無心








「柊風乃ちゃん、おめでとう。個性スゴかったわよ」

昼休憩になり、みんなスタジアムを後にする中で蛙吹さんが後ろから声を掛けてきた。そういえば蛙吹さんは峰田君と障子君と組んでたな…



『私は轟君の策に乗っただけだよ。あぁやって騎馬の状態で浮かせるとか考えもしなかったし、運が良かっただけで…』

そんな事ないわ、といつもの様に笑う蛙吹さんに内心ホッとした。中には騎馬戦で敗北し、落ち込んでいる人も目に映るけど、見た感じA組の人達の中にはいない。寧ろ悔しそうで、でも次に向けて前向きな気持ちでいる

あまり落ち込んでいる人を励ますのは上手くないし、得意じゃない分気が楽ではあった





「お2人共」

突然声を掛けられ、私と蛙吹さんが同時に振り向くと浮かない表情の八百万さんが立っていた。蛙吹さんから第1種目で気を失って運ばれた事を聞いていただけに思わず驚いた




『や、八百万さん…大丈夫なの?』
「そうよ、百ちゃん。怪我の具合は大丈夫?」

私達の問い掛けに盛大なため息を吐いて、八百万さんは情けなさそうに自身の額に手を置いた




「私とした事が…こんなヘマをしてしまうなんて…」
「峰田君の個性よね」

「えぇ…彼を危険視していなかったが為にこんな始末を。情けないですわ…」

随分な落ち込みよう。でもそりゃあそうか。八百万さんだって推薦入学者として元々プライドが高めだったし、あんな序盤で脱落してしまったのにはそれ相応に精神的にダメージも大きいんだろう



「お!ヤオモモじゃん!大丈夫なのか!?」

八百万さんの姿に気付き、A組の人達が集まってきた。切島君が心配気に尋ねると八百万さんは変わらず浮かない表情で首を左右に振る



「大丈夫ですが、気持ち的には大丈夫ではありませんわ…」
「ヤオモモぉ!そんな落ち込んでないでさ!先生に聞いたらリクリエーション種目もあるらしいし!お腹いっぱい食べて頑張ろうぉお!」

落ち込む八百万さんの肩に手を置いて意気揚々と告げる芦戸さんに加えて他の人達もテンションを上げて食堂へ向かっていく。1人が落ち込んでいると皆で励ます。本当に仲間想いの人が多いクラスだなぁ…と改めて思った



「柊風乃ちゃん、どうしたん?」
『え、あ…別に何でもない』

ぼーっと皆を見つめているところに麗日さんが顔を覗かせてきた



「私もギリギリ上位に入ったんよ!次の種目頑張ろうね!」
『う、うん…』

頑張るならまずは腹ごしらえやぁ!と私の手を取って皆の後に着いていく麗日さんの後ろ姿に思わず表情を曇らせた

どうしよう…
もし…もし麗日さんと戦う事になったら…
他の皆と戦う事になったら…

気持ちの覚悟が固まらないでいる自分がいるのに少しばかり焦りを感じている。さっきの騎馬戦は団体戦であくまで協力プレイ。第1種目も一応対人系ではなかった分、何の問題もなかったけれど…

去年の体育祭の最終種目は1対1のスポーツチャンバラ。そう考えるとやはり今年も何かしら種目が違えどサシでの勝負になる可能性が高い。聞けばチャンバラで大怪我を負った人もいたらしいし…

変に考えてしまったせいで、食堂で何を食べようかとニコニコしながら話す麗日さんを見て、胸がザワついた








◇◇◇ ◇◇◇







『え、チアガール?』
「そうなんだよ。女子は皆あのチアの格好して応援合戦なんだってさ」

耳郎さんが指さす先にはアメリカのチアガール達。どうやら相澤先生が峰田君と上鳴君達を通して教えてくれたそうだけど…



『絶対嘘でしょ』
「うん、嘘でしょ」

隣に座っている麗日さんも即答し、周りの子達も頷いている



「百ちゃんは聞いていたの?そんな応援合戦がある事」
「いえ、私も聞いていないですけど…」

蛙吹さんの問い掛けに困った様に八百万さんは腕を組んだ。耳郎さんに至っては心底嫌そうに表情を歪ませてため息を吐いている



「あのドスケベ2人組の言う事なんて信じられないっつーの」
「まぁまぁ、私は結構興味あるなぁ!チアガール!」

皆の不穏な空気とは打って変わって葉隠さんは何処か乗り気だ



「でももしそのチアの奴が本当だとしたらさぁ…服どうするの?このままで応援すんのかな?」
「いえ!そこは私にお任せ下さい!」

芦戸さんの言葉の直後に何故か八百万さんは目を輝かせながら言い放った。私が皆さんの分を完璧に創造してみせますわ!、と目の前で突然ジャージのチャックを開いた八百万さんを一斉に皆で慌てて止めた



「こ、此処で創造しなくて良いから!ご飯食べたら更衣室で皆で着替えよう!ね?」
「え、何!?チア決定なの!?」
「嘘でしょう!?ちょっとマジで勘弁してよぉ!」

皆が騒ぐ中でふと男子達の方を見る。すると、上鳴君と峰田君が此方をチラチラ見ながら何やらニヤついているのに気付いた。完全に悪巧みした人の笑みだと思い、皆に再度止める様に提案しようとしたが、既に皆諦めた様にどんな振り付けにするか即興で考え始めていた



