不器用






「ごめんね、この1週間お弁当になってしまうけど」
『いえ、用意して下さるだけでありがたいです』

トレーニングに夢中でまるまる午前中を潰してしまった。今はファイターさんと一緒に届いたお弁当を食べながら休憩をしている



「此処のお弁当は本当に美味しいんだよ。体力が充電される感じで、午後からも頑張れる」

そう美味しそうにお弁当を頬張るファイターさんに自然に頬が緩んだ。結構有名な事務所であったから堅そうな人を思い浮かべていたが、最早昨日の時点でそのイメージは良い意味で壊れている



『本当に美味しいです』
「でしょ!それでいてお手頃価格だから俺達の強い味方だよ!」

お弁当屋のおばちゃん!ありがとおぉおお!、とファイターさんは感動しながら声を上げてお弁当をかき込んでいる。面白い人だなぁ…と思っていると、不意に気になっていた事を尋ねた



『ファイターさんは元々ウロボロス事務所で仕事されてた方…ですよね?』

ぶほッ!、とお茶を啜るファイターさんが噎せた。慌てておしぼりを手渡すと、ファイターさんは苦笑しながら頭を掻いた



「な、何でバレたのかな…」

『いえ…話し方で此処の事務所の方だと思ってはいたんですが、ウロボロスに関してやけに詳しいし、オールマイトさんが此処の事務所にはウロボロス事務所で実際に活動していたヒーローがいるって仰ってたので、何となく…』

そっか、とお茶を机に置いて、ファイターさんは席を立って何やら本棚を漁り始めた。何で隠していたのか疑問に思いながらその後ろ姿を見つめていると、暫くしてファイターさんがあるアルバムを持って戻ってきた



「当時の実際の写真なんだけど…」

差し出されたから受け取って、ペラペラと捲っていく。そして、あるページのファイターさんと遺影よりも少し若いあいつがツーショットで撮られた写真に目がいった



「憧れのウロボロス事務所に所属出来て、これ以上にないほど嬉しかったんだけど…あまり目立った成果を上げられなくて。隠すつもりはなかったんだけど…一定の支持率のあるウロボロスの直属の部下がそんな出来損ないなんて、あまり知られたくなかったんだ」

憧れの人の顔に泥を塗っている様なモノだしね、とファイターさんは続ける



「それで、申し訳なくなったのもそうだけど…その頃から俺のこの地元の治安が悪くなっているのを耳にしてね。ウロボロスには悪いけれど、此処に異動させてもらったんだ」

『そうだったんですね』

「でも、その後の話は昨日君に教えた通りさ。ウロボロスは身勝手に異動した俺に連絡をくれて、手伝えることがあればいつでも手を貸すって言ってくれたんだ」

優しい人だよね、と微笑んで写真を眺めるファイターさん。それから昨日の話の通りでウロボロスと共に暫くの地道なヒーロー活動のおかげでここ周辺の治安は安定し、ファイターさん自身の知名度も上がっていったのだという

ファイターさんはいくつかページを捲って、何の時の写真なのか話してくれた。その時のファイターさんの顔は楽しそうな、懐かしそうな…そんな表情だった

そして、お昼休みが終わる合図である町の時計の鐘が鳴った



「ごめんね、すっかり話し込んでしまって。休憩時間だっていのに、ウロボロスの事になると止まらなくなっちゃって…」

『いえ、話し出したのは私なので気にしないで下さい』

パトロールに行こうか、とファイターさんは身なりを整え始め、私も一緒に準備をし始める。頭の中で捲られていくページに写る数多くのあいつの顔がチラつく。全てにおいて笑顔であり、事件解決後の怪我を負った状態だろうとその表情は崩さずにいた

オールマイトさんと同じ様に、あいつも笑顔を絶やさぬヒーローであったのだというけれど、私の知らないあいつの一面がまた見えてしまった。ファイターさんとオールマイトさんの話を聞く限りでは、本当に外ではみんなの憧れるヒーロー像であったのは事実である

