霞む









控え室を出て、腕の柔軟をしながらゲートに向かう

常闇君との勝負…
正直真っ向から戦ったのはあの鬼ごっこ以来だ。体育祭までの期間で恐らく何かしら対策している筈だし、闇雲に突っ込まない方が良いだろうな…

緊張はほぼない筈…だったが、ふと麗日さんとさっき交わらせた手を無意識に握り締めているのに気付いた

勇気付けられた…?
さっきのハイタッチで気持ちが…落ち着いた…?

いや、違う…違う…
友達ごっこなんてしてる暇はない
相手がどれだけ怪我をしようが、どうなろうが知らない
気にしない

握り締めていた手を緩め、ゲートを出る1歩手前で止まり、頬を軽く叩く。もう私の頭にはただあいつに負けたくないという気持ちだけがあった

体育祭に優勝したあいつなんかに…
絶対に…








◇◇◇ ◇◇◇






〔さぁ!息つく暇もなく第6試合と行こうじゃねぇか!〕

マイク先生の声が響いたと同時にゲートを出る。ステージを跨いで向かい側のゲートから常闇君も歩いてくる。歓声が響く中、不思議と落ち着いている

そして、ステージに上がった途端に四方に設置された装置から炎が燃え上がった



〔攻防一体!黒影ダークシャドウを従える黒き侍!ヒーロー科ッ!常闇踏陰ッ!VS!突如ヒーロー科に降り立った風を纏いし実力派少女ッ!不死風柊風乃ッ!〕

実力派だと勝手に持ち上げられたけれど、気にせずに目の前の常闇君に向き合う。常闇君も腕を組んで平然としている

この日差しの中でどれだけ黒影ダークシャドウの動きは制限されるのだろうか。でも騎馬戦やあの時の鬼ごっこの様子から見るに眩しいくらいの日差しがなければそこまで影響はなさそう




〔第6試合ッ!スタァートッ!〕

ゴング代わりに響くマイク先生の声の直後に常闇君のお腹から黒影ダークシャドウが飛び出し、猛スピードで此方に向かってくる




「うぉらぁああッ!」

怒声と共に黒影ダークシャドウは拳を私に振り下ろすのが見え、咄嗟に前へ避け、受身を取る。動きが騎馬戦の時とは格段に速い。やっぱり本気を出してはなかったって事か

私が避けた際の着地地点を狙って追い掛けてきては、間髪入れずに次から次へと黒影ダークシャドウは拳を振り下ろしてくる。唯一の救いは時間制限がないから、相手の動きを見て戦法を練る事が出来る





〔おぉっと!黒影ダークシャドウの一方的な攻撃が続く続く!此処から不死風はどう動くんだぁあ!?〕

マイク先生は逃げて様子を伺っているだけの戦況でも盛り上げ上手と言わんばかりな実況で周りを活気立たせる。暫くの様子見で見た限りでは、黒影ダークシャドウの体力は削られていないのか動きに鈍さなどは見受けられない

逃げてばかりじゃ埒が明かない…
物ではなく生き物である黒影ダークシャドウに普通の風では効果がないのは分かってる。息を深く吸い込み、次着地したタイミングを測る



「容赦しねぇぞぉおッ!こらぁあッ!」

そう言い放ち、振り下ろされた拳を避けた先の地面に足が着いた直後、息を止めて、すぐ目の前に迫る黒影ダークシャドウの腕に意識を集中させる。ピキピキッと腕に血管が浮かぶのを感じ、素早く両腕を横に振り切った




ザクッ!
「うぉおあ゙ああッ!!」

絶叫が響く中で構わず悶える黒影ダークシャドウの横を走り抜け、常闇君の元へ



〔此処で不死風!黒影ダークシャドウの腕を一刀両断!このまま懐入られたらやべぇえぞ!?常闇!〕

黒影ダークシャドウッ!!」
「分かッ…てるんだよぉおッ!」

常闇君の呼び掛けに反応し、痛みのショックを誤魔化す様に怒声を上げて黒影ダークシャドウは再度私を追い掛けて来る。切断直後から切り返しまでのタイムラグの短さを考えるに少しずつではあるけれど、私の攻撃を克服しつつあるのだろうか

