知らない事

※此処から職場体験の微原作沿いとなります





漸く体育祭一色だった日々も通常に戻り、登校時のあの痛い程に向いていた行き交う人達の視線もなくなった。たまにスゴかっただの怪我は大丈夫だったのかだの声を掛けられる事もあったけれど、当たり障りなく返してさっさと電車を降りた




「おーい!不死風ー!」

背後から呼び掛けられた。振り向くと切島君が手を振りながら駆けてくる姿が見える



「おはようさん!同じ電車だったんだな!一緒に行こうぜ!」

朝から何でこんなにテンションが上がっているのか。切島君に至ってはいつもこんな感じな気がするから敢えて何も聞かなかったけれど、2人で話すのは何故か新鮮な気がした



「お前、大丈夫とか言ってたけど怪我は治ったのか?」
『まぁ…大した怪我じゃなかったし』

そう答えると思っていた通り、大怪我していただろ、とすぐに突っ込まれた。他の子にも多分そう聞かれるのだろうかと思うとますます学校に行くのが憂鬱になる

一応連絡はしておいている筈だし、改めて聞かれると少し疲れる



『犯人の個性がそういったモノだったから派手に見えただけだよ。実際は怪我なんてほとんど軽傷だったしね』

こう言って、リカバリーガールの治療を受けた事も足せば多少は誤魔化せる。簡単に嘘を吐くのは正直気が引けるけれど、今の私の状況では特に罪悪感はない。幸いこの人達は言えばそんなに疑ってくる人はいないおかげかすぐに信じてくれる



「それはそれで災難だったな。あのまま戦ってれば爆豪に勝ててたかもしれねぇのに」

『そうかな…』

「俺は素直にそう思うぜ?爆豪にあそこまで食って掛かれる奴なんて俺達のクラスにはそういねぇよ。女子なら尚更な」

俺もお前と戦ってみてぇよ、と切島君は笑顔でそう言った。あのまま戦っていたら…まぁ確かに勝機がない訳じゃなかったし、勝つつもりでいた訳だけど、今となっては最早どうでもいい。結局優勝は叶わなかったし、過ぎてしまえば何とも思わない

でも…やっぱり引っ掛かったままのモノはある



『私が倒れた時に爆豪君が助けてくれたって…本当?』

口から出たのはその話題だ。休みの間に何人も目撃した人から聞かされたから、聞かなくても真実なのは分かっている。だけどやっぱりその真実を信じられない自分がいるのだ

切島君は意外だったとばかりにあの時の事を話してくれた。内容はオールマイトさんや轟君、マニアの女性の人が言っていた事とほぼ同じで、腕を負傷してまで私を抱えて身を隠した…という爆豪君の行動



「あの場でなんだけど、爆豪が不死風を抱えてくなんて思いもしなかったぜ。あいつ、いつも何かとお前に当たり強ぇしさ。意外すぎて周りの奴らも驚いてたっけな」

『そう…』

「緑谷の言ってた通り、やっぱりあいつもヒーロー目指してるだけあって芯の通ってる男だって事かもな!」

爆豪君の正義には善し悪しがある…以前に緑谷君が言っていた事だ。そりゃあ正義に関しては人それぞれ受け止め方は違うだろうし、抱き方だって違う

今いるプロヒーローだって誰もが同じ心理な訳もなく、協調性のあるヒーローもいれば、1人で淡々と人々を救っているヒーローだっている。爆豪君みたいにあた振り構わず死ね死ね言っている人はさすがにいないだろうけど…



「聞いたらあいつもそんな重度なモンじゃなかったらしいからな。今日来てたら話し掛けてみれば良いんじゃねぇの?」

『うん…』

正直話したくない。でも助けてもらったのは事実であって、人間としてお礼くらいは言わないといけない気はする。でも私が懸念しているのは爆豪君に話し掛ける事以前にあの時…爆豪君に再生能力を見られていなかったかだ

私を抱えてステージから身を隠したというが、私の再生能力は私の意識とは無関係に負った直後から随時発動される。抱えられた箇所からして見られている可能性は高い。更には爆豪君自身、腕を同じく負傷したという時点で私の傷の再生速度に気付いてもおかしくないのだ