そんなに良く言われるのなら…何で行方不明なんて中途半端な事になってるんだよッ…

警察に捜索を断念されて、結局生きているのか死んでいるのかもあやふやなまま勝手に墓を作られたお母さんの気持ちがお前に分かるのか…

お母さんは最期の最後まで…お前は生きてるって信じてたのにッ…



「柊風乃、そろそろ準備出来たかぃ?」
『ぁ、はい。今行きます』

パトロールの持ち物であるスマホ、学生証を持って更衣室を出て行った。頭の中に残るさっきのアルバム内のあいつに毒を吐く。へらへら笑って…そんなにヒーロー活動は楽しかったのか、そんなにみんなの役に立つのが嬉しかったのか

ヒーローとしてなら分かるよ、分かる…けどッ…
愛してくれた女性1人守れないあいつをどうしても人間として許せないッ…

ファイターさんの後を着いて行きながらフツフツと込み上げてくる怒りにも似た苛立ちを押し殺す様に両手を握り締めた






◇◇◇ ◇◇◇






「今の所目立った事件や犯罪はないみたいだね」
『そうですね』

一応ヒーロー殺しの件もあり、昨日よりも入念にパトロールしたが、これといった事件も起きずにいた。ファイターさんも安堵している様に表情は和やかだ



「此処は比較的事件は起こらないし、職場体験の子としては物足りないかもしれないけど」

『そんな事ありません。何も起きない方が良いですよ』

確かにこんなに平和だと拍子抜けしてはいた。東京都内は犯罪が多いと聞いていたけれど、やはり地域によって差は激しいという事だろうか

個性の応用に関しては実践よりもトレーニングで見つけて行くしかなさそうだ



「きゃあ!」

後ろで豪快な転倒音が聞こえたのと同時に幼い子の声が。ファイターさんとほぼ同時に振り向くと、1人の幼い幼稚園児くらいの女の子がうつ伏せに転んでいた

一瞬フリーズしてしまったけれど、即座にファイターさんが女の子に大丈夫かと駆け寄る姿に我に帰り、私も続いて駆け寄った


「うぅ…痛ぁい…」
「膝かな…ちょっと見せてね?」

ファイターさんは慣れた手つきで泣きそうな女の子を宥めながら怪我をした場所を確認する。その行動の一部始終を見ていても、日頃からこういった些細な事にも気付ける人なんだ、とさすがプロヒーローだと言わんばかりの行動力。見習わなきゃ…



「膝と…あと掌も少し血が滲んでるね。ちょっと待っててね」

確か絆創膏が…とファイターさんが漏らした声に反応して、慌てて懐からポケット型の救急キットを差し出した



『良ければ使って下さい』
「お、良いの?」

『少しでもお力になりたいので…』

こんなモノで手助けになるか分からないから、少し控えめに伝えると、ファイターさんは嬉しそうに笑って頷いた



「とても助かるよ。じゃあ、お嬢さんの手当てをお願いするよ」

そう言って立ち上がったファイターさんの代わりに半べそをかいたお嬢さんの前にしゃがみ込んだ



『痛いのによく泣かないで我慢したね。今手当てするから』

お嬢さんが頷いたのを見て、救急キットを開いた。まずは消毒して…と頭の中で思い浮かべながら手を動かす。と、視線を感じて顔を上げると、お嬢さんが私をじっと凝視しているのに気付いた

泣き…止んでる?