『え、皆…本当にやるの?』
「うん!やるならとことんやらなきゃね!応援合戦なら他のクラスにも負けたくないし!」

不死風は此処のポジションで、八百万は此処!、ともう芦戸さんは各々の位置とかも決めだしていて、もう止めなんて効かないのを悟って、私も諦めた









◇◇◇ ◇◇◇









昼休みは終わり、逃げ出したかったけれど強制的に更衣室に連行されて結局八百万さんが創造したチアの格好に着替えさせられた。時間になり、ゲートに向かう間にも周りの目が気になるけれど、肝心の他のクラスの女子達が一切チアの格好なんてしていないのを見て、皆嫌でも確信していた

峰田君と上鳴君に完全に騙されたと…



〔どうしたA組!?どんなサービスだぁ!?〕

スタジアムに入れば一目瞭然。周りのクラスの子達は怪訝そうな表情を此方に向けて、案の定上鳴君と峰田君は満足気に此方を見ていた



「峰田さん!上鳴さん!騙しましたわねぇえ!」
『うん…知ってた』

「やっぱり罠だったわね、百ちゃん」
「バカだろこいつら!」

分かっていた事ながら早く着替えたい…



『私…更衣室行ってくる…』
「不死風ちゃん!そんな事言わずにせっかくなんだし本線まで時間あるし!やったろうよ!」

皆が宣誓台へ集まる中、ゲートに戻ろうとした柊風乃を落胆するどころか寧ろテンションを上げてみせる葉隠がすぐさま捕まえ、半場強制的に連れ戻した









◇◇◇ ◇◇◇








皆が集まったところでマイク先生が最終種目を発表。やはり去年同様1対1のサシでの勝負。モニターに映し出されたのはトーナメント表。上に上がった者同士が戦う、まさに雄英体育祭らしい種目

対戦はクジを引いて決まるらしいけれど、決める前に尾白君とB組の庄田君が辞退。2人が語るには騎馬戦での記憶があまりなく、知らない間に勝利していたらしい。それについて、自身の力で勝ち上がった訳じゃないという負い目を感じての辞退

2人共騎馬戦では確かあの普通科の紫の髪の…心操君だっけ…
個性が何なのか、騎馬戦で関わった訳じゃない分分からないけれど、2人の言葉から察するに人の思考を乗っ取る系の個性だろうとは思った

辞退した2人分をB組の人の中から選出され、いよいよ対戦者の発表。トーナメント表に一斉に名前が表示された。すぐさま自分の名前を探す




「全力でいかせてもらうぞ」

背後から言われた言葉に振り向くと、私の第1戦の対戦者である常闇君がいた。常闇君の個性は黒影ダークシャドウ。さっきの騎馬戦でも、以前の鬼ごっこでも一応応戦出来ていた。気は抜けないけれど、全く勝機がない相手じゃない



『私も全力でいく』

表情を強張らせて告げると、常闇君は静かに頷いた
再びトーナメント表へ目を向けて、他の人達のも念の為確認しておく

轟君と緑谷君は第1戦では戦わないのか…
あの控え室で緑谷君と轟君の様子から少しだけ気掛かりではあったけれど、すぐに戦う訳ではないのは分かった。緑谷君はさっき尾白君達が言っていた心操君相手みたいだし、どうなるか…

他の人達も見ていく。私の知っているA組の人達。もし私が常闇君に勝ったら……青山君か芦戸さんが相手になる。出来ればB組の誰かであればもっと戦いに専念出来るのに…ツいてない

浅くため息を吐いてしまった。その不意に目の前にいる麗日さんが微かにだが震えているのに気付いた。確か麗日さんも上位入りしたからトーナメントに参加する筈。相手は…




『爆豪君ッ…』

第1戦目からまさかの爆豪君相手にするのか…
今までの彼の様子や緑谷君から教えられた彼の性格から考えれば、女子相手に手を抜く様な人じゃないって事は嫌でも分かる



「お茶子ちゃん、大丈夫?」

蛙吹さんに声を掛けられて、麗日さんが振り向いた際に顔が見えた。表情は強張り、顔色も悪い。相当緊張してるんだろうな…

トーナメント戦前のリクリエーションでは、上位入りした16名は参加するか否かは自己判断。リクリエーションに参加する人はそれぞれ種目の場へ移動していく中、八百万さんは何故か佇んでいるのに気付いた



『八百万さんはリクリエーション参加しないの?』
「えぇ…そうですわね。リクリエーションはこの体育祭の中では息抜きのお遊び目的のイベントだと聞いています。本気の自分を見せる場でない以上…私は参加致しませんわ」

まだ第1種目の事を引きづっている様だ。何て言葉を伝えたら良いか分からずにいると、八百万さんは突然私の両手を握り締めて顔を前のめりに近付けてきた



「不死風さん!」
『Σえ、あ…な、何?』

「本戦、頑張って下さいね!私応援してますわ!」

最早開き直りに近い勢いで言われ、圧倒されつつ頷くと八百万さんはいつもの笑顔を浮かべて頷き返してきた。情緒不安定なのか…ともかく気持ちを持ち直した様で安堵した




「柊風乃ちゃん、リクリエーションどうする?」

八百万さんと話していると麗日さんと芦戸さんがやってきた。2人は気分転換にチアとして皆を応援するつもりらしい。誘われたけれど、私は首を左右に振った




『私はいいや。作戦練りたいし、少し気持ちを落ち着けたい』

そう告げると2人はそうだよね、とすんなり受け入れて、八百万さんを連れてチアをする気満々の葉隠さん達の方へ戻っていった。私はゲートに戻り、スタジアムの裏の茂みに向かった

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