スピードは落ちたものの打撃はコンクリート製のステージにヒビを入れるほどの威力を維持したまま。後ろから拳を振り下ろされ、回避するのと同時に常闇君の頭上へ一気に近付く為に足に風を纏わせて強く地面を蹴った

後ろで打撃音が聞こえるが常闇君へ視線を向けたまま身体を捻り、横蹴りを試みる。が…




黒影ダークシャドウッ!」
「アイヨッ!」

目の前が一瞬で黒くなった…訳ではなく、黒影ダークシャドウが私と常闇君の間に割って入ったのだ。蹴りは弾かれ、その拍子に黒影ダークシャドウも負け時と1発重たい打撃を振り下ろしてきた

咄嗟に腕でガードするも、弾かれた影響で身体のバランスが崩されてしまい、もろに打撃を受けた。鈍い音が腕から聞こえ、場外負けすれすれのラインまで吹き飛ばされた



〔これは両者1歩も譲らない攻防戦!白熱してきやがったなぁあ!おい!〕

すぐさま立ち上がるが、直後に腕に鋭く痛みが走り、思わず押さえた。ズキズキと骨から痛みがくる感覚にハッとした。このサシでの勝負の中で気を付けなければならない事を1つ忘れていた




〔おぉおっと!不死風!腕を押さえているが今の黒影ダークシャドウの重い一撃が入ったのかぁあ!?〕

マズい…派手な怪我をしたら私の不死の事に気付かれるリスクが高くなる。現在進行形で既に腕の痛みは早くもなくなりつつある。無意識に怪我を負う事に躊躇がなかった自身の行動に今更後悔した




「いいぞ、黒影ダークシャドウ。そろそろ腕を斬られる時のタイミングが分かってきただろう」
「おぉ!」

2人が何か話している声が微かに聞こえる。黒影ダークシャドウも既に斬られた腕を再生させて、表情も以前の時の様な怯えたモノではなくなっている

完全に克服した…のか。面倒くさくなってきたと思いつつも再び身構えたその時、辺りが突然薄暗くなった。ただの曇りではない、異様な暗闇




〔何だ何だぁあ!?突然世界が暗闇に包まれたぞぉ!?〕

マイク先生の実況と比例して周りの観客席からもどよめく声が聞こえる。常闇君の個性だろうか…と辺りを見渡していた視線を常闇君へ向けると何やら様子がおかしい




「Σうッ…ぐぐッ…!」

何やら自身を抱え込む様に蹲って苦しげに呻いている常闇君。何だと身構えると、常闇君が此方に何か言っている



「……げ、ろッ…!」
『は?』

よく聞こえない。何故かザワザワと胸がザワつく。一体何が起こっているというのか。何でこんな…皆既日食みたいなッ…

あれ……皆既…日食?






『すごーい。まるで皆既日食だね』
「フフン、私の個性を甘く見ちゃダメよ。これだけ暗ければヴィランだって下手に動けない。完璧なサポート個性よ!」


私…この暗さを…知ってる?
「不死風ッ…!」

掠めた記憶を遮断する様に突然の常闇君の叫び声。我に帰ったのも束の間、目の前にさっきの黒影ダークシャドウとは思えない巨大な影が私目掛けて腕を振り下ろすのが見えた

直後には横に殴り付けられ、何が起こったか分からぬまま視界が回った。地面に叩き付けられる衝撃で意識がブレる



〔ぬぁあにが起こったぁ!?黒影ダークシャドウ!さっきとは比べ物にならない程に速く強くなってんぞぉお!つーか!何なんだ!?この暗さは!〕

興奮気味なマイクの隣で険しい表情のままの相澤。担任としてクラス生徒の個性は把握している為か、余計に不可解に思っていた

常闇の個性は黒影ダークシャドウを出現させるだけであり、周りにこういった影響を与えるモノではない。それでは今ステージ場で起こっているこの暗闇は何なのか…







『な…にがッ…』

起き上がった途端にガフッ、と口から血が吐き出た。腹の痛みがあの鬼ごっこの際の爆豪君に殴り付けられた時と同じである事から折れた骨が内臓を傷付けたのだと気付いた。もう経験したくなかった痛みを此処で負うとは…しかも怪我をしたリスクに気付いた途端にこれだ

