遠い感情








今日で今週の学校は終わり、明日から土日の連休。月曜日に入学じゃなくて良かったと心底思う。ひとまず今日を切り抜ければ明日から気が休まる



「柊風乃ちゃん」

今日は登校中誰にも会わない様に早めに学校に着き、窓から見える景色をボーッと眺めていると、いつの間に登校していたのか、蛙吹さんが呼び掛けてきた。何だと思い、身体を向ける




『何?』

「急に話し掛けてごめんなさい。柊風乃ちゃんも入らない?グループトーク」

蛙吹さんが見せてきたスマホには【1−Aの愉快な仲間たち】と誰が命名したのか分からないセンスのグループトークの画面が。みんないるのよ?と蛙吹さんはグループの参加メンバー一覧を見せてきた。ホントにみんないる。爆豪君や轟君、常闇君などそういうモノに興味がなさそうな人達も意外に参加している様だった




「連絡網とかも此処でやりとりしてるのよ。柊風乃ちゃんも入ってもらえないかしら?」

連絡網…それは知らないといけない。あまり乗り気ではなかったが、頷くと蛙吹さんは嬉しそうにケロケロと言いながら私にもトークのURLを送ってくれた

入室したのを確認してスマホをしまうと、蛙吹さんが首を傾げながら尋ねてきた




「柊風乃ちゃん、お友達に登録してもいいかしら?」

『…別にいいけど』

「ケロケロ、ありがとう。さっそく登録するわね」

そう言われた直後、ピロンとスマホが鳴り、再びスマホを見ると【梅雨ちゃんが友達になりました】と可愛いカエルのプロフィール画像と一緒に表示された




「お?不死風入ったのか?」

登校してきた切島君がスマホ片手にやってきた。蛙吹さんに勧められて入った事を伝えると、ナイス梅雨ちゃん!と親指を立てて喜んでる感じだった。すると、ピロンとまたスマホが鳴った。見ると今度は【真の漢が友達になりました】と一緒に殴り書きで漢と書いたプロフィール画像が…





『真の漢って切島君の事なの?』

「おぉ!俺はこのスマホの中でも真の漢だぜ!」

へぇ…と声も漏らしている間にもピロンピロンと連続で友達になりましたの知らせが。みんな反応早い…というか私と友達になっても良いことないのにと思った

それからみんなが登校してから何人かが私に友達登録していいか尋ねてきた。登録ぐらいならいいか…と思って承諾はしたけれど、みんなそれぞれ個性的なプロフィール画像で自身を表していた

授業が始まっても、もんもんと久しぶりのSNSについて考えていた。SNSなんてあの頃以来全く手を付けていなかった。中学のグループトークも体質が発覚してから強制的に退会させられたし、友達もブロックされた。もしもの時、ここの人達はどんな反応をするのだろうか…


チャイムが鳴り、授業は終わり。次の授業の合間に席を立ち、廊下へ。窓に寄りかかって浅くため息を吐いた。すると、教室から轟君が出てきて、そのままこちらに歩いてきた

轟君は何も言わずに隣に同じ様に壁に寄りかかった



『何か用?』

「特にねぇ。教室出ていったのが見えたから何となくな」

轟君は相変わらず行動が読めない。一緒にいても別に大して面白い事なんてないと思うけど。轟君は何故か心配そうな表情で私を見ている




「さっき気付いたんだが、お前もグループに入ったんだな」

グループ…あぁさっきのグループトークのSNSの事か。別に親しくなりたいとかの理由ではなく、あくまでクラス内の連絡を効率良く知れる為に入ったまでだ




『友達登録とか正直ありがた迷惑というか何というか…』

「友達登録しちゃダメなのか?」

見ると轟君は今にも友達登録しようとスマホを片手にこちらを見ている。轟君は他の子達と違って変に深入りしてこないし、まぁ良いか。登録しても良いと答えると瞬間的にピロンと聞きなれた音が聞こえた

