原点オリジン






あの保須の事件以降、特に変わった事も大きな事件もなく職場体験の日々は過ぎていく。人形を使ってのトレーニングのおかげなのか、1人で飛ぶ時の身体の軽さは実感出来たものの、まだ人形を持った時の動きはぎこちないと指摘は受け続けている。この数日でプロヒーローの活動がどんなモノかは分かり始めたけれど、個性に関しては思った様な成長は出来ないでいた

そして、職場体験も残り2日となったある日。奇妙な事件が小さく話題となっていた




『麗日さん?』

朝、身支度をしているとスマホに着信が。発信元は麗日さんで、こんな朝から何だろうかと思いながら電話に出た



〔あ、柊風乃ちゃん。おはよう〕
『おはよう』

〔もうすぐ職場体験終わっちゃうけど、そっちはどんな感じなん?〕

ヒーロー間での事務所の仕様とかを話すのは特に禁じられていないから、隠す事なく話した。一方の麗日さんはガンヘッドの事務所で主に体術や護身術を教わっているらしく、この数日間は充実しているらしい


〔Σあぁ、違う違う!話したかったんはこれやない!〕

慌てた様子で話を中断し、麗日さんは違う内容の話題を切り出した



〔今日のニュース見た?〕
『ニュース?まだ見てないけど…』

〔最近東京で2日続けて女の人が数人殺されてるっていうニュース!〕

そんなニュースあっただろうか。2日続けてって…
ヒーロー殺しの件から早くも3日が過ぎて、町が落ち着いてきたと思ったら次の事件。でもそれを何でわざわざ電話をしてまで話そうとしたのか



〔その被害者の女の人達の特徴が、みんな髪の長い白髪はくはつなんだって〕

『は?』

〔柊風乃ちゃんにモロ被りしてるから心配になっちゃって…〕

そんな事件が広まっていたのか、と内心驚く反面で変な事件だと率直で思った。そんなピンポイントの特徴の人をわざわざ捜して殺すって…何でそんな事をするのだろうか

犯人はまだ捕まっていなく、犯行の多さから数人での組織的な者かもしれないという意見もあるけれど、詳しい出処は判明していない



〔プロヒーローの傍でも気を付けてね、柊風乃ちゃん。何かあったらすぐ電話してね〕

『ぁ…うん。ありがとう』

じゃあね、と麗日さんは一言言って通話を切った。別に怖くなったとかそういう感情はなかったけれど、不可思議な分…気味が悪い。スマホをしまわずに、そのままニュースサイトを検索してみる



【またも女性を狙った殺人。犯人は未だ逃走中】
【犠牲者の女性達の共通点は現時点では外見の特徴のみで、交流関係等は調査中】
【グループ殺人の可能性あり!女性は昼夜問わず外出を控える様に各市町村で呼び掛けを!】

見出しがちらほらと載せられている。詳細を開いてもやはり被害者の外見の特徴だけで、他の手掛かりは見つかっていない様だった。今の所犠牲者は5人

考えても埒が明かないから、一先ず身支度を済ませて事務所へ。道行く人にやはりニュースの事もあってか、ちらちら見られるが、その表情は心配気だ

白髪はくはつで髪の毛の長い女性…
所持品等は盗られていないから物取りの仕業ではないし、性的暴行もないからマニアックに外見を絞って行為に走る変態でもない

その場の犯行として通り魔か突発的な殺人衝動。でもここまで全員が全員同じ特徴なら、やっぱり狙って犯行に及んでるのだろうか…


『何か…気持ち悪い…』






◇◇◇ ◇◇◇





「あぁ、そのニュースなら知ってるよ」

最近目立ってる奴だよね、とファイターさんは食後のお茶を啜りながら言った。午前中はまた無茶ぶりなトレーニングをして、昼休憩。トレーニング中もやたらとあのニュースが引っ掛かり、結局ファイターさんに尋ねたのだった