運が悪いッ…
一先ず口元の血を急いで拭い、誤魔化す。幸いこの薄暗闇の中では私と常闇君、そして黒影ダークシャドウの動きだけが見えるだけで、血や怪我についてはよく見えていないだろう

よろめきながらも立ち上がり、目の前の光景に目を凝らす。未だに常闇君は呻き声を上げている。さっき私を殴り飛ばしたのは恐らく黒影ダークシャドウ。確か以前に黒影ダークシャドウは暗闇が濃い分、凶暴さが増すと言っていた

光が遮断された今、黒影ダークシャドウにとっては弱点と言えるべきモノがまるでなく、常闇君の様子から察するに凶暴化した黒影ダークシャドウを制御出来ずに翻弄されている…といった所だろうか

どっち道マズいよな…この状況…




「し、ずッ…まれ…黒影ダークシャドウッ…!」

常闇君の掠れた声が聞こえてくる。やっぱり制御出来てないんだ。どうする…そう考えている間にも更に威嚇の様に怒声を上げて黒影ダークシャドウは私に迫ってくる

暗い中で更に暗いモノを見るのは正直シンドいし、見えずらい。光が刺していた時だから瞬間的でも見えたのに、こんなの最早運ゲーに近い




『痛ッ…』

迫る拳を躱す度に身体を捻らせるせいでまだ完治していない腹部が悲鳴の如く痛みを訴えてくる。でもそれに従って膝を付けば確実に今より痛い事になるのは目に見えているから根性と気力で紛らわす




〔不死風!凶暴化した黒影ダークシャドウに悪戦苦闘!どうすんだぁあ!?〕

次から次へと振り下ろされる拳を躱し、隙を見て再度腕を斬り風で切断するのを試みるが、何故か斬れない。まるで鉄を相手にしている硬さ





「どうしたどうしたぁあ!ヒヨっ子がぁあ!」

今度は頭を鷲掴みにされ、地面に叩き付けられた



『ぐッ…!』
「不死風ッ…!よせと…言っているッ…!黒影ダークシャドウッ…!」

頭の何処か切れたのか、頭痛と目に何かが入り、染みる。嫌でも頭から血が出たのだと悟った。長期戦になっては身体がもたない




〔おいおいおい!何がどうなってんだぁあ!?実況殺しな暗さの中で未だに激戦中だぁあ!〕

マイク先生の言葉から察するにやはり皆にはよく見えていない。今光が戻ったらヤバい。こんな血まみれの所見られたらッ…

この暗闇がいつ晴れるか分からない焦りが募る。もうこんな所で足止めされてる場合じゃない。黒影ダークシャドウが頭から手を離した一瞬で風を纏ってその場から距離を取る。黒影ダークシャドウもすぐに追って来ない。背後に回ったのもあるが、今しかチャンスはない

腰を深く落として、踏み出す足に風を集中させる。周りに風が靡くと黒影ダークシャドウもそれに気付いたのか振り返り、すぐさま迫る。が、目の前で拳を振り上げたのを見て足を踏み込んだ

黒影ダークシャドウの拳は私の頭上を通り過ぎて地面にめり込んだ。そのまま駆けながら右手を後ろに引き、拳を握り締めると腕には風が纏った




『はぁああぁあッ!』

呻く常闇君に情けを掛けずに腹部に向かって風の力も加わった打撃をめり込ませた。常闇君は衝撃で息を全部吐き出さんばかりの声を上げて私が勢い増しに使った風諸共に後方に吹っ飛んだ。常闇君と繋がっている黒影ダークシャドウも同じく引っ張られて吹き飛んだ

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