矛盾








「あら、柊風乃ちゃん。おかえりなさい」

家に帰ると、おばあちゃんはキッチンで夕飯の支度をしていた。特に体育祭での1件を聞く訳でもなく、普段通り笑顔で出迎えてくれた



『おばあちゃん…えっと…今日の体育祭見た?』
「それがね、私すっかり忘れちゃってて…ついさっき思い出したのよ。ごめんね、柊風乃ちゃん」

その答えにホッと胸を撫で下ろして、大丈夫とだけ伝えた。録画はしてるから一緒に見るか誘われたが、見る気は起きずにおばあちゃんには悪いが断った




「今日は柊風乃ちゃんも疲れただろうと思って元気の出るご飯だよー」

そう言って夕飯を並べるおばあちゃんの姿に言っては悪いが…忘れやすい人で良かったと思ってしまった。帰ってから心配からだとしても、あれやこれや尋ねられても困るし…嫌だし…

おばあちゃんだからであって、もしお母さんが生きてたら…心配してくれたのかな。私の不死の事も想って…無茶をしたと怒るのかな。そんな無駄な事を考えながら夕飯を食べ始めた








◇◇◇ ◇◇◇








『やっぱりテロップで見れなくなってるか…』

お風呂に入り、おばあちゃんも眠りに就いたのを確認し、 今は録画したという体育祭の映像をこっそり見ている。私があの時どんな事になっていたのか気になったのもあるけれど…オールマイトさんが教えてくれた事が事実なのかを確かめたかった






「爆豪少年は君を助けようとしていたんだ」

未だに信じ難い事だ。あの爆豪君から助けるというワードが浮かんでこないのもあるけれど…何かと私に突っかかってくるし…印象は悪いままだ

そんな爆豪君が…私を助ける?
信じられない…

映像を流してみても、私が幻覚を見せられておかしくなっている所までは映っているけれど、肝心の撃たれた直後の映像は「しばらくお待ちください」というテロップが流れて見れない

暫くし、次に見れた時にはステージを直すセメントス先生や審判台に戻ったミッドナイト先生の姿が映され、画面下に「負傷した不死風柊風乃さんはリカバリーガールの元で治療中。命に別状はないとの事。尚、犯人はその場で現行犯逮捕。警察署へ連行後、取り調べを行う模様」と字幕だけが流れた

何事もなかった様に決勝戦が始まろうとしたが、そこでテレビを消した。何故か脱力した様に一気に身体がだるくなった。完全にやらかした。より一層学校に行きたくなくなった

巻き戻して常闇君との試合も確認するが、あの謎の暗闇の原因は全く分からない。カメラは常にステージ上の私と常闇君を映すだけで観客席に不審な人物がいないか確認するのは、最早このテレビの録画では無理だ

爆豪君との試合中の私を貫いたモノもスロー再生するが確認出来ない



『何なのホントに…勘弁してよ…』

ソファーから身を乗り出していたが、力なく背凭れに凭れ掛かった。あの幻覚…何で今更あんなモノを見なきゃならないの。過去はいくら取り繕っても払拭は出来ない…けど、忘れようとすれば忘れる事は出来る。なのに…なのに、毎度毎度何かの拍子で思い出す

辛いとかキツいとか、そういったモノじゃなくて…ただただ気持ちが悪い。吐き気がする

盛大にため息が自然と出た直後、スマホが鳴った。その音で帰ってからスマホを確認していなかった事に気付いた。そういえば私が倒れてから何度も鳴ってたってオールマイトさんが言ってたっけ…

見てみると更にあれからもメッセージが届いていたのか、件数が増えていた。内容はやはりあの騒動について心配する言葉や安否の確認メッセージで、1人1人には一応大した事がなかったとだけ返した。そんなしつこく詳細を知ろうとする人が少なかったのが救いだ

ある程度当たり障りなくメッセージを返し、テレビも消した。明日と明後日は休み…明日は一応病院に行かなければならない

相澤先生から渡されたある病院への紹介状を財布から出して、診察時間を確認しておく。相澤先生曰く、リカバリーガールから預かっていたものらしく、念の為に診察してもらう様にとの事だった。私的には必要ないモノだけど…仕方がない



『面倒な事ばかり起きるな…』








◇◇◇ ◇◇◇








朝、早めに家を出て病院へ。おばあちゃんには悪いと思いつつ、病院という事は伏せて出掛けるとだけ伝えた。道を歩いている間、度々すれ違う人からの視線を感じるけれどイヤホンを付けて、構わず歩いた

駅のホームに着き、各駅停車の看板を眺めながら財布を取り出す為、鞄を漁っていると背中をトントン、と軽く叩かれた。振り向くと、そこにいた人物にぎょっとした




『と…轟君…』

立っていたのは轟君。まさか此処で会うとは思いもしなかったし、不意を突かれたのもあり、暫く彼を見つめて固まってしまった




「怪我は大丈夫なのか?」

最早治っている私としては怪我に対しての意識は全くなく、すぐに反応出来ず、ぇ…と小さく声が漏れた



『大丈夫だった…かな。あれはその…犯人の個性のせいであんなに派手に怪我した様に見えたというか…』

上手く言葉が見つからない。実際は大怪我だった事は本当なのだから、正直誤魔化す方が難しい。でも上手く言わないとこんな短時間で平気で出掛けられるほど回復したのかと不審に思われそうだし…