轟君は満足そうにありがとな、と一言言って教室に戻っていった。案外轟君もあぁ見えて友達を作りたい子なのかもしれない







◇◇◇ ◇◇◇







「おっひるだぁ!」
「腹減ったぁ。今日何食う?」
「ねぇねぇ、今日は新メニューがあるってランチラッシュが言ってたよ!」

午前中の授業が終わり、みんなが待っていましたとばかりに立ち上がり廊下へ出ていく。私も一応お弁当を持ってきていたから屋上へ行こうとしたが、麗日さん達に捕まった



「ほらほらぁ!柊風乃ちゃんも早く早くー!」
『わ、私は良いよ。お弁当あるし』
「いいからいいから、デザートだってあるんよ?」

ドンドン詰め寄ってくる麗日さん。後ろから他の子達も集まってくるのが見える。どう切り抜けようか…

そう思っていると助け舟の様に思えるタイミングで校内放送が鳴った。それは相澤先生の声で私に向けて職員室に来るようにとの放送だった




「何だ何だ?不死風は何かやらかしたか?」

「なぁに言ってんの!不死風はそんな子じゃありませんー!」

瀬呂君がからかってきたのに芦戸さんが何故かムッとしながら言い返してくれた




「不死風さん、お呼び出しがあった以上早く行かれた方いいと思います。私達は先に食堂に向かってますわ」

それは用が終わり次第食堂に来てと言っているのと同じだった。じゃあ行ってくるよ、と一言言ってすぐに教室を出ていった





『相澤先生、何かありましたか?』

寝袋で横たわっている相澤先生の傍まで行くと、先生は私に気付いたのか振り返った。そしてある紙を手渡してきた



「昼休憩に呼び出して悪いな。俺ではなくオールマイトさんがお前に用があるらしい。仮眠室にいるだろうから行ってくれ」

手渡されたのは仮眠室までの案内図。全ての教室を把握しきれていない私にはありがたいモノだが、何で仮眠室なんて…

とりあえず職員室を出て案内図を見ながら廊下を歩いていく。何の用だろうか。オールマイトさんと話す内容としてはこの学校生活の様子か個性についてか……それかあいつについてか…

不意にリカバリーガールが見せられた若かりし頃のオールマイトさんと父親の写真が頭に過ぎった。あの写真は恐らく私が4歳くらいの頃。父親が何故帰ってくる事が極端に少なかったのか不思議とも思っていなかった頃

愛した妻をおざなりにしてあんな満足そうな表情が出来るのだろうか。ヒーローなんて上書きだけで中身は何にもない空っぽの人間のくせに

思わず紙を掴む手に力が籠る。グシャグシャになってしまったけれど、構わずに廊下を進んでいく。すると、誰かの話し声が聞こえ、立ち止まった。部屋の札を見ると仮眠室と表記されている

盗み聞きするつもりはなかったが、中からは緑谷君とオールマイトさんの声が聞こえてきた。好奇心というには身勝手すぎるが、耳を済ませて聞き入ってしまった



「まだ上手くコツが掴めなくて、もう少し身体への負担を軽くしないといけない事は身に染みて感じてはいるんです」

「そうだねぇ…」

聞く限りだと、緑谷君はオールマイトさんに個性について相談している様だった。彼の個性は聞いただけで間近で見た訳ではないけれど、パワー型だという事は知っている。同じパワー型同士でオールマイトさんから助言をもらうのは間違ってはいないけれど、あそこまで深刻そうな雰囲気になるのだろうか

気になって、ドアノブを浅く捻った。鍵が閉められていないのか開いてしまった。罪悪感もあるけれど、隙間から部屋の中を覗く。緑谷君は声で分かっていたけれど、気になったのは向かいに座っている男の人。明らかにオールマイトさんではない

声は確かにオールマイトさんなのだが、あのムキムキな筋肉質な人とは思えない程に細身だ




「せっかく貴方から個性を貰ったのに…」

個性を貰った…?


「大丈夫、今は日が浅いから身体に馴染みきってないだけさ。まだ先からもしれないけれど、君のその惜しみない努力や諦めない心できっとすぐにモノに出来るさ」

話が理解できない。男の人は笑って親指を立てて緑谷君を元気付ている。よく分からない男の人の正体は、次の緑谷君の言葉で確信に変わった




「ありがとうございます、オールマイト。僕も早く貴方の様にカッコよくこの力を使いこなせる様に頑張ります!」

確かに緑谷君はその男の人に向かってオールマイトと言った。どういう事?どう見てもあの人はオールマイトさんには見えない

その場で硬直していると緑谷君が席を立った。急いで死角になる所へ隠れた直後に緑谷君が部屋から出てきた。廊下を歩いて去っていく緑谷君を確認して、仮眠室をノックし、名前を言った。中からはオールマイトさんの声で入っていいと許しを貰ったから中へ入った



「やぁやぁ!ごめんね、不死風少女。お昼休憩中に呼び出したりして」

今目の前にいるのは見慣れた筋肉質のオールマイトさん。でも確かに今座っている席にはあの細身の男の人が座っていた。この部屋には出入り口は2つとない。そう考えるとやっぱり…




「いやぁ、今日は朝からまいったよぉ。お婆さんを道案内してたらすっかり出勤時間を忘れてしまってねぇ。ははは、危うく遅刻するところだッ…」
『さっきの細身の男の人、オールマイトさんですよね?』

