残像









「あ」
『ぁッ…』

特に行く所もなく、適当に歩いていると、死角から麗日さんがやってきた。あの試合の後なだけあり、あまり出会したくなかったタイミング。何か声を掛けた方が良いのだろうかと思っていると…




「お疲れ様!柊風乃ちゃん!」

落ち込んでいると思っていただけに、まさかこんな明るく声を掛けられ、呆気に取られてしまった。駆け寄ってきた麗日さんは笑顔だったが…目元が赤く腫れているのに気付いた



「柊風乃ちゃんの試合見たかったなぁ。今更後悔しとるよ」
『あのッ…お茶子さん』

「ん?」
『さっきの試合…』

自分自身にビンタしてやりたい衝動に駆られた。何で避けたかった内容を自分で振ってしまったのか…後悔先に立たず、麗日さんの表情はやはり曇り掛かった


「やっぱり…爆豪君は強かったよ。私の渾身の一撃だったんだけどなぁ…」

あっさり破られてしもうた、と麗日さんは苦笑しながら頭を掻いた後、俯いてボソッと呟いた






「あんなに大見得きったのに…ホントに私って弱っちぃなぁ…」

『そんな事ないよ』

口から自然に出てきた言葉。麗日さんは驚いた様に目を見開いて顔を上げた。私自身、言うつもりはなかったのだが…麗日さんからそんな言葉聞きたくなかったからか、これ以上言わせんと私は続けて言った




『勝敗がどうであれ、私は…ヒーローとしてお茶子さんは強いし、かっこ良かったと思う』

「柊風乃ちゃん…」
『強さって…どれだけ自分が不利だと分かっていても、どれだけボロボロにされても諦めないで戦おうとする勇気だと思うから。だからッ…その勇気があるお茶子さんは強いよ』

あの試合での麗日さんの姿を思い出すと、思わず手を強く握り締めた。あんなに必死に勝とうと戦った姿を見て、弱いとか…かっこ悪いとか思う人間がいるとすれば……その人はヒーローには向かないし、誰も救えない弱い人間だ

私の言葉を聞いた後、何故か俯き気味に目線を下げ、黙り込んでしまった麗日さん。言った後すぐに轟君の時と同じ様に勝手な事を口走ったと後悔した



「ダメだよ…柊風乃ちゃん…」
『えッ…』

そう言って顔を上げた麗日さんの目には何故か涙が溜まっている



「もう泣かんて決めたのにッ…そんな優しい言葉…掛けられたらッ…我慢出来なくなるやん…」

震える口元を笑わせて言う麗日さんは頬に流れる涙を強く拭いながらすすり泣いた。まさか泣かれてしまうとは思っていなかったから内心焦ったが、暫くして拭う腕を退かした麗日さんの次に見えた表情はすっきりしたいつもの笑顔に戻っていた



「ありがとう、柊風乃ちゃん。元気出たわ」

『…お礼を言われる様な事してないよ。ただ…限界まで戦った自分を傷付ける様な事を言ってほしくなかったから…』

麗日さんは駆け寄ってくると、私の両手を握って歯を見せながら笑った



「柊風乃ちゃんの言う通り、頑張った分だけ自分を褒めてあげないといかんね」

もっと強くなって次は絶対優勝するわ!、と意気揚々と宣言した麗日さんの姿を見て、一先ず安堵した。と、麗日さんの目線が私ではなく、私の背後に移ったのに気付いた




「あれ?常闇君?」

思わず振り返ると、お菓子の袋を持った常闇君が立っていた。リカバリーガールからは体力を相当消費して、まだ眠っていると聞いていたが…もう回復したのだろうか。というよりも、さっきの試合の事もあり、少し気まずく感じていると…




「すまなかった、不死風」

突然常闇君が深々と頭を下げてきた。一瞬フリーズしてしまったが、慌てて声を掛けた



『ぇ、な…何で常闇君がそんなッ…』
黒影ダークシャドウを制御しきれずに…お前を必要以上に攻撃してしまった。リカバリーガールからは大した怪我はなかったと聞いたが…俺の気持ちが収まらんのだ」

