせて拳を頭上へ上げた。その後はみんなが教わったという筋トレや体術の型を教わり、実践していると、空はすっかり夕暮れになっていたが、熱中している私達は構わず鍛錬し続けていた
「こう重心を前のめりにした後に身体を捻らせて…」
『ふん!』
「そんで、その捻らせてる遠心力を利用して足を投げ出して…」
『えい!』
仙蔵と文次郎の見本を見ながら他の4人に動きを見てもらう。戸部先生との剣の手合わせの時の動きは本当に流れで覚えてたんだなぁ…と思った。素手だけで蹴りやら打撃を上手く打ち込むのは思った以上に難しい…だけれど、教わっていて確信もしていた
鍛錬すれば、手裏剣や忍術だけでなく、きっと剣技にも活かせると。だから必死に食らい付く。みんなは男の子だからなのか、そこまで疲れていない様に目の前で平然とやっているが、1つ2つ型を打ち込むだけで息が上がってしまう
ついにはガクッと地面に膝を付いてしまった
『ご、ごめん…ちょっと…息がッ…』
「だ、大丈夫!?」
すぐさま伊作が駆け寄って、肩で息をする私の背中を擦ってくれた。保健委員としての行動力にありがたみを感じながら、息を整える
「あの時の護身術を見て思ってたが、心白羽もなかなか身軽だな!」
「それは俺も思った」
「多分護身術を教わる過程で体重移動とか身に付いてんだろうな」
頭上でみんな関心する声が聞こえて嬉しいけれど、私的にはみんなの動きと比べてぎこちない。それは自分でも感じる程に、頭でのイメージと実際の身体の動きがバラバラだった
「お水持ってこようか?」
『だ、大丈夫大丈夫。ありがとう、伊作』
呼吸が整い、激しかった鼓動も収まってきた時、鐘楼が響き渡った。その鐘の音に全員ハッと夕食の時間である事に気付かされた
「もうこんな時間か」
「鍛錬後だったから、風呂先に入りたかったな」
「心白羽、立てるか?」
みんなでそろそろやめにしようという話になっている中で、留三郎が手を差し出しながら聞いてくれた。うん、と頷いて伊作と留三郎に支えられながら立ち上がるが…まずい…
「どうかしたの?心白羽」
『あ、えっと…くのたまの子達はみんな食べ終わっちゃったかなぁって』
そう。くのたまは夕食の時間が決まっている…いや、厳守という訳ではないけれど、私は先生に呼び出された訳でも委員会活動をしていた訳でもない。鍛錬していたという理由だけで夕食の時間をずらしてしまっても良いのだろうかと若干不安になっていた
『今日はご飯なしにッ…』
「何言ってる!食べなきゃだめだろ!」
諦めムードの私とは打って変わって、留三郎にそう即答された
『で、でもこれから忍たまの夕食の時間だし…』
「時間は厳密には決まってないんだし、くのたまがいても問題はないと思うけど…」
「そうだぞ!何なら私達と一緒に食べれば気にならないだろ?」
「仙蔵と小平太の言う通りだ!ご飯を食わなきゃ付く力も付かないぞ!」
ほらほら、と手を引かれながら食堂へ。躊躇する気持ちがあったけれど、鍛錬のおかげかいつも以上にお腹が空いているのも事実で、大人しく付いて行った