トラウマ
「誕生日おめでとう。柊風乃ちゃん」
『ありがとう、お母さん』
夢の中のお母さんはいつも笑っていた
毎年必ず誕生日は祝ってくれた。けれど…
『ねぇ、お母さん。今年もお父さんは…お仕事なんだよね…』
「ごめんね、柊風乃ちゃん。でも、お父さんは私達の為に頑張ってくれてるの。だから、我慢してね…」
あいつが誕生日に帰ってきた事なんてない
いつもいつも…いつもいつもヒーローの仕事で家にも帰らない
お母さんを放っておいて…
私を放っておいて…
『お母さんは……寂しくないの?』
「寂しくなんかないわよ。みんなの為に頑張ってるんだから、寧ろ嬉しいわ」
そんなの嘘だよ。私は知ってる
いつもお母さんが父から連絡のないスマホを握りしめて悲しそうな顔をしているのを知っているから…
お母さんにばかり悲しい想いをさせて…
家族の事をおざなりにして何がヒーローなのか…
「柊風乃ッ…ちゃん……お父さんの事ッ…嫌いにならないでね……お母さんとの約束よ…」
『……ッ』
いつもお母さんのその最期の言葉で目を覚ます
そのせいで目覚めが悪い。頭が痛い
また朝が来たのかと憂鬱になる
だって私は………父親が大嫌いだから…
◇◇◇ ◇◇◇
「おはよう、柊風乃ちゃん。今日もいい天気ねぇ」
いつも同じ時間に同じ看護師が起こしにくる。此処はある精神病院。入院したのは1ヵ月前
ある事件がきっかけで強制的に入らされた。ほとんど誰とも口を聞かず、外の世界も部屋に1つしかない小窓から見える空の天気しか分からない
「今日の朝ごはんはとっても美味しいのよ?」
看護師が笑顔でトレイに乗った朝食を持ってきた。机に置かれても美味しそうなんて1ミリも思わない
理由は中に精神安定剤が紛れているのを知っているから。別に精神が不安定でもなければ情緒不安定な訳でもないのに、此処に来てからまるで病人扱い
正直、気分は良くない
いつも通り手を付けずにいると、看護師は苦笑しながら思い出した様に手を叩いた
「そうそう!今日は柊風乃ちゃんにお客様が来るのよ!確か来客用の書類が届いてた筈…」
お客様って…1ヶ月間誰とも会ってすらいないのに一体誰が来るというのか。看護師が机に置いてある書類の何枚かをペラペラと捲っているのを黙って見つめていると…
「はーはッはッはーッ!」
突然廊下側から聞き慣れないとてもハキハキした笑い声が聞こえてきた。何だ何だ、と看護師があたふた慌てていると、すぐに扉が勢いよく開いた
「私が扉から来たぁッ!」
入ってきたのは黄色のスーツを着たゴリゴリに筋肉質な身体の男の人。口元は何がおかしいのか笑っている。金髪で前髪も触角みたいに上に反りたっている
私が呆気に取られて固まっていると、看護師が恐る恐るその男の人に名前を尋ねた
「あのぉ…今日面会にいらっしゃるオールマイトさんでよろしいですか?」
「いても立ってもいられなくなりまして、予定より早く来てしまいましたよ!」
豪快に笑っているオールマイトさん。看護師が控えめになるべく静かにする様に促すと、見た目とは裏腹に礼儀正しく謝罪している
その後、看護師は部屋から出て行き、オールマイトさんと2人っきりになってしまった
いきなり初対面でこの状況はかなりキツい…
「自己紹介がまだだったね。私はヒーローをしているオールマイトという者だ。会えて嬉しいよ。不死風少女」
私の名前…知ってる?
何処かで会った事あったっけ…
それにしても此処は息苦しい所だな、とオールマイトさんはカーテンが靡く小窓の方へ移動した。今日は快晴。日差しがオールマイトさんを照らしているのを見ると、太陽が似合う人だと素直に思った
けれど、此方に向き直ったオールマイトさんの発した言葉で一瞬…私の中にある殺意が剥き出しになる
「私は君の父。ウロボロスの親友だ」
その名を聞いた途端、一気に頭がカッと血が上り、気付いた時にはベッドから身を乗り出し、オールマイトさんに向かって手を振り上げていた…が、瞬時に手は掴まれた
息が上がる。見上げると、オールマイトさんの顔からさっきの笑顔はなくなっていた
「そんなに父親が嫌い…なのかな?」
『あいつの名前を出さないで下さい』
反吐が出ます、と続けて掴まれた腕を振り解いた。心臓がうるさい。久しぶりに身体を派手に動かしたせいだろうけれど、それだけじゃない
多分、父親の名前を聞いたのも原因だろう…
「彼の親友…だと話を聞いてくれないかな?」
『いえ…貴方はあいつではありません。だから拒絶する意味はないです』
失礼しました、と頭を下げた。この人は決して父親ではないのだ。親友だったからという理由で拒絶するのは…変だ
「それなら良かった。此処に来て話を聞いてくれないと困っちゃうからね」
そう言って再び笑顔を浮かべたオールマイトさん。とりあえず、心が広いのとさすがヒーローなのか、あんな事をされても尚平然としているのに少し驚いた
「1ヶ月前の事件の事、覚えてるかぃ?」
『…はい』
「思い出したくないだろうけど、私は君をまず知らなければならない。1ヶ月前…というより君の中学生の頃の話を聞かせてくれるかな?」
あたしは口を噤んで、思わずオールマイトさんから顔を逸らした
「何故、クラスメイトにあそこまでの事をしたのか…」
…特に隠す必要はない。別にこの人に言ったからといって何も変わらない。話すのだって今更バカらしい…けれど、このオールマイトという人の表情が思いの外真剣だったから、つい口が開いてしまっただけ
「あいつは
「どうせ再生するから一緒にぶっ倒して良いんですよ!」
『あの人達は…』
「あいつの為に俺達がリスク犯す必要ねェだろうが!」
「いっそそのままいなくなっちゃえ!」
「お前なんてヒーローでもなければ人間でもねェ!」
『クラスメイトなんかじゃないですッ…』