不屈






何故だろうか。もんもんと考えながらしていた夜練習がいつの間にか楽しいと思える様になっていた。もう1週間以上は経っただろうか…

ついこの間までテストまでの日付を毎日数えていたというのに、あまり気にならなくなった。それはきっと…みんなとの練習が良い方向に効果が出ているからだろうとは思う。自分でも驚く程にここ最近でくのたまのみんなとの遅れを取り戻しつつあるのを感じられている。気持ち的に余裕が出来てきたという事なのかな…

ランニングでの息切れペースも実習での身体の動きもみんなに追いつき始めた。何なら新たに教わった護身術や始まった忍具の扱いを周りから教えてと言われる側になっていた




「心白羽ちゃんてば、どうしたの?」
『え?』

数人で鉤縄かぎなわの練習をしている時に隣にやって来たクラスメイトが話し掛けてきた



「ここ数日で何かすごく上達してるっていうかさ」
「あ!それ私も思ってた!」

鉤縄かぎなわで木に登っていた子達も降りてきて、話に入ってきた



「自主練してるって言ってたけど、そんなに効果あるものなの?」
「自主練だけにしてもそんなに変わる?ランニングにしても何にしても余裕そうだし」

何か秘訣やら秘密があるのではないかと詰められる。返答に困り、目を泳がせながらもこの数日で何をしていたか振り返る



『特に思いつかないけど…』
「そんなの嘘よ!絶対何かあるわ!」

最早何かしら答えなければ退かない空気。えー…と声を漏らしながら考える。秘密というならば、自主練で本当は留三郎達が一緒という秘密はあるけれど、それはみんなが私を気遣って内緒でくのたま長屋まで来てくれている事だ。バラす訳にいかない

だから他に…と考えていてピンとくるものがあった



『みんなで最近鍛錬してるよ』

鍛錬?とみんな怪訝そうな表情をしながら揃って聞き返してきた



「みんなって誰?」
『いつもバレーやってる6人だよ』

「鍛錬って何するのよ?」
『えっと…体術、筋トレ、ランニング、手合わせ…とか?』

あ、でもバレーも結構良い運動になるんだよね、と当たり前の日常だったから当たり前の様に言ったのだが…みんなはドン引きしてる様に表情を引き攣らせていた



「あんた…わざわざ疲れに行ってる様なものじゃないのよ」
『え、そんな事は……あ、でも結構ランニングでは吐きそうになるまで走ったかなぁ…』

ここ最近で小平太の提案で鍛錬として始めたランニング。まだ今の私達では裏山までしか許可を貰えなかったから、何周出来るかを競う事にしたのだが…なかなかに酷いありさまだった

私含め、みんな最初は意気揚々と走り出したけれど、何周目からだろうか。息を吸うのも辛いくらいにばて始め、遂にはみんなその場から動けないくらいになっていた。小平太を除いてはだけど…



『でも今ではバテずに走れる距離延びてきてるから、女でもやっぱり鍛錬は大事かなぁって…って、あれ?』

思い出し笑いしながら話していると、周りのみんなから更にドン引きと言わんばかりのジト目を向けられているのに気付いた



「私にはとても真似出来ないわ…」
「身体が壊れてからじゃ遅いものね…」

「心白羽ちゃんは少し変かも」
「普通男と一緒に鍛錬しようなんて思わないしね」

何ならみんなもどうか誘うと思ったけれど、そんな事を言われては誘えない…というより、何やら変人扱いされている気がする。離れていくみんなの後ろ姿から手元の鉤縄かぎなわに視線を落とす



『楽しいのにな…』






◆◆◆ ◆◆◆






「心白羽ー!」
『Σうへッ!』

放課後、いつもの様に忍たま長屋に駆けていくと、みんながいる庭に誰もいなかった。あれ?と思い、辺りを見渡していると、小平太が長屋の中から飛び出してきて、そのまま抱き着かれた

仰向けに押し倒されて、目の前には太陽の逆光でも分かる小平太の無邪気な笑顔が見える



『こ、小平太…みんなは?』
「今日は私だけだ!」

小平太は私の手を引いて起き上がらせると、そう答えた。聞けば、みんな今日は委員会活動に行ったのだという



『小平太は?委員会ないの?』
「今日は休みだと言われたんだ!昨日のマラソンで先輩方がお疲れになってしまったらしくてな!」

マラソンって…
あれ、昨日も私達と裏山何周かしたのに…その後にまた委員会でランニングしたの?

歯を見せて笑う目の前の小平太に改めて思うけれど、小平太は本当に体力おばけだ。でもそんな小平太も少し浮かない表情…というより、しょぼんとした表情を浮かべたのに気付いた



『どうしたの?』
「今日はバレーをするつもりだったのに、みんな委員会で人数が足らないんだ」

確かに2人でバレーは出来ない。ふむ…と腕を組んで、他の子達を誘うのを提案するが、みんな着いていけないと事前に断られてしまっているらしい。それを聞いて、くのたまの子達と反応一緒なんだなと思い出し、苦笑してしまった。と、突然小平太が私の腕を掴んだ



