関わり






次の日の朝。手鏡で左頬の様子を確認すると、腫れは引いて、少し赤みが残ってるくらいまで回復していた。一晩冷やすと良い、という綿谷わたや先輩の助言で濡らした手拭いを当てて寝た効果が出たのかもしれない



『留三郎は…大丈夫かな…』

忍装束に袖を通しながら言葉が漏れた。あの時の留三郎の反応はもう…暴力が当たり前みたいな…

綿谷わたや先輩が言っていた事は本当だったのだ。そして、きっと朝丘あさおか先輩の名を呟いた例の人は隠す事も耐えられない程に追い込まれていたのだと思う





「こんな事で毎度毎度男神おがみ先輩の困り事を増やしたくないんだよ」

そう言っていたけれど…留三郎が何故耐えなければならないのか分からない。全然分からない。耐える耐えないの話じゃない。壊れてからでは遅い、潰れてからでは遅いのだ




不意に棚に置いている黒焦げになってしまった母上の髪飾りが目に入り、ぐっと喉から出そうなモノを堪えた

大事な人が酷い目に遭うのはもう見たくない
後悔するのは…あの時・・・で十分だ…






◆◆◆ ◆◆◆






『あれ、長次』

授業の合間休憩の際にシナ先生に頼まれて、数冊の古書を図書室に返しにやって来ると、長次が机に座っていた。長次は私に気付くと、小さく手を振って答えてくれた



『何してるの?』
「先生が急用でろ組だけ午前の授業がなくなったから…自習も兼ねて此処にいるんだ」

へぇ…と相槌を打つ。ろ組って事は小平太も自習しているのかと思い、辺りを見渡すが、彼はいない



『小平太は一緒じゃないの?』
「小平太は体育委員長に呼ばれて、午前中から裏裏山まで行ってるよ」

どうやらいつも通りいけどんしているらしく、そうなんだ、と笑顔で返した。すると、長次は私が持っている古書に気付いたらしく、立ち上がった



「その本どうしたの?」
『あ、うん。シナ先生に頼まれて返しに来たんだよね』

そう言うと、待ってて、と突然部屋の奥に行ってしまった長次。暫くすると、貸し出しカードを1枚持って戻ってきた



「貸し出しされた本とその本が合ってるか確認するから貸してくれる?」

言われるまま本を手渡すと、カードと古書を交互に見ながら確認し始めた。その様子に小さく笑みが零れた



『長次はもう図書委員会がサマになってるね』
「え、そ…そうかな…」

褒められて嬉しいのか、照れ臭そうにはにかむ長次に勝手に和んだ







『ねぇ、長次。もし良ければ私にも図書委員会の仕事教えてくれないかな』

「え?」

暫く作業を見ている時にそう頼むと、貸し出しカードに返却のサインをしている長次は顔を上げた。表情は不思議そうにキョトンとしている



「何で?」
『あ、深い理由はないんだけど…もし忙しい時とかあったら手伝いたいなぁって』

どうかな…と遠慮気味になりつつも再度頼むと、長次は微笑を浮かべて頷いた



「うん、分かった。私が伝えられる事くらいなら教えるよ」

その返事にぱあっと表情を明るくさせてありがとう、と返した心白羽に長次も笑顔のまま和んだ。そして、くのたまはまだ授業があるからまた来る、と言い残し、足早に心白羽は図書室から出て行った



「聞かない方が良いのは…分かってるんだけどな…」

ちらちら視界に入る左頬の痕。見る限り腫れは伊作の言っていた通り引いている様だが、長次は話している間、赤みが残るその痕に…少し切なさを感じていた

仙蔵から釘を刺されている事もあり、尋ねる事は出来なかったけれど…






◆◆◆ ◆◆◆







今日の授業が終わり、忍たま長屋への潜り戸を開けた瞬間に聞こえた騒がしい声。何かと思い、声のする方へ駆けて行くと、数人の学年別の先輩が同期である1年を数人抱えて医務室へ猛スピードで走っていくのが見えた。最後尾を走る小平太の姿も見える




「やっぱり委員長の気まぐれマラソンは下級生にはキツかったんですよ」

「仕方ないだろう!思い立ったらすぐ行動に移さんと忘れてしまう!明日の5年生の実習コースは今日下見をして、先生にお伝えすると決めたんだ!」

みんなを運んだら残りのメンバーで再度向かうぞー!と下級生2人を両腕で抱えながら先頭を走る体育委員長。最後尾の小平太まで追いつき、背中を叩いた



「おぉ!心白羽か!」
『そんなに急いで何かあったの?』

「マラソンをしてたら、私以外の1年が裏山の後半で倒れちゃってさ!急いで医務室に連れて行く所なんだ!」

小平太以外…
思わず苦笑してしまった。そのまま着いて行く形で医務室へ



綿谷わたや!すまん!急患だ!」

「はーい…って、えぇ!?何でそんなにいるの!?」

医務室の障子が開き、いつも通りにこやかに返事をした綿谷わたや先輩だったが、予想外の数だったのか、ぐったりして先輩方に抱えられている1年生達を見て、声を上げた

綿谷わたや先輩に先導されて、慌ただしく先輩方がぞろぞろと医務室に入る中、私と小平太は邪魔にならない様に外で室内を見守っていた



『小平太は体育委員長に連れられて、裏裏山まで行ってたんだよね?』

「そうだけど…よく知ってるな」

にしし、と笑う小平太には全く疲れとか感じられず、最早流石と言わざる負えない。そんなこんなでゴタゴタしていた医務室は取り敢えず1年を横にして安静にさせると、落ち着きを取り戻した