轟君に視線を向けると、やはりキョトンとしている

ヤバいヤバい…
どう切り抜けよう…



『ま、まぁ…念の為に今日はリカバリーガールに紹介された病院で診てもらうんだけどね』

紹介状を見せながら言うと、轟君は何とも驚いた様に目を丸くして口を開いた




「この病院…俺も今から行くとこだ」








◇◇◇ ◇◇◇








『え…お母さんに会いに行くの?』

隣に座る轟君は頷いた。通勤ラッシュの直後だから、周りに人はほとんどいなかったが、デリケートな話だからか思わず周りを気にして見渡してしまった

轟君のお母さんは確かに今も入院していると轟君自身から聞いていたが、まさか私が行く病院と同じだとは…

轟君の横顔はやはり何処か不安気に見えた。聞けば、お母さんと会うのは“あの時”以来らしい。“あの時”とは…轟君がお母さんから熱湯を掛けられた時…



「 やっぱり…落ち着かねぇな」

膝の上で組んだ両手を動かしながら苦笑する轟君



『何で…会おうと思ったの?』

また余計な事を口にしてしまった。私が聞く権利なんてそもそもないのに。でも轟君は特に嫌がる訳ではなく、真剣な表情を浮かべて両手から視線を私に向けてきた



「親父の事を許した訳でもねぇし、お母さんとの事も吹っ切れた訳じゃねぇ…けど…会わないままだと前に進めない気がすんだ」

その言葉に目を丸くして、逆に私が轟君から目を逸らしてしまった。決断するには重たい内容なのは聞いているだけでもひしひしと伝わってくる。でも轟君は自分で決めて決断したのだ

お母さんと会って、傷付く事があるかもしれない
再び拒絶されるかもしれない

そのリスクは十分にある中で…この人はスゴいと素直に思う




「お前にも…助けられた」

続けて言った轟君の言葉に逸らした視線を戻した。私が何を助けたというのか、心当たりなんてなく、戸惑った



『え、いや…私は余計な事しか言ってないし…』

「お前に言われた言葉や試合中の緑谷の言葉で…自分が忘れかけてた大事な事を思い出せた気がする」

ありがとな、と口元を緩ませて言われた
やっぱり緑谷君はあの時…轟君に言葉を掛けていたんだ。救おうとしていた。同情や慰めではなく…心から訴えたい、伝えたい事をぶつけたんだ

緑谷君は轟君になんて言ったのだろうか。今更聞こうとは思わないけれど、あそこまでの重い過去に向き合おうとするきっかけになったのなら…轟君もだけど緑谷君もスゴいんだな…








◇◇◇ ◇◇◇









「そういえばお前、爆豪との試合中に何かおかしくなってたよな」

駅から降りてあとは徒歩で病院まで行くだけなのだが、改札口を通る時に思い出した様に轟君に言われた。思わず定期を財布に入れる手が止まった



「頭抱えて…すげぇ辛そうっつーか…怒ってたのか?」

思わず定期を持つ手に力が入ったが、浅くため息を吐いてさっさと財布に入れて歩き出した



『さぁ、爆豪君が嫌すぎて拒絶反応でも出たんじゃない?』

素っ気なくそう答えると、突然腕を掴まれた。振り向くと轟君の表情は何故か険しい




「あいつは倒れたお前を抱えて避難したんだ。腕撃たれたみてぇだけど…それでもお前を抱えたままで安全な所まで運んだんだぞ」

『…だから?』
「爆豪は…お前が思ってるほどひでぇ奴じゃねぇよ」







「爆豪少年は…君が思っているほど酷い子じゃないと思うよ?」

『轟君はオールマイトさんと同じ事言うんだね』

轟君の腕を振り払って再び背を向けた



『爆豪君が良い人かどうかなんてどうでもいい。そんな事関係なく、私は爆豪君が嫌いなの。顔を見るだけでも嫌だし、言葉を交わすのも嫌。全部が嫌い』

爆豪君の事が嫌いなのは何でなのか自分でもはっきり分からない。それがもしクラスメイトと酷似しているからという理由なら、彼への当てつけになるのだろうか

本人じゃないと分かっているのに…何で…





「何か、お前の言葉じゃねぇ感じがする」

轟君は私の隣まで歩み寄ってきて、そう言った。何を根拠にそんな事を言っているのか不思議に思い、何故か尋ねた。すると、轟君は頭を掻いて何やら言いにくそうに口を開いた




「理由がはっきりしてねぇなら…それは本当に嫌いって訳じゃねぇんだと思う」

轟が心配気な表情で見下ろすが、柊風乃は表情を変えず、何も返す事もなく歩き始めた。轟は呼び止めようとした口を噤み、黙って柊風乃の後を追った

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