『Σど、どうしたの?』
「みんなの様子を見に行こう!」

『え…Σて、あ!ちょっと小平太!』

私の返答を待たずに小平太はそのまま忍たま長屋の奥へ駆け出した。腕を掴まれたままだったから、戸惑いながらも大人しく着いて行った





◆◆◆ ◆◆◆





まずやって来たのは図書室。こっそり中の様子を見に行くだけだとばかり思っていたが、小平太は着いた途端に戸をスパンッ!と開けた



「長次!遊ぼう!」
『こ、小平太!』

図書室にいた先輩と長次はぎょっとした様に此方を見ているのに、慌てて小平太を呼び止めた



『静かにしなきゃ駄目でしょ!』

えー、と不満気に表情を歪ます小平太に長次が駆け寄ってきた


「図書室では静かにしなきゃ駄目だよ」
『ご、ごめんね。長次』

口に人差し指を当てて言う長次に構わず、小平太は笑顔のまま続ける



「長次!遊ぼう!」

長次の視線が私に向いたのに気付き、苦笑しか出来ずにいると、長次はやれやれといった様に浅くため息を吐き、小平太に言う



「図書委員会は交代制じゃないんだよ。それに借りに来る人だってまちまちだから、此処を離れる訳にもいかないし」

だから今日は駄目、と伝える長次にえー、とまた駄々を捏ねる小平太。周りの先輩達も私達の様子に苦笑しているし、長次だって困ってる

しびれを切らして小平太の腕を両手で掴んで、半ば強引に図書室から連れ出そうと引っ張った



「お、おい!心白羽!」
『委員会のお邪魔になるから出るの!』

力が付いてきたからなのか、小平太をぐいぐい引っ張りながら失礼しました!と戸を閉めた。戸が閉まる寸前、長次が苦笑しながら片手でごめんと仕草で伝えてきたのが見えて、やっぱり迷惑だったんだなと思った



『もぉ、小平太はすぐに騒ぐんだから』

「だってさー」
『委員会なんだから、しょうがないよ』

ちぇ、と口を尖らす小平太だったが、すぐにけろっとさせて次は会計だ!と私が掴んでいた筈の手を逆に掴み返し、戸惑う私に構わずそのまま引っ張って駆け出した







「文次郎ー!」

またスパンッ!と小平太は障子を開けたが、中にいた文次郎や先輩方は机のそろばんや紙に集中しているのか、反応がなかった。私と小平太は目を合わせて首を傾げると、文次郎が座っている所へ



『文次郎ってば』
「Σのわッ!な、何だよ…心白羽か」

さっきの小平太の大声ではなく、耳元での声に反応するなんて、どれだけ集中していたのか。変わらず周りの先輩方は誰も反応せずにそろばんを弾いている



「文次郎!遊ぼう!」
「は?見ての通り、委員会中だから無理だ」

「そんな計算なんて後でも良いだろ!」
「なッ…ぶぁかたれ!」

立ち上がった文次郎は小平太の胸倉を掴むとそのまま詰め寄る



「どの委員会にも隔てなく予算を割り振る為にも会計委員が作業を後回しにして良い訳がねぇだろう!予算が回らなくなって困るのはお前達なんだぞ!」

文次郎が思った以上に委員会に対して使命感を持っているその気迫に詰め寄られている小平太も流石に分かった分かったと慌てて宥めている


「丁度良い…お前にどれだけ会計委員会が偉大なのか身を持って教えてやる。此処に座れ!」

「は!?そんなの教えられてもッ…」
「心白羽!悪いな!小平太は俺が借りる!」

『え?あ…はい。ごゆっくり…』

私も文次郎の気迫に圧されて大人しく部屋から出ようと障子を開けた


「Σあ、心白羽!待ってくれ!」
「逃がさねぇぞ!お前は今日だけ会計委員だぁああ!」

小平太を取り押さえる文次郎の様子にこれは私ではどうしようもない、と諦めてそっと障子を閉めた。こんなの騒いでも終始口出しする訳でも注意する訳でもなく、ひたすらそろばんを弾き続ける先輩方は流石というべきなのだろうか…







◆◆◆ ◆◆◆







急にぽつんと1人になってしまった。賑やかな小平太がいなくなったからか、尚更に1人である寂しさが際立ち、せっかくだし、と他のみんなの委員会の様子も見に行こうとくのたま長屋に向いていた足を再び忍たま長屋へ向けた

確かこっちに…と暫く歩いていると、死角から何やら物音が聞こえ、思わず足が止まった。物音というより、何か鈍い音の様に聞こえる。そっと息を潜めて死角の影からその音の方を覗き見ると…





『えッ…』

先の光景を見て、絶句してしまった



「てめぇは何でこのくれぇの事も出来ねぇんだよ!」

朝丘あさおか先輩が…留三郎を……殴っていた…



『留三郎ッ!』

そんな光景を見て最早無意識に留三郎に駆け寄った。うつ伏せで倒れている留三郎は苦しそうな声を漏らしながら起き上がった。上げた顔の右頬は赤く腫れている。口を切ったのか、口端から血も滲んでいる



「心白羽…?何でッ…」

私に気付いた留三郎は目を丸くして驚いた様に此方を見た。痛そうな怪我に私の方が泣きそうになったけれど、後ろからの怒声ですぐに血の気が引いた




「うぜぇ奴がでしゃばってくんじゃねぇよ!」

恐る恐る後ろを振り返ると、鬼の血相の朝丘先輩が私を見下ろしていた


/Tamachan/novel/18/?index=1