目指すもの






「ダメだ」

おじ様の第一声がそれだった。家に着くなり、すぐにくの一になりたいとおじ様に言い出したのは良いものの、即答で言われた無理だという言葉

おば様も突然の私の言葉に驚いた様に目を丸くさせた




「本気で言っているのか?」
『本気です』

「心白羽、貴女は忍を分かっていないのだ。考え直しなさい」

俺が何の為に子供の貴女に忍について教えてきたと思っているのだ、とおじ様は眉間にシワを寄せて続ける。いつもの柔らかい雰囲気とは一変して、鋭い。おば様もいつもの笑顔はなく、心配気な表情を浮かべている



「貴女があいつの背中を追って、忍になろうという気持ちを万が一にも芽吹かせない様にする為だ」

ぇ…と思わず声が漏れた。知らなかったおじ様の想い…



「あいつは忍ではなく、あくまで侍従として貴方のお傍にいたけれど、最期は忍として貴女を守り抜いた。その姿が貴女の心には少なからず焼き付いているだろう」

じぃじの顔が頭にチラつく。胸が締め付けられる様にキツくなり、無意識に胸元を掴んだ



「己の身体の負荷を考えずに他人の事ばかり気に掛ける貴女はあいつとよく似ている。血の繋がりなんてないというのに…あいつが忍になったのは、誰かの役に立つ人間になりたいという理由からだった。だからこそ、貴女があいつと同じ道を辿るのではないかと思ってしまった…」

『おじ様…』

「もう1度話しておく。忍は生きるか死ぬかだ。任務も成功する保証なんて何処にもないモノばかり。1つの判断の誤りが命取りになるのだ」

いくつもの忍の世界の厳しさをまるで諭す様に語るおじ様。悲痛な程に忍になるなと訴えているのはひしひしと伝わってくる…けれど…



『おじ様、私はやはりくの一にッ…』

バンッ!、とおじ様が床を叩いた音で私の言葉は遮られた。それにはさすがのおば様も目を見開いて、おじ様の傍まで駆け寄った



「旦那様、そんなにお怒りにッ…」
「お前はッ…お前は幸せを探しているのではないのかッ!

袖を掴むおば様の手を振り払い、立ち上がって怒鳴ったおじ様の顔は怒りの様な…切なそうな…表情は険しいけれど、どんな感情なのか読み取れない

この短い間でもおじ様は私をお前呼ばわりした事は1度もないのに…そこからでもおじ様の訴えの強さは感じられた



「突然奪われた幸せを取り戻す事は出来ない!死んで行ったお前の父上も母上もあいつももう帰っては来ないのだ!それを理解し、受け入れ、新しい幸せをお前はこれから見つけるのではなかったのかッ!自ら死を早まらせる道を何故選ぶッ!」

言葉が出てこない。唖然と訴え続けるおじ様から目を離せないでいる




「旦那様ッ…いくら何でもッ…!」

死んで行った者達は皆!お前の幸せを願っていたのではないのかッ!心白羽ッ!





「お前は私の様にはなるなよ?」
「心白羽、必ず幸せになるのですよ」
「どうか…どうかッ…心白羽様も……しあわッ…せ……にッ…」


みんなの言葉を思い出す。確かに私はあの時あの場所で当たり前だった幸せを失った。大好きだった人達も奪われた。あれからぽっかりと穴が空いた様な虚無感が度々私を襲っていた…けれど…




『今の私の幸せはお2人が笑顔でいらっしゃる事です』

私はおじ様を見上げて、微笑みながら言った。このお2人のおかげで…少しずつでも埋まり始めた心の穴。虚無感はなくなり、みんなの最期が頭に焼き付いて離れないけれど…震え、恐怖感は和らいでいる

