略取






月日は流れ、7歳になった頃。知らない男性が頻繁に城を訪ねてくる様になった。何故か私は会わせてくれない。いつも男性の出入りする姿を部屋の突上戸つきあげどから見下ろす事しか出来なかった



『ねぇ、じぃじ。あの人誰?』
「心白羽様はお気になさらないで良いのです」

何故かじぃじも、母上も父上も誰も男性が何者なのか教えてくれない。一体何処の誰なのか、何故訪ねてくるのかすら教えてくれない

じぃじの表情はその人が来る度に険しくて、少し怖い…


そして、前まで平然と出掛けていた城下町へもその頃から髪を黒く染めてからでないと出歩けなくなった。町の人達もまるで口裏を合わせたかの様に私の髪を見ても、いつもと変わらない接し方。明らかに白から真っ黒に髪が変色したら驚くと思うのだけど、誰もどうしたのか聞いてこない

1番気になったのは、外では誰も私の名前を呼ばなくなった事だった。知らない間に変わっていくみんな。じぃじも何故か外を歩いている間、終始辺りを見渡している素振りを見せている。どうしたのか聞いてもはぐらかされる

そんな日々に何故か言い様のない胸騒ぎを覚えた








◆◆◆ ◆◆◆







「ほら、立つのだ。心白羽」

今日も稽古を父上からつけてもらっている。いつも稽古場で座りながら私と父上の様子を見守っているじぃじも、最近は外で見張りの様に立っている

足払いを受けて倒れ込む私に父上は立つ様に言葉を投げ掛ける。足払いされた足を擦りながら立ち上がると、何故か父上は目を細めて構えていた木刀を下ろした



「痛むか」
『…はい』

「痛みはいつも同じか?」

どういう意味か分からず、私も構えた木刀を下ろす



「お前に稽古をつけて、3年になる。いくつもの怪我をして、痛みはどうだ?」

『どういう意味…ですか?』

「私がお前くらいの時には既に痛覚はないに等しかった。お前は恐らく私ほどではなくとも、常人より痛覚が鈍くなっていくだろう」

いつか、母上から花霞家の血統が代々受け継ぐ謎の体質について教えて頂いた事があった。花霞家は代々痛覚が欠如している。色素細胞すらも欠如している為か、肌も髪も瞳も白いのだと。父上から直接その話をされるのは初めてかもしれない



「私と同じ髪色、瞳の色。色素細胞の欠如がお前にも見られる。それだけかと思われたが…この3年の様子を見る限り、お前の場合は歳を重ねる事に少しずつ痛覚が鈍くなる様だ」

父上は稽古中の私の表情、反応を見続けてそう判断したらしい。けれど、私としてはあまり変化は感じられない。だから、理解出来ずに首を傾げると、父上は私の前まで歩み寄り、片膝を付くと私の両肩に手を置いた




「これからは痛みを大事にするのだ、心白羽。己が経験した痛みを決して忘れるな」

『ぁ…あの…父上が何故そんな事を仰るのか…よく分かりません』

私が言いにくそうにボソッと呟くと、父上はいつになく柔らかく微笑み、私の頭を撫でた



「痛みを感じるという事は生きていく為には大切な事なのだ。己の身体の事は己にしか分からない。痛みを感じないのは即ち…死んでいるのと同じなのだ」

私の様に…と何故か父上は悲しそうに眉を下げた。すると、私からゆっくり離れた父上は置いた木刀を拾うと、自傷気味な笑みを浮かべて続ける



「痛覚が産まれつき欠如していた私は生きている心地がしなくてな。剣に目覚めてからは、戦う事が私にとっての生きがいとなった。挑む者あたふり構わず斬っては傷を負い、斬っては負いの繰り返しの日々であった」

