大嫌い
『あ゙ぁ…疲れたぁ』
漸く1日目が終わった。自室に入るや否やベッドに倒れ込んだ。まぁ…初日なんてこんなモンなのかな。とはいえホントに疲れた…
『確かここら辺だったかな』
ベッドから降りて、立ち鏡の前で制服のワイシャツを捲った。確認しているのは体育の時に爆豪君に殴られた脇腹。分かってはいたものの、痣1つ残ってない
中学の頃は男子達に殴られはしてたけど、口の中を噛んで出血するくらいで、ホントに骨が折れて吐血するのは初めてだった。肋骨が折れて内臓が傷付いたのか、予想以上の激痛が身体を襲った。普段より治癒するのに時間も掛かったし…
『お母さんからは切断されるのだけは避けなきゃダメだって念押されてたけど…内臓系もダメそう』
まさか怪我の程度で時間が異なるとは…
切断されたら完全に治癒出来ないのは分かっていたけど、内臓系も気を付けないと…
逆に今日は良い経験になったかもしれない
『ホントにめんどくさいなぁ…』
◇◇◇ ◇◇◇
「不死風さーん!おはよう!」
次の日の朝。重い足取りで登校していると、後ろから駆けてくる足音と麗日さんの声が聞こえた。振り向くと、緑谷君も一緒だった
「おはよう、不死風さん」
『…おはよう、2人共』
朝からツイてない。2人はこっち方面だったのか…
駆け寄ってくると、そのまま並んで歩き始めたのを見てこのまま学校まで一緒に歩くのか。というか、あまり話してない奴に何でこんな躊躇もなく話し掛けるんだろうか…
「不死風さんもこっちだったんやねぇ」
『まぁ…2人はいつも一緒に登校してるの?』
「今日はたまたま会ったんよ。ねぇ、デク君」
「朝からノート眺めながら歩いてたから、麗日さんにぶつかりそうになっちゃったけどね」
そう苦笑しながら緑谷君が鞄から取り出したのは【将来の為のヒーロー分析】と書かれたボロボロのノート。何でそんなボロボロ…というか焦げてる?
「試験の時だけだけど、不死風さんの個性についても少し書いてみたんだ」
これこれ、とパラパラ捲ったページを見せられた。そこには見開きの片方が空いていて、その隣のページにずらっと個性について書かれていた
『何で1ページ空いてるの?』
「こっちには不死風さんのヒーロースーツの時の絵を描こうと思ってて」
「デク君、絵上手なんよ?私のすっごく上手だった」
へぇ…と個性についての文章を見る。風の個性についてはあの試験だけで何故こんなに事細かく書けるのか不思議な程に詳しく書いてある。恐らく緑谷君なりの考察とかも入ってるだろうけれど…
でも……その中に不死についてや怪我の治癒については一切書かれていない。という事は、少なからずこの特異体質については気付かれていない。心の中でホッと安堵した
「デク君はマメやねぇ」
「いやぁ、他の人達の個性って結構見てて学べる事もあるし、僕にないモノ持ってるから書いてると夢中になっちゃって」
麗日さんにノートを覗き込まれながら言われて、緑谷君は照れ臭そうに頭を掻いた。麗日さんの言う通り、マメな人だと思った反面で緑谷君ともし戦う事になった時は注意しようと思った
「あ、そうだそうだ!私、不死風さんにお願いがあったんよ!」
『お願い?』
「私の事、お茶子って呼んで欲しい!」
『…は?』
鼻息荒くして何をお願いされると思えば、逆に拍子抜けした。別に名前で人を呼ぶ事に抵抗がある訳ではないけれど、呼んだら呼んだで今以上に親しくされんじゃないかとそれが心配になった
『別に名前じゃなくても良いんじゃない?』
「不死風さんともっと仲良くなりたいんよ!その為には小さな事から積み重ねていくのが1番良いと思うんだ、私!」
大きい目を更に大きく見開いて期待の眼差しを向けられた。こんな無愛想にしている私と何でそこまでして仲良くなりたいのか。躊躇いはあったものの、麗日さんは折れなさそうだったから1つ間を開けて口を開いた
『…お茶子さん』
「ちゃんで良いよー!何なら呼び捨てでも嬉しいな!」
そういえば…蛙吹さんからも梅雨ちゃんと呼んでほしいって言われてたっけ。何でこうも皆名前にこだわるのか。ここまで懇願されると呼ぶしか選択肢はないけれど…
「私もこれから柊風乃ちゃんって呼んでもええ?」
『別に良いけど…』
「ホント!?イェーイ!やったぁ!」
「麗日さん、朝イチから今日の目標達成させちゃったね」
緑谷君が言うには、登校中に麗日さんが今日私に名前で呼んでもらえるようにすると目標を掲げていたんだとか。ぴょんぴょん嬉しそうに飛び跳ねている麗日さんを見て、少しだけ羨ましいと思った
私もこうやって笑って皆と話してた…のに…