「確かに柊風乃もその女性達の特徴と一致してるから、不安にもなるよね」

『何か気持ち悪いというか…何というか…ニュースを見ただけだと通り魔とかなのかなぁっと思ってて。でもそれにしては被害者の特徴が被り過ぎてる気がして』

「俺は違うと思う。多分、ただの通り魔とかじゃない」

予想外にもそんな反応をされて、お茶を口に運ぶ手が止まってしまった。ファイターさんは腕組みして、難しい表情を浮かべる



「通り魔みたいにただの殺人衝動とは違って、目的があるように思えるんだ」

『目的…ですか?』

「うん。誰かを捜しているっていうか、本当に始末したい人間がいるけど、手掛かりがその髪の特徴くらいしかなくて、虱潰しに特徴と当てはまる人を手に掛けてる…みたいなね」

何故かその推測に悪寒が走った。それを誤魔化す為に再度お茶を飲むが、寒気は変わらない



「場所は転々として起きてるけど、1人の犯行として見るには時間軸がおかしいから、警察のグループ殺人っていう線は合ってると思う」



「今さっき警察から連絡があって、さっきの犯人は真犯人ではない事が分かった」

「じゃあ…別にいるって事か。不死風少女を狙った犯人は」


体育祭直後の相澤先生とオールマイトさんのやりとりが過ぎった。妨害した犯人はまだ捕まっていない。偶然にしろ、私を狙ってのモノだという可能性は高いと先生は言っていた

まさか…それ?
確かに妨害があの暗闇からなら、数個の個性が関わってる。なら、数人による妨害だと考えてもおかしくない。今回の連続殺人もグループでの犯行の可能性が高い。しかも私にも当てはまる特徴の女性を狙って…

ただの偶然?
あの妨害が衝撃的すぎて過度に意識してるだけ?



「柊風乃?」
『ぁ…はい』

「顔色悪いけど大丈夫?心配なら、この後のパトロール休んどくかぃ?」

正直な事を言うと外に出たくない。状況が不可解すぎるし、何より気持ち悪い。けれど、こんな時こそ他の被害者を増やさない様に動くのがヒーローだ。みんなを守るヒーローがヴィランに恐れてどうするの?



『いえ、大丈夫です。行かせて下さい』

ファイターさんは少し心配気に眉を下げたが、頷いて了解してくれた

怖がってる場合じゃない。いくら学生だからって、目指しているのはヒーローなんだから…弱腰になるな。私以外にも怯えて外出がままならない女性だっているかもしれない。早く安心して生活出来る様にするのもヒーローの役目だ






◇◇◇ ◇◇◇






「爆豪君、このニュース見たかな」

いつものキッチリしたミーティングの後、パトロール前の身支度をしていた爆豪にジーニストがタブレットを持ってやって来た

見せられた画面には【またも女性を狙った殺人。犯人は未だ逃走中】という見出しの記事。知らない爆豪は怪訝気味に眉を寄せた



「これが何だっつーんだよ」

「この事件で被害に遭った女性5名が全員、同じ特徴を持っているんだが…知ってるかぃ?」

そんなモン知るか、といつもの毒を吐いて興味無さそうに身支度の続きをする爆豪に浅くため息を吐いてジーニストはタブレットを操作し、再度画面を見せた。そこには警察から頼んで送ってもらったという被害女性達の写真が映し出されていた



「見て分かる通り、全員白髪はくはつで髪が長いんだよ」

告げられた特徴に爆豪の手が止まった。その反応にジーニストは目を細めて続ける



「この前の体育祭の件から考えるに、この事件は不死風君を狙ってのモノだと私は仮定する。ピンポイントで彼女を狙っていない所からして、体育祭での犯人とは別だろうけどね。だが、複数人いる時点で、何かしらの組織として動いている可能性がある。妨害していた犯人ともグルかもしれない」