「また君の事だから無理矢理下級生を連れ出したんでしょ…」

「無理矢理ではない!ちゃんと本人に許可を取ってッ…」
「先輩に言われたら下級生はみんな従うに決まってるだろう!」

体育委員長は初めて会った時と今とでは少し違う印象で熱血・・の2文字が似合う先輩だった



「それにしても、七松君は平気そうだけど休まないで大丈夫なのかぃ?」

「はい!体力には自信がありますから!」

腰に手を当てて得意気に言い放つ小平太。すると、体育委員長は満足気に小平太の頭を撫でた



「七松は自分で言っていただけあって、目を見張る元気さだな!」

へへ、と小平太は照れ臭そうにはにかんだ。すると、体育委員長は急に難しい顔をして腕を組み、小さく唸った



「それにしても、こんなに人手が減ってしまうとは…」
「そもそも裏裏山まで何をしに行く筈だったの?」

綿谷わたや先輩に尋ねられ、体育委員長は説明を始めた。どうやら明日5年生が塹壕や地面を利用した罠掛けの演習等をするから、事前の地質調査をしたかったらしい



「地質調査なら我々体育委員会が行かずして誰が行く!と意気込んで招集したは良いものの、結局これでは人手が足らん。誰か助っ人を呼べる奴はいないか?」

振られた先輩方も腕を組んで唸っている。見るからに困ってるこの状況を目の前にして…思わず手を上げてしまった




『ぁ…あの!私お手伝いさせて頂いてもよろしいですか!』

挙手してそう声を上げた途端、みんなの視線が一斉に私に向けられた。呆気に取られた様な、そんな顔だった



「え?でも君はくのたまだろ?」
「俺達のペースに着いて行けないだろう…」
「七松だから平気だっただろうが…流石に女は…」

先輩方は更に表情を険しくさせて小さく言い合っている。流石におこがましかっただろうか…と挙手した手を下げようとした途端、隣の小平太に手を掴まれた



「先輩!心白羽はくのたまでも私に負けないくらい強いです!」
『ちょッ、小平太…!』

体育委員長の目の前まで私を連れて来ると、小平太は笑顔で続ける



「心白羽は私達と一緒に毎日鍛錬してますし、マラソンで裏山を何周も走ってます!今倒れた同期よりずっと体力も持久力もあります!だから一緒に連れて行ってほしいです!」

そんな私を立ててくれる言葉に空いた口が塞がらず、小平太を見つめていると…



「心白羽ちゃん」
『は、はい!』

体育委員長が私の目線までしゃがんだ



「日が暮れるまでには学園に戻りたい。途中で引き返して来た事もあって時間がない今、急いで裏裏山へは行かなければならないから、走るペースは俺達に合わせてもらう。それでも手伝うと言ってくれるか?」

じっと見つめてくる体育委員長。戸惑いながら隣の小平太に視線を向けると、歯を見せて笑い掛けてくれた




『お…お願いします!お手伝いさせて下さい!』






◆◆◆ ◆◆◆







「うぉおおおお!」
『だぁああああ!』

出発してから、私と小平太は揃って先輩の後を全速力で追い掛けていた。確かに体育委員会なだけあり、前を走る先輩方はみんなペースが速い。かと言って、私も私で意地があるから弱音は吐かない

単にみんなと鍛錬していた訳ではないのだ。強くなる為、みんなで立派な忍になる為だ。そう意気込んでやって来たおかげか、やはり体力面や持久面ではかなり余裕がある

小平太程ではないにしても、くのたまの中では自信のある方だ




「よぉし!着いてきてるな!心白羽ちゃん!小平太が推していただけあるな!」

『ありがとうございます!』
「なはは!楽しいなぁ!心白羽!」

並列して走る小平太は愉快そうにはしゃいでいる。だんだん楽しくなってきた気がする。ある時点を過ぎると疲れを超えて楽しくなってくるとは聞いた事があるけれど…これはきっと友達と走っているからというのもあるからかもしれない

そして暫く走ると、目的地である裏裏山に着いた





「日暮れまでに山を降りる為に急いでこの辺りの土質を調べるぞ!みんな別れて塹壕を掘り始めろ!心白羽ちゃんは小平太と掘る様に!では!行動開始!」

みんな散り散りに別れる中、小平太は私達はこっちだ、と手を引いてくれた。少し息切れが目立ち始めて、急いで呼吸を整える。裏裏山まで来たのは始めてだったから甘く見ていた証拠だ



「心白羽、大丈夫か?」
『ぇ、あぁ…だ、大丈夫ッ…』

深呼吸をしながら言うと、小平太が急に私の頭に手を置いて、雑にだが撫でてきた



「スゴいぞ!心白羽!本当に強い女だな!」

さすが私の友達だ!と何故か小平太の方が嬉しそうに話している。私も私で不意打ちに褒められて、ありがとう…と照れ臭くもはにかんだ

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