「ん?あれって爆豪君?」
麗日さんの言葉に思わず息が詰まった。前方へ視線を移すと、数メートル先に爆豪君が歩いていた。後ろ姿からでも分かる不良感
本当に朝からツイてないと思った矢先に、麗日さんが爆豪君の名前を呼びながら駆けて行ってしまった。勿論私は追い駆けない。何の躊躇もなく話し掛けに行った麗日さんを眺めていると、隣の緑谷君が何やらソワソワしている
きっと麗日さんを追い駆けようとしたけれど、私がマイペースに歩いているからどうしたモノか迷っているんだろうけど…
『行ってあげれば?幼馴染みなんでしょ?』
「ぁ…その…幼馴染みって言っても仲が良い訳じゃないんだよね。かっちゃん馴れ馴れしく話し掛けられるの嫌いだし」
喋り掛けるなって怒られちゃうんだよねぇ、と緑谷君は困った様に苦笑した。幼馴染みに喋り掛けるなって…相当人と慣れ親しむのが嫌いなんだろうな…
まぁ、今の私も人の事言えないけど
「朝っぱらからうるせぇッ!丸顔ッ!話し掛けてくんじゃねぇよッ!クソがッ!」
数メートル離れているのに目の前で怒鳴られてると勘違いしてしまうほどの怒声が耳に飛び込んできた。前方から麗日さんが酷くしょんぼりしながら帰ってくるのが見える
「うぅ…おはようって言っただけなのにぃ…」
「かっちゃんは反応するっていうか基本無視かあぁやって怒鳴るかどっちかだから気を落とさないで、麗日さん」
必死に宥めている緑谷君を同情の眼差しで見た。基本の反応があれって…変なの。何であんな人が人を救うヒーローを目指しているのか謎だわ、ホントに
◇◇◇ {職員室} ◇◇◇
「オールマイトさん」
「……」
「オールマイト…さんッ!」
バンッ!とシビレを切らした相澤がオールマイトのすぐ真横の机を強く叩いた。当然ながら何も気付かなかったオールマイトはぎゃあ!とNO.1ヒーローとは思えない情けない声を上げた
「な、何だ…相澤君か」
「何だじゃないですよ、全く。何をそんなにマジマジと見てるんですか?」
オールマイトが見ていたのは数年前の新聞。決して目立つ所ではないが、他の項目よりは大きく載っているある記事に気付いた
【またも
「これですか?」
「この終止符を打った子供が…どうやら不死風少女らしいんだ」
「は?」
新聞の年号を見るに、柊風乃は当時小学校の年少だった筈。確かに個性は4歳までに発動はするが…
「塚内君に聞いてみたんだ。前々から聞きに行こうとしてたんだけど、どうも時間が取れなくてね」
新聞の記事には未成年だったからか、子供の名前はない。だが、オールマイトが気になっていたのは死亡者の欄にいたある女性の名前
「この女性は不死風少女の母親なんだよ」
「
「彼女はこの
「…
「そうらしい。街の監視カメラでその時の様子が映っていた。刺激が強い映像だから、関係者以外もう見せてもらえないけどね」
柊風乃は無意識の内に2度個性で人間を斬り付けた。それも命に関わる程に。2つの出来事の共通点としては…
「極度のショック…或いはストレスが個性の暴走のきっかけという事ですかね?」
「あぁ。でも暴走していても、やはりこの事件の際も不死風少女は
「…無差別でないにしても、標的に対しては容赦ないですね」
オールマイトは顎に手を当てて黙り込んだ。その険しい表情に相澤は思わず声を掛けた
「何か心配な事でもあるんですか?」
「相澤君。もし…爆豪少年と不死風少女が演習や体育の授業の際に交戦する事になったら、特に気を配ってほしい」
「何で爆豪なんですか?」
「彼が不死風少女の個性暴走を誘発させる恐れがあるからだよ」
オールマイトの頭には屋上で柊風乃自身が言っていた言葉が過ぎっていた。爆豪がクラスメイトに特に似ていると…
その時の柊風乃の表情は酷く険しかった。今の時点で柊風乃にとってのストレスは1−Aの生徒が中学の頃のクラスメイトと重なって見えている事だ。特に似ていると当人が言っているのだから、爆豪が1番ストレス或いはショックを生み出す危険が高い
「まぁ…あいつはトラブルを生みやすい性格ですがね」
「もし暴走して、不死風少女が爆豪少年を斬り付ける事があれば…君の個性で頼むよ」
オールマイトが苦笑しながら言うと、相澤はため息を吐いて頷いた。昨日の体育の授業中に爆豪が柊風乃に対して容赦なく殴り付けた事や作戦を独断で変えた事は相澤の耳に入っていた
何故爆豪が柊風乃に執着するのかは定かではないが…
「それと、今後も不死風少女がウロボロスの娘である事と不死の特異体質については他言無用で頼むよ。不死風少女にキツく口止めされているから」
分かってますよ、と相澤は頭を掻きながら相槌を打った