「俺には関係ねぇ」

爆豪は止めていた手を進めた。ぶっきらぼうな反応にジーニストは何度目かのため息を吐いた



「この前も言ったけれど、クラスメイトが狙われてるかもしれない。少しでも可能性がある状況で、彼女の事を心配しないのかぃ?」

「俺だってあんたに言った筈だ。あいつが狙われてようが何だろうが、どうでも良い。俺は落とし前が付けられりゃあそれで良いんだよ。真顔がくたばろうが知るか」

ガコッ、と手榴弾型の装置を腕に装着し、ジーニストを睨み付けながらそう言い捨てた爆豪は仏頂面のままその件に関して尋ねても無反応になった

此処5日間で大体爆豪の性格は直せないほどにひねくれているのを痛感しているジーニストは、やれやれと肩を竦めた





◇◇◇ ◇◇◇







「貴方、ヒーローだからってこんな所にいていいの?」

パトロール中に何度目かの言葉をもらった。学生だから心配してくれているのかもしれないけれど、度々声を掛けられては家にいた方が良いんじゃないのかと言われる

何個か離れた地域での犯罪だけれど、その犯行地域は定まっていない。此処で起こってもおかしくない、と誰もが思っているのだ



「私の娘なんて金髪だけど心配だからって家から出れてないのよ」
「私、白髪しらがだけど大丈夫かしら?狙われてる子はみんな若い子みたいだけど…」
「ねぇ、聞いた?この2日間だけで髪染めがスゴい売れてるらしいよ?」

ちらほら聞こえる声の話題はやはり事件について。日中だからか人通りはいつもとあまり変わらないけれど、日が暮れ始めた頃にはすっかり女性の姿は少なくなっていた



「おぉ、ファイターじゃないか。見回りご苦労さん」

警棒を持った1人の警官がやってきた。その警官とは顔見知りなのか、ファイターさんもにこやかに反応している。と、警官は私の方にも歩み寄ってきた



「話は聞いているよ。雄英の職場体験だよね?君もご苦労さん。体育祭見たよ」

手を差し出されたから反射的に私も手を差し出して握手を交わした



「例の事件でそちらも見回りですか?」

「あぁ。実はまだ報道されていないが…隣町で日中に2人被害者が出たんだ」

その言葉に狙ってもないのにファイターさんと私の驚きの声が被った。すぐさましーっと静かにする様に警官は人差し指を当てて、小声で続ける



「通報があってな。公園の公衆トイレで1人、林の中の神社境内で1人…どちらも人気のない場所だ。防犯カメラも取り付けられていなかったから、犯人を特定する事も出来なかった」

ファイターさんが恐る恐る被害者の2人の安否を聞くが、警官は口には出さないものの、首を横に振った。その仕草で分かりたくなくても理解した


「その被害者の2人の特徴もまた白髪はくはつで髪も長かった事で、最近起きている連続殺人事件の関係性が認められて、特徴と合致する女性を中心に呼び掛けをしていたんだ」

私にも声を掛けようとしたら、スーツ姿でファイターさんと一緒にいたから職場体験生だという事に気付いたのだと警官は続けるが、それよりも今日の日中に更に犠牲者が増えていた事実に頭がいっぱいになった

時間帯までは見ていなかったけれど、まさか日中に…
今日は曇りでも雨でもなく快晴だったのに、そんな明るい時間帯に堂々と犯行に及んだっていうの?



「目撃者もいない所からして、多分そういった犯行にも慣れた人間なんだろう。数人ともなると…いよいよヴィラン連合との関係性も浮上してきたと上は騒ぎ出してる」

ヴィラン連合…
確か雄英のみんなが被害に遭ったっていうUSJ事件を引き起こした犯罪組織だったっけ。オールマイトさんも苦戦したっていう脳無もいた組織…

私はその時いなかったから、ヴィラン連合と言われてもピンと来ない。でも確か、ヒーロー殺しもヴィラン連合と関係してるかもしれないってニュースで言ってた気がする



「君も十分気を付けるんだよ。今までの犠牲者はみんな一般人だが、ヒーローが狙われない保証にはならないからね」

警官は私の肩をポンポンと軽く叩き、ファイターさんに敬礼すると、再び見回りする為に立ち去っていった



「これで7人か…思った以上に被害が大きくなってるな…」

だんだん昼間ファイターさんが言っていた事に真実味が増してきた気がする。虱潰しに地域を転々とし、特徴に合う女性を殺している。不謹慎だが、今日の犠牲者のどちらかが元々狙っていた人物なら、この不可解な事件は多分終わる

でも…全くそんな気がしないのは何でだろうか…


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