私に何かしらの不信さを抱いて、今までにしつこく詮索してきた爆豪君の事だ。彼自身から詰め寄られるかもしれない…と思っていたが…






◇◇◇ ◇◇◇






「お昼だぁ!」
「今日のランチ何だろ?」
「急がんと席埋まってまうよー」

昼になっても爆豪君は何も聞いてこなかった。お礼を言うつもりが、私から話し掛ける事も出来ずに様子を伺う感じでこんな時間になってしまったけれど…何でだろうか

見ていて特に爆豪君が私の様子を伺っている様には見えないし、あっちから腕の負傷に関して怒っている様な雰囲気もない。何事もなかったかの様に授業を受けて、昼のチャイムが鳴ったらさっさと教室から出ていってしまった



「柊風乃ちゃん、どうしたん?お昼行かんの?」
『ぇ…あぁ…うん』

爆豪君が出て行った扉を見つめていたら横から麗日さんが顔を覗かせてきた



「柊風乃ちゃんは今日もお弁当?」

ぁ…と思わず声が漏れた。そう言えばお弁当を持ってくるのを忘れていた。いつも欠かさず持ってきていたのに…どれだけ爆豪君を気にしていたというのか

持ってきていない事を素直に伝えると、麗日さんは私の手を取って立ち上がらせるといつものにこやかな笑顔で食堂へ行こうと誘ってきた。結局お弁当もないし、食堂には行かなければならないから断る事はせずに大人しく着いて行く






「柊風乃ちゃんさ、今日何かそわそわしとらん?」
『え?』

そんな問い掛けに思わず隣を歩く麗日さんの方を見た。そわそわって…まぁ確かに爆豪君の様子を伺ってはいたものの、誰かに気付かれるほど表に出ていただろうか



『そんな事ッ…』
「爆豪君?」

直球で当てられた。咄嗟に麗日さんから目を逸らし、図星だったのもあってか、そのまま無言で黙ってしまった。麗日さんは歩きながら更に続けて尋ねてくる



「体育祭での事、気にしてるん?」
『まぁ…そうだね』

「あの時は驚いたぁ。柊風乃ちゃんが急に撃たれたのにもだけど、爆豪君が助けに入るとは思ってなかったし…まぁ他の男子なら全然想像出来るんやけど、いつもの爆豪君見ちゃってるとねぇ…」

苦笑しながら言う麗日さんだけれど、本当にそうだ。日頃の彼には似つかわしくない行動だ。ヒーロー志願者だけあってそういった使命感的なモノが働いたとでもいうのだろうか



『いつもこんな感じだけど、まぁ…助けてもらったのには変わりないし、一言くらいお礼は言わないといけないから』

「あれはでも柊風乃ちゃんのせいじゃないんやし、そこまで無理に話し掛けようとせんでもええんちゃう?」

『…あくまで人間として、だよ』

人間としてしなければならない事はやる様にはしなければ。みんなと仲良くならない様にする為の行動とはイコールにしない。あくまで孤立を選ぶ事を望んでいるだけで道徳的なモノは別で考える

助けられたなら…ありがとうと一言くらい言うのが人間だ



「柊風乃ちゃん、お茶子ちゃん」

後ろからひょっこり顔を出したのは蛙吹さん。ケロケロとお馴染みの笑い声で笑い掛けてきたと思えば隣にやってきた




「ランチ、一緒に行ってもいいかしら?」
「うん、行こう行こう」

麗日さんの返事に蛙吹さんは嬉しそうに笑って何気なく私の手を握ってきた。麗日さんもそれを見てなのか笑顔で私のもう片方の手を握ってきた。突然の2人の行動に目を丸くしてしまったが、目の前の2人は何処か満足気に笑い合っていた






◇◇◇ ◇◇◇






「職場体験?」
「そう、それを伝えに2人を呼び止めたのもあるのよ」

3人で丸いテーブルを囲む様に昼食を取っている中で蛙吹さんからそんな話が出た。偶然廊下ですれ違ったオールマイトさんから聞いたらしく、どうやら1年の後半にあるインターンシップに向けて早くも体験という形で街へ出向くらしい



「体育祭が終わって、他のプロヒーローからも注目されてるだろうから、何か緊張しちゃうわね」

「そうそう!スカウトだってこれからいっぱい貰いたいし、気張ってかなきゃ!」

気合い入れる様に片手を上げる麗日さん。蛙吹さんはそんな彼女の様子に笑顔で頷いている。スカウトか…確かに体育祭が終わった直後には1番気になる所だ。体育祭明けには色んなヒーローからの指名がやってくるという話…