「ねぇ!お姉ちゃんって、この前テレビに出てた人だよね!」

『え?』

子供はすぐ機嫌がころころ変わるのは知っていたけれど、まだ手当中で本当にさっきまで泣き出さんばかりだったのに、視線の先のお嬢さんは何故か頬が紅潮していて、更には目をキラキラさせて、ずいっと詰め寄ってきた



「お姉ちゃん!あの時すんごくカッコよかった!男の子相手だったのにすんごく速くてすんごくこう…ズババッて感じだった!」

スゴくを強調させて、身振りと擬音語でそう訴えるお嬢さん。内容的に多分体育祭の時の事だろうか。テレビって言ったら、それくらいしか心当たりないし…



「お姉ちゃんが戦ってるの見てて決めたの!あたし絶っっ対お姉ちゃんみたいなヒーローになるって!絶っっ対なるって!」

手当てが終わってすぐなのにピョンピョンと飛び跳ねながらお嬢さんは宣言している。まだちゃんとヒーローになれるか分からないから、ありがとうを言って良いのか何て返せば良いか、頭の中で迷っていると…





「こら!勝手に走って行かないの!」

前方から女性の呼び掛ける声が。顔を上げると1人の女性が此方に駆け寄ってくるのが見える



「また転んだの!?もう…だからママから離れちゃダメって言ってるのに!」

やはりこのお嬢さんのお母さんだったらしく、女性は慌てた様子でお嬢さんを抱き抱えると、深々と私とファイターさんに頭を下げた



「ご迷惑お掛けしました!」

そう一言お礼を言うと、足早に立ち去っていく女性。抱えられているお嬢さんは此方に手を振っているから、小さく振り返す



「ママ!私あのお姉ちゃんみたいなカッコいいヒーローになるの!絶対なるの!」
「そんな小さい頃から決めないの!あんな危なっかしいお仕事ママは反対だからね!命がいくつあっても足りないわ!」

女の子の声が大きいせいでお母さんの方も声が大きく、離れていく距離でもその会話は聞こえてきた。反対されている事にヒーローを目指している側からしたら少し胸が苦しくなる感覚が襲った

ヒーローはみんなの憧れ…ではあるけど、それを肯定する人ばかりじゃないのは当たり前だよね。肯定する人がいれば必ず否定する人はいるのだ




「気にしないで良いからね、柊風乃」

私の心情を察した様なファイターさんの言葉に思わず振り返った。ファイターさんはあの親子とは反対側へ背を向けて歩き出し、私もそれに着いて行く



「あぁやって思う親御さんは結構多いんだよ。お子さんがあのくらい幼いと尚更ね」

何でそう思うか分かるかぃ?、とファイターさんは続けて聞いてくる。そりゃあ賛否両論あるだろうけれど、今まで周りがヒーローに対して否定的ではなかったせいか、あまりピンとくる答えが浮かばない

暫く無言で考えていると、ファイターさんは立ち止まった



「ヒーローは常に死と隣り合わせな仕事だからさ」

相澤先生からもオールマイトさんからも散々危険な仕事であると教わってきたというのに、何故か改めて言われたその言葉が重く感じた



「高校生で、しかもヒーローの名門校である雄英で教わっている君ならもう分かると思うけれど、実際にヒーローデビューして華々しい生活を送れる人はひと握りだ。上手くいかなくて挫折してしまう人や嫌になって辞めてしまう人…でもそんないくつかの理由の中で最も多いのが殉職する人だね」

そう振り向きながら言ってきたファイターさんの表情は…悲しいというより苦しそうな…そんな表情だった



「デビューして長く社会に貢献しているヒーロー…そうだな…NO.1とかNO.2とか評されているヒーローがいる反面で、関わる事件によってはデビューしてすぐに亡くなるヒーローも多いんだ」

俺の同期もそうだったし、とボソッと聞こえた言葉に固まった



『そう…なんですか…?』

「うん…そいつ俺と同じ高校で、成績も優秀な奴で…当時はスゴい周りから期待されてたんだ。でもデビューして半年もしない内に立てこもり事件があって、応援に向かったんだけど…人質を庇ってそのまま亡くなったんだ」

心臓が嫌にゆっくり鳴っているのを感じる。よくニュースとかでもヒーローが殉職するのは目にしているけれど…身近の人が実際にそうなってしまった人から聞かされると…こんなに重く感じるものなのか…

どれだけ私が今までテレビ越しで見ていた内容を他人事だと感じていたのか痛感させられた。私もヒーローを目指す上で、背けてはならない現実なのに…何処かで私は大丈夫だと思い込んでいたのかもしれない