父上の体質がどれほどなのかも知っている。父上は何をされても痛みを感じる事はなく、全盛期の頃は腹に刃が突き刺さろうとも平然としていたらしい

そんな昔話をする父上に違和感しかなかった。何で今更そんな話をしだすのか。いつも自分の話なんてしないのに…



『あの…父上。何かあったのですか?』

私の問い掛けに父上は暫く間を空けると、再び目の前まで歩み寄ってきて、私の頭を撫でた



「お前は私の様にはなるなよ?」

優しい手つきで頭を撫でると、父上は稽古はここまでだと口にして、そのまま稽古場を後にした。父上が外に出たのを見て、じぃじが稽古場に入ってきた



「今日は静かな稽古でしたな」

いつもより早く切り上げた事に怪訝に思う素振りを見せる事なく、寧ろ何があったのか分かっているかの様にじぃじは言葉を発した



『ねぇ、じぃじ。父上は何かあったのかな?』
「どうしてですか?」

『だって…あんな寂しそうな顔、初めて見たから』

何かを悟った様な表情だった。剣豪としての父上なら話すよりも稽古に打ち込むのに時間を費やすだろうに。こんな長く昔の話をするなんて…気に掛かってならない



「お父上も心白羽様の成長を見て、思うモノがあったのでしょう」

じぃじはそう言いながら金平糖をくれた。じぃじを困らせたくないから、それ以上何も聞かずに笑顔で金平糖を口に頬張った






◆◆◆ ◆◆◆






『母上、最近元気がないように思えます』

私の髪を束ねる母上の手が止まった。父上の様子に疑問を持つ様になってから数日。母上も最近になって、元気がないように思えた



「そんな事はありませんよ」
『じぃじも最近雰囲気が怖いというか…周りのみんなも様子がおかしく思えます』

また母上の手元が止まる。何故か胸がザワつき始める



『何か力になれる事はないのでしょうか…』

ポツリと本音が出た。みんな、何故か私にだけ隠している様な素振りがある。雰囲気でも分かる。あんなに笑顔を絶やさなかった母上とじぃじが今では険しい表情の方が目立つ。父上だって、あんな覇気のない様子は滅多に見せない




「貴女は本当に優しい子に育ちましたね」

束ね終えて、母上は私の前に移動して座った。向けられた顔はやはりいつもの笑顔ではなく、真剣なものだった



「貴女に縁談の申し込みがきております」

唐突な内容に私はすぐに反応出来なかった。縁談を持ち掛けたのはカハタレドキ城。名前までは知っているけれど、母上曰く、戦好きで強欲である事で有名なのだという



「貴女はまだ7歳です。縁談を持ち掛けるには早すぎる。そこで此方側から忍を送り、探りを入れたのです」

そうしたら…どうやら向こうの殿様は私自身ではなく、花霞家の常人離れした特殊体質が目的である事が分かったという。軍事的な魅力を感じ、痛みを感じぬ身体を持つ跡継ぎを身篭らせようと企んでいる




「跡継ぎを残す為の縁談というのは珍しくありません。ですが…心白羽。貴女には幸せになってほしいのです」

母上の真っ直ぐな眼差しに私は釘付けになった。縁談とか城の外の幸せとか…私にはまだよく分からない。今この時が私にとっての幸せであるのだから、そこまで考えられずに首を傾げた

そんな私の気持ちを察してか、母上は微笑んだ



「カハタレドキは貴女をただ子を身篭らせる為の籠としか思っていません。貴女は私と殿の間に出来た唯一無二の大切な一人娘です。そんな野蛮な考えの城へは嫁がせません」

貴女には女としての幸せを感じてほしいのです、と母上は私を抱き寄せながら言った




『女としての幸せというのは私にはよく…分かりません』

「難しい事ではありません。貴女と共に笑い、悩んでいる時、泣いている時は助けようと躍起になって下さる。貴女の為に身体を張って下さる。そんなお方と共に生きていく事こそが幸せなのですよ」

今の私がそうである様に…と母上は抱き締めたまま頭を撫でてくれる



「きっと出逢える筈です。貴女を心から愛してくれる、そんなお方が」

身体を離した母上のやっと見えた表情に思わず息が止まった。何故か…母上は一筋、二筋の涙を流していたからだ。私の呆気に取られた表情でやっとその涙に気付いたのか、母上は慌てて手で目元を拭った




『母上…?』

「心白羽、必ず幸せになるのですよ」

そう言って母上は身に付けている髪飾りを外すと私の手にそっと握らせた。それは母上が日頃から大切にしている物…

戸惑う私だったが、母上はそれ以上何も言わずにゆっくり立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。寂しげで悲しい…そんな雰囲気だった

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