私が遮った言葉の内容に心当たりがあるのか、オールマイトさんから笑いが止まった。けれど焦っているのか、冷や汗がドッと流れている



「なな、何を言うんだい?此処には私しかいなかったし、見ての通り私はこんなにガチムチなんだよ?細身なんて私には有り得ない言葉だよ」

私が見ていたなんて知らないオールマイトさんの発言は私からしたら疑問を確信へと導いていた




『今ので確信しました。やっぱりさっきの男の人はオールマイトさんで、緑谷君に個性を受け継がせたんですね』

ピシッ!と石の様にオールマイトさんの身体が硬直した。カクカクとまるで壊れかけのロボットの様に動きが覚束ずに冷や汗を更に多く、滝の様に流した



「どどど…何処でその…話を…」

『すいません、盗み聞きするつもりはなかったんですが聞いてしまって…』

謝罪の意味も込めて頭を下げた。すると、オールマイトさんは観念した様に項垂れて頭を掻いた




「…まぁ、君にはいつか伝えようと思っていた事だ。逆に君で良かったのかもしれない」

オールマイトさんの身体からは正体不明の蒸気なのか何なのか煙が。その姿は最初に病室で会った際、帰り際のオールマイトさんにも現れた現象だった

大量の煙と共に視界が曇った。それでも目を見開いて唖然としたまま固まっていた。次に現れたのはさっき緑谷君と話していた細身の男の人だった





「騙すつもりはなかったんだが、結果的には騙していた事になるのかな」

『どうしてそんな身体に…』

オールマイトさんは一呼吸置いて話してくれた。5年前のヴィランの襲撃で大怪我をし、それ以来オールマイトととしてのあの姿を維持する体力と持久力が低下してしまったのだと




「私のこの姿より、緑谷少年の個性についても知られてしまった。あまり知る人数を増やしたくなかったんだがね」

『あの…緑谷君は個性が2つあるという事なんですか?』

「違うよ。彼は元々無個性だったんだ」

無個性…この雄英高校に入学出来た者とは思えない実態。他よりも有利な個性の持ち主でさえ難関だと言われているこの高校に無個性で合格するのは考えずらい。という事は、オールマイトさんは高校生以前に緑谷君と知り合っていた事になる




「緑谷少年とは本当に偶然出逢ったんだ。そして偶然、私のこの秘密も知ってしまったのさ」

その際に緑谷君はオールマイトさんに問いたという。個性がなくてもヒーローになれますか、と。オールマイトさんは現実を伝えた。無個性でヒーローになるのはこの死と隣り合わせのヒーロー社会の中ではかなり危険だという事を

そのまま緑谷君とオールマイトさんの出会いは終わる筈だったけれど、ここまでくると運命だったんだろうかと思える出来事が起きた




「私が捕獲していた液体系の個性のヴィランが逃げ出してしまってね。逃げ出した先にいた爆豪少年を人質にとったんだ」

オールマイトさんが駆け付けた頃には他のヒーロー達も居合わせていたが、人質をとっているのと個性の相性もあり、誰も手が出せずにいた。その中で緑谷君だけがヒーロー達の呼び止めも聞かずに飛び出し、爆豪君を助けようとした

「自分が行ってもどうせ…」
「誰かが何とかしてくれる」
「巻き込まれて死ぬかもしれない」

誰も口に出さないが、誰もがそう思っていた。そんな中で緑谷君は爆豪君が助けを求める顔をしていた、という理由だけでその恐怖心を突き破り走り出した

オールマイトさんはそれに感化された




「あの子にならこの個性を受け継がせても良い…そう思った。でも今は少しだけ無理強いしすぎた気がするんだ。彼は今の感じだと個性を使う度に大怪我をしてしまっている。身体が着いていけてないんだよ」

『まだ緑谷君の個性を間近で見た訳じゃないので知らなかったです。そんな裏話があったんですね』

「身勝手なお願いで申し訳ないんだけど、不死風少女。この件はみんなには内緒にしてくれないかぃ?」

お願い!と両手を合わせて懇願してくるオールマイトさん。そんなに聞かれたらまずい事だったのか。身勝手なのは勝手に盗み聞きしてしまった私の方だと思うのだが…



『そんなにお願いしなくても誰にも言わないですよ。緑谷君とオールマイトさんがどういう繋がりがあるのか分かったところで私がとやかく言うモノでもありませんし』

「ありがとう、不死風少女。助かるよ」

オールマイトさんは安心した様に微笑んだ。体格が変わってもこの優しい笑顔は変わらないものなんだな…と思った


/Tamachan/novel/2/?index=1