本当にすまなかった、と未だに頭を下げたままの常闇君に、頭を上げてほしいと何度か言って漸く彼は頭を上げた



『私も自己防衛だったとは言え、苦しんでる常闇君を容赦なく殴り飛ばしちゃったし…身体はもう大丈夫なの?』

「あぁ、まぁな。だがリカバリーガールからは体力がまだ戻り切っていないだろうからと大量に飴を貰った」

お前達も食べるか?、と麗日さんと私に常闇君は数個ずつ飴玉を手渡した。3人で1個ずつ飴を口にして、その流れのまま並んで観客席へ向かう途中で常闇君に気になっていた事を聞いた



『あの暗闇…どう思う?』
「あぁ、俺も気にはなっていた」

「何?暗闇って」

首を傾げる麗日さんに簡単に試合であった不可解なあの暗闇について話した



『最初は常闇君の個性なのかと思ったけど…黒影ダークシャドウであんな現象とか起こせるの?』

「いや、過去に何度か暴走しかけた事はあるが…あんな現象が起きた事は1度もない」

「皆既日食が起きた訳でもないんでしょ?しかも試合に決着が着いた途端に晴れたって…何か偶然にしてはタイミング良すぎると思うんやけど」

3人は頭の何処かでは誰かの仕業かという疑惑が浮かび上がっていたが、そんな事をして誰が得をするのかと思うと答えは浮かばず、考えは隅に引っ込んだ








◇◇◇ ◇◇◇







「おいおい、3人共大丈夫かよ?」
「スゴかったわよ、常闇ちゃんと柊風乃ちゃんの試合。お茶子ちゃんも惜しかったわね」
「早くお掛けになって、休んだ方が良いですわよ」

観客席に戻ると、クラスメイト達からやはり声を掛けられた。麗日さんがチラッと見た方向に目をやると既に爆豪君は座っており、ステージに目を向けている




「3人共!此処が空いているぞー!」

続いてハキハキした声の方へ目を向けると、飯田君が腕を左右にブンブン振りながら手招きしていた。丁度前の席に座れるのもあり、3人揃って飯田君の隣の3席に座った



「不死風君と常闇君の試合、気に掛る所があるが派手な戦いだったな。麗日君も立派な戦いっぷりだったぞ」

笑顔で各々の試合の感想を告げる飯田君。続けて飯田君は私達がいない間に引き分けであった切島君と鉄哲君の腕相撲が始まり、結果は切島君が勝った事も教えてくれた

そして、最早試合が始まる合図にもなっているマイク先生の声が再び会場に響き渡り、いよいよ2回戦が始まる。左右のゲートから轟君と緑谷君が出てきた





「不死風、お前はこの戦いをどう見る?」

『轟君が氷しか使わないとすれば、まだ緑谷君に正気はあると思う。氷は打撃で粉砕出来るし』

「緑谷が轟の懐に入れるか…という所か」
『そうだね』

氷だけ…






「考えてみろよ!自分の個性が殺したいほど憎んでる父親と似ていたらどう思う!個性を破棄したいくらいに反吐が出る!」

轟君のあの時の顔を思い出す。父親似の個性…
轟君の言っている事や思ってる事だって分からない訳じゃない。私だってこんな身体…好きにはなれない。けれど…やっぱり彼に関しては大きなお世話だろうが気に掛かってしまうのだ

緑谷君も少なからず、轟君の気持ちを変えたいと思っている。なら、今は緑谷君に想いを託すしかない。誰の言葉も届かない…今の轟君と真正面からぶつかれるのは多分、彼しかいない