当初は思い出すだけで吐き気や頭痛が頻繁に起こっていたというのに…それを癒してくれたのは紛れもなくおじ様とおば様だ。お2人がずっと私を傍で見守ってくれていたから…




『お2人がいなければ…私はあそこで死んでいたでしょう。でも、貴方方は私に失った幸せを探す時間を下さった。感謝以外の言葉はありません』

1人前の大人としてくの一となり、おじ様の仕事を引き継ぎ、お2人の生活を支える。そんな恩返ししか、今の私には思い付かないのだ



『私の幸せであるお2人を私自身が支えられる様になれたら…それほどに嬉しい事はありません』

お願いします、と深々と頭を下げた。おじ様はさっきの様に声を上げる訳ではなく、無言。しーんと静まり返る部屋



「本当に…親子の様だな」

あいつと貴女は…という言葉に頭を上げると、おじ様は静かに涙を流していた。その予想外の光景に固まってしまった



「俺は…弱い男なのだ」

気持ちを強く言われたら折れてしまう、とおじ様は涙を手で拭うと頭を掻いた。おじ様が普段通りに戻ったのに気付いたおば様も安堵したのか微笑んだ



「あいつにも同じ様に止めた事がある。お前は忍に向かない。優しすぎるのだと…だが、あいつは立派な忍になった。散り際も見事に使命を果たした」

相棒ながら感服している、とおじ様は私に背を向けると戸棚で大事に保管してくれていたじぃじの短刀二刀を取り出し、私に差し出した



「これを渡すという事は、即ち貴女はもうただの娘ではなくなってしまうという事になる。本当に覚悟はあるのだな?」

差し出された短刀を見つめる。今まで誰かに守られてぬくぬくと育ってきた私には過酷な日々が待っているかもしれない。でも…正直な事を言えば、今は死ぬ事に対してそこまで恐怖は感じてない

私が怖いと思うのは…今目の前にいる2人や町の人達、薫子が危険な目に遭ってしまう事だ。いざその場に居合わせた時に今の私では何も出来ない。あの時の繰り返しになるだけなのだ

もうあんな光景は2度と見たくない…

私はおじ様から短刀を受け取った。おじ様もおば様も表情はやはりにこやかではなかったけれど、優しく笑って頷いてくれていた







◆◆◆数ヶ月後◆◆◆







『忍術学園…ですか?』
「あぁ」

くの一になると決めたあの日から月日は流れ、とうとう9歳となったある日、おじ様からある提案をされた。それはとある山奥にある忍術学園という学校に入学しないかというモノ

そこでは忍の基礎から実践までを幅広く教えてもらえる場所で、そこの教師も学園長も現役で忍の仕事をなさっていた人達ばかりなのだという

驚く事に、おじ様は数年前にその忍術学園で教師を勤めた事があるというのだ




「10歳から入学可能だ。俺が教えても良いのだが、俺の教えはもう古い。この数年で忍のいろはも変わっているかもしれないだろうからな。しっかり今の忍の在り方を学んだ方が良いだろう」

10歳って…あと1年もない。本格的に忍の道を行くのなら、学園で教わった方が将来も安定するだろうとおじ様は続けた

学園という事は当然ながら色んな人達が集まり、忍を目指すという事。同い年の子といえば薫子ぐらいしか接した事がないせいか変に緊張してしまう



『学園…ですか…』

「何か不満な事でもあるのか?金の事なら心配するな。俺達の方で出させてもらう」
『Σい、いえ!そうではありません!お金なら私も持っています!』

そう慌てて私は部屋を出て行った。寝室の戸棚からじぃじの巾着袋を持ち出し、おじ様にそれを手渡した。おじ様は突然の私の行動に怪訝そうにしながらも中を見る。すると。何とも驚いた様に目を丸くさせた