相澤先生曰くは体育祭が終わった休み明けにまとめたのを発表されるらしいけれど…恐らく午後一に言われるんだろう




「柊風乃ちゃんは女子の中では特に多そうよね、人気」

『え?』

「そうだよねぇ。なんたって女子で唯一のベスト4入りやもん。あのまま妨害されなきゃ、もしかしたら爆豪君に勝ってたかもしれんし」

朝の切島君との会話を思い出す。確かに成果によっては多くのスカウトを貰えるとは聞いていたけれど、どうだろうか。普通に戦っている最中ならともかく、あの異常性をプロヒーロー達がどう見るか…

頭がおかしいやつだと思われても仕方ないから、正直あまり期待はしていない。私よりも他のベスト4入りしたあの3人に人気は集中しそうだけれど…






◇◇◇ ◇◇◇






「ヒーロー名の考案をしてもらう」

午後一、授業の課題を相澤先生が言った。ヒーロー名と聞かされて、テンションが上がっている人もいれば、ちらほらとどうしようかという様な困った表情を浮かべる人もいる

その課題の根本的な所に、さっき麗日さんと蛙吹さんも話していた指名の話があるという



「指名の集計結果がこうだ」

そう言って相澤先生は後ろのモニター兼黒板に向けてリモコンを操作し、映し出された【A組指名件数】という題名。その下にぞろぞろとそれぞれの名前で指名件数を表す横棒グラフが表示されていく

やはり1番多いのは轟君、爆豪。その下に私が来ていた。爆豪君との差は約500件前後であるけれど、とりあえず指名があって内心ホッとした



「不死風さん、スゴいなぁ。何千も指名貰ってて」

後ろから緑谷君が話し掛けてきた。よく見ると緑谷君の名前はない。あんなに必死に戦って…それこそあの轟君との1戦は印象深かった筈なのに…意外だ



「あんな無茶な戦い方すっから怖がられたんだよ、緑谷ぁ」

緑谷君の後ろの峰田君があの時の戦いを思い出しているのか、顔を青ざめながら緑谷君の肩を叩いている。無茶な戦い…確かにあれは痛々しいだけでなく、危なっかしいという印象を与えていてもおかしくはない

傍から見たら、自身の個性をコントロール出来ていないと感じられていても…まぁそれは合ってるんだろうけど…



「僕も少しくらいは指名…欲しかったな」

分かるくらいに落ち込んだオーラを出され、少しイラッとしてしまったせいか、黙っていれば良いものをまた口を開いてしまった



『さっき相澤先生も言ってたけど、今指名を貰ったからって卒業までに取り消される可能性もある…でも、逆に言えば今指名を貰えていなくても、この後の活躍では貰える可能性だってない訳じゃないよ』

別に今落ち込まなくても良いんじゃない?、と言うと緑谷君は目を丸くさせ、はにかんだ笑顔を浮かべた



「そ、そうだよね。ありがとう、不死風さん」

お礼を言われると思っていなかったせいで、私の方が呆気に取られてしまった。何処か胸がムズムズとし、緩みそうになった頬の筋肉を誤魔化す為にさっさと前に姿勢を戻した



「例年はもっとバラけるんだが、3人に注目が偏った。この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく、所謂職場体験ってのに行ってもらう」

職場体験、事前に蛙吹さんから聞いていたけれど、より実践に近くヒーローとしての経験を積むという名目での活動らしく、実際にヒーローの事務所へ赴いての職場体験だからか、此処で仮にでもヒーロー名を決めなければならないのだという

その話の最中、ミッドナイト先生がやってきた。どうやらその考案したヒーロー名のセンスなどを査定してくれるらしい。ミッドナイト先生曰く、学生時代に適当に決めたヒーロー名がそのまま世の中に認知され、公認のヒーロー名になってしまうケースは多々あるのだとか

それで苦労している人もいると付け足され、ウキウキしていた人の中には真面目な表情に変わる人がちらほら出てきた



「将来自分がどうなるのか、名を付ける事でイメージが固まり、そこに近付いていく。それが名は体を表すって事だ。オールマイト・・・・・・…とかな」

オールマイト…
全能・・のオールマイティーから来てるのだろうか。考えた事なかったけど…まぁ確かにトップヒーローであり、平和の象徴であるくらいだから、その名前も最もだよね

回されてきたパネルを見つめて考える。ペンが進まない…というかヒーロー名とか考えてなかった。まさかこんなに早く考える事になるとは…

不意に前を見ると、爆豪君はもう早々にペンを走らせている。既に決めていたのか定かじゃないけれど、どんなヒーロー名にするか正直気になる。こんなにツンケンしている行動を見るにヒーローとは掛け離れているこの人がどんな名前を名付けるのか…

/Tamachan/novel/2/?index=1