〔スタートッ!〕

マイク先生の開始の声が響き渡った直後、狙ったかの様に2人同時に動いた。轟君はあの瀬呂君と戦った時とほぼ同じ規模の氷を這わせるが、緑谷君も個性で防いだ

よく見ると右の中指を弾いてのスマッシュ。恐らく通常の腕よりも威力は落ちているのだろうけれど、轟君の氷を打ち壊した

その後も轟君は同じ規模での氷を這わせるが、緑谷君も指を犠牲にしながらスマッシュで応戦



「デク君…大丈夫かな…」
『結構危ないかもね』

つい言葉が漏れてしまった。隣を見ると、案の定麗日さんは何で何で?と疑問符を浮かべながら私を見ている。個性については秘密を守らなければ…と思いつつ、ステージの緑谷君に目を移しながら続けた



『緑谷君は指を弾いて、その勢いであの衝撃を生んでる。見る限りじゃ、弾いた指は負傷してる。1回弾いただけであの怪我の様子だと…弾く親指を残して恐らくあと5回』

「じゃあ…その5回の中で轟君に勝てないと…」
『緑谷君の個性があの衝撃波だけなら…ほぼ間違いなく敗ける』

そ、そんな…と麗日さんは不安そうな表情を浮かべて私からステージへ目を向けた。多分私の考えは合っている。オールマイトさんも言っていた個性が身体に追い付いていないという大きなリスクを抱えて、長期戦には出来ない筈。それはきっと、緑谷君自身も分かっているだろう

足でも腕でも、あの個性を使った部位は威力に比例せずにダメージを負う。それを分かっているからこそ1番負担が掛らず、より多くスマッシュを打てる指で今戦っているのだ

あのスマッシュでさえ、1発で轟君は倒せないと…分かっているから…




「がぁああ゙あッ!」

冷気が漂ってよく見えない状態になりつつあったステージに爆風と共に緑谷君の悲痛な声が聞こえてきた。静まった後に冷気が晴れた所で見えた緑谷君の左手は指どころか二の腕まで負傷している

足を凍結させられる寸前で個性を使った様だけれど…あれは緑谷君自身が1番避けていたと思う。腕が上がらなければ、スマッシュすら打てない。唯一残っていた左手だったのに…

腕のスマッシュを警戒してか、轟君は背面に氷の壁を作っていたおかげで、ほぼ無傷。その姿に観客も歓声以上にその力に圧巻されているのか、どよめいている




「轟には…弱点はないという事なのか…」

常闇君も圧巻されている様にボソッと声を漏らした。弱点…この体育祭での彼の個性を見る限りではないようにも見える。けれど…個性だって人の身体機能の1つ。何かしら弱点と言わずとも、限界点はある筈

緑谷君がそれを見つければ…まだ勝機はある。だが、そんな時間はもう限られている




〔圧倒的に攻め続けた轟ぃい!トドメの氷結をぉおお!?〕

緑谷君に向かって氷結が雪崩の如く迫る。何度使っても限界を感じさせない氷結の威力。緑谷君も俯き気味で戦意損失させられてしまったのか、動かない




『緑谷君ッ…』

敗けてしまう、と目を背けた。が、突然の強風が吹き抜けた。辺りに氷の細かい粒子が飛び散り、背けた目を再び向けた。迫っていた筈の氷が粉砕されているのが見えて、思わず目を見開いて固まった




『まさかッ…怪我してる手で…』

どの指も使い物にならない筈の中で今の衝撃波。何処かしらの部位を使わない限り発動しない。足が負傷していないのを考えると…やっぱり1回使ったどれかの指で…

負傷している指を酷使している状況。リカバリーガールでさえ、どれだけの範囲の怪我を治せるか分からないのに…





「半分の力で勝つ…?僕はまだ…君に傷1つ付けられちゃいないぞ…!」

全力でかかって来いッ!、と言い放つ緑谷君の声が静まっている会場にはヒドく響いて聞こえた。緑谷君はきっとこの体育祭で1番になる事だけを考えてる訳じゃない






「轟君の考えを否定する訳じゃないけど…あのままじゃダメな気がする」

あんなに必死に…ボロボロになってまで戦うのはきっと…轟君の為でもあるんだろう。緑谷君なりに轟君を…助けようとしてるんだ

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