「心白羽…こんな金を何処で…」

中には既に金平糖はなく、代わりに銭がじゃらじゃらと音を発する程に入っている



『その…私があの日着ていた着物を売りました。汚れていましたが、生地は貴重な木綿だったおかげで高値で買い取って頂きました』

万が一の為におじ様にもおば様にも内緒で町で売ったのだ。おじ様が驚くのも無理ないけれど良かった

早くも使い道が出来たのだから…




「これは、貴女の将来の為にとっておきなさい」

『ぇ…な、何故ですか!?私はおじ様やおば様に負担を掛けるつもりでくの一になると言った訳ではないのですよ!?』

巾着袋を返されて呆気に取られた



「俺達はこの通り、あまり物欲がなくてな。貯めるだけでは勿体ないから、何なら心白羽の為に使おうと思っていたのだ」

なぁ、とおじ様がお勝手に立つおば様に声を掛けた。おば様も話を聞いていたのか、夕食を作る手を止めずに頷いて見せた



「今の暮らしでもう満足なのです。心白羽の将来の為に使えるなら嬉しいですよ」

「そういう事だ、心白羽。その金は心白羽の好きな様に使うと良い。そちらの方が売った着物も浮かばれるだろう」

そう言っておじ様は愉快そうに笑った。何処まで親切にしてくれるのか…






「あいつにも同じ様に止めた事がある。お前は忍に向かない。優しすぎるのだと」

おじ様には言えないけれど、おじ様もじぃじに負けないくらい十分優しすぎる人だと思った







◆◆◆ ◆◆◆







次の日、おば様と薫子の家のお団子屋さんへ訪れた。何やらおば様は女将さんと話に行き、私は薫子と席に着いて大人しくしている様に促された



「心白羽もくの一になるの?」

女将さんとおば様のいつもの陽気な雰囲気ではなかった所を見て、私から言わなくても薫子は分かったらしい



『うん…最初はおじ様に猛反対されたけど、やっぱり私もくの一になりたいなって』

薫子に関してはあのくの一の話以来、宣言し続けているおかげもあってか、もう両親は了承しているらしく、学校も知らぬ間に見つけてくれていたのだという。そこに入学するらしいのだけれど…



「Σえぇ!?忍術学園に入るの!?」

私は忍術学園に行くという事を伝えた途端に薫子は驚いた様に大きな目を更に大きくさせた



『そ…そんなに驚くの?』
「そりゃあそうでしょ!逆に心白羽は忍術学園の評判知らないの!?」

薫子はおじ様が教えてくれた時よりも尚詳しく学園について語った。薫子も本当は学園に入りたかった様なのだが、評判が良い故に入学費や諸々が高いせいで別の学校に入るらしい

私を羨ましそうな顔で見ながら薫子は項垂れた



「いいなぁ…いいなぁ…」

『いや、ほら。でもくの一になるって気持ちが大事な訳でさ。学園だろうが違う学校だろうが、薫子ならカッコいいくの一になれるよ』

ポンポンッ、と軽く肩を叩いた。そんなに忍術学園は良い学校なのだろうか。半信半疑であったけれど、おじ様とこの薫子の反応を見るにその評判は確かなんだろう




「まぁ…でもあと1年でお互い暫く会えなくなると思うと、やっぱり同じ学校に行きたかったな…」

『薫子…』

ボソッと呟く様に言った薫子。顔はしょんぼりした様な寂しそうな表情。それを見たら、私の方まで悲しくなってくる



『そうだ!お互い卒業の日にこのお団子屋さんで待ち合わせしよう!それでお祝いしよう!』

薫子はくの一のカッコ良さに惹かれたみたいだけれど、私はおじ様から聞かされて分かっていた。くの一になっても、友達のままでいられる保証はない。もしかしたら、敵同士になる事も…事実、その可能性の方が高い事を私は知っている

敵同士…云わば薫子と戦うという将来も待っているかもしれない。でも、それは追追嫌でも学校で教わるだろう。今、目指すものの為に努力しようとしている薫子に敢えて言う事じゃない

だから、前向きな言葉を伝えた。薫子はその言葉で笑顔を取り戻し、頷いて見せた


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