そんな保証…どこにもないのに…



「ヒーローとしては真っ当な最期だったけど…そいつの親御さんはそう思わなかった。別の道を進ませていれば…もっと人生を楽しませてあげれたんじゃないか、もっと生きていられたんじゃないかって…ヒーローになるのを応援していた自分自身に後悔されてた」

殉職内容のニュースは子供にはまだ分からないし、残酷故に親も自ら見せる事はしない。だから、幼い子供は現役ヒーローの活躍しか知らずに、ヒーローはカッコいいというイメージだけで夢を抱く

ヒーロー界の厳しさがどんなモノなのか知っている親からしたら、子供にそんな命の保証もない仕事に就いて欲しくない。そう考えて反対するさっきの様な親御さんが多いのだとファイターさんは教えてくれた



『あの…ファイターさんは怖くなかったんですか?』
「ん?」

同期の殉職。ヒーロー界では珍しくない事なのかもしれないけれど…聞いているだけの私ですら悪寒が走る話だった



「そうだね…そいつの報道がされて何人かは確かに現実の怖さを知って、辞めてしまったよ」

『それじゃあ…何で…』

「そいつは本当に人の事しか考えてなくてさ、自分の事なんて二の次な奴だったんだけど…」

その人とは仲が良かったのか、高校の頃やデビューしたての頃の事を懐かしそうに話していた。表情は和らいでいたけれど、亡くなったという話の後だからか、私は一切笑えなかった

話の内容を聞いていて、ファイターさんは口には出さなかったものの…その人はお人好し・・・・と言っても良いくらい人を優先するヒーローだった



「言うだけなら何でも言えるよ。綺麗事もヒーローらしい事も簡単にね。重要なのは自分で言った言葉を実行出来るか出来ないか…それだけでヒーローとしての質は左右されるんだ」

確かに綺麗事は言葉にするだけなら簡単だ。困っている人がいたら積極的に助ける、助けを求めている人がいたら自ら駆け寄る、殺されそうな人がいたら…身を呈してでも守る

小さい頃から先生や親から言われてきた当たり前の事。人間として綺麗な行動。でもそれを大人になって出来る人は少ない。出来ない人に限ってそんな綺麗事を言って、出来る人は黙って行動する

敢えて言葉にするなら…どんな人よりも当たり前に出来なければいけない。有言実行こそがヒーロー…



「そいつは…死ぬ寸前まで自分の意志を曲げなかった。貫き通したんだ。自分よりも他人を優先した。俺はその報道を知って誓ったんだよ。俺もヒーローとして、恥ずかしくない行動をしなきゃなって」

当たり前な事だからおかしいけどね、とファイターさんは苦笑しながら頭を掻いた。でも、その当たり前が出来るか出来ないかが難しいのであって…全然おかしくないと思う

実際にニュースで事件の際に応援に行ったが、怖くなり、民間人を置き去りにして逃げ出したと世間から叩かれているヒーローの話は聞いた事がある

死を目の前にしたら…誰だって怖くなる。死んでしまったら今まで苦労してきた日々がそこで終わってしまうのだから。そんな残酷さを顧みずに目の前の人を助ける事に躍起になれる人こそが…ヒーローだ



「お、俺の話ばかりになってしまってごめんね。要は常に危険な仕事だから、あぁやってヒーローになる事に不満を持つ人は少なくないっていうのを伝えたかっただけなんだ」

行こうか、とファイターさんは再び背を向けて歩いていく。その姿を見て、少し間を空けて私も歩き出した。話が濃くてファイターさんの言葉が頭の中に留まっている

ヒーローの仕事が如何に危険な仕事で憧れだけでは務まらないか。私は憧れとかではないけれど、自身の判断1つで命を繋ぎ止める事が出来る反面、容易く消え去ってしまう仕事なのだと…もう少し自覚した方が良い

まだ2日間しか経っていないけれど…その事について強く改めさせられた気がする

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