成長






『ディーノさん…ちょっと…休ませて下さい…』
「おぉ、そうだな。少し休むか」

何時間経ったか分からない。夢中で修行していたら気持ちよりも先に身体が悲鳴を上げ始めた

ディーノさんといえば、戦いに関してど素人な私にそれなりに優しくしてくれているんだろう。全然呼吸も乱れてないし、疲れてもなさそうだ。さすがボス…

ぶっ通しで修行して、最早身体は傷だらけ。私的にはかなり疲れた。怪我をした私に、ディーノさんの部下のロマーリオさんが手当てしてくれた


『あのッ…ありがとうございます。ロマーリオさん』
「礼なんていいですよ。こっちはいつもボスの手当てしてんだから」

ロマーリオさんは私の腕に包帯を巻きながら、可笑しそうに笑った。やっぱり、強い人でも怪我するんだなぁ。当たり前か



「沙羅は大したもんだな。初修行だってのにそんくらいの怪我で済んで」
『あれ、ディーノさん…何処に行ってたんですか?』

ディーノさんは邸の中から水の入ったペットボトルを3本持ってやってきた。というかいつの間に邸の中に?

さっきまで一緒にいたのに…
さすが、ファミリーのボス
静かな行動力だ…




「喉渇いたと思ってな、水貰いに行ってきたんだ。ロマーリオも飲めよ」

手に持っていたペットボトルを1つ、ロマーリオさんに投げ渡した。部下への心配りもさすがだ



「ん?何だよ、何か顔に付いてるか?」
『ぇッ…いえ、そうじゃないんですけど…』

気付かない内にディーノさんを凝視してしまっていたから、慌てて目を逸らした。本人は首を傾げているけれど、ロマーリオさんはそんな私の様子に微笑んでいる



「調子はどうだ?沙羅」
『あ、リボーン』

背後からリボーンがやってきた。隣であたしを見上げながらリボーンは尋ねてきた



「今の所、使いやすい武器はあったのか?」

『今の所は全部使いやすいよ。相性も良いみたいだし。弾を撃つ反動で若干まだ腕は痛いけど』

1つ持っていた銃を見せ、弾を込めて発砲までの一連の流れを見せると、リボーンは何処か安心した様な笑みで返してくれた



「ディーノ。お前から見た沙羅の修行はどうなんだ?」

「俺からか?そうだな…一緒に修行した限りじゃ、体力や運動神経は良い方だ。しかも教えた事もすぐ実践出来てる。修行は順調…だと思うんだが…」

「何か気に掛かる事でもあるのか?」

急に難しそうな顔で言葉の間を空けたディーノさん。視線は私に向けられる

修行中に何かしてしまったのか…




「修行中に沙羅の額から虹色の炎が燃えたり消えたりしてたんだが…気のせいか?」

『えッ!?わッ…私の頭燃えてました!?』

咄嗟に額を抑えてるが、ディーノさんは手を左右に振って苦笑した



「そういう意味じゃねーんだ。強いていえばT世プリーモに似てるっつーか…」

ディーノさんはあたしからリボーンに視線を送りながら言った


T世プリーモって…初代ボンゴレファミリーのボスの人だよね?』
「あぁ」

T世プリーモの事は簡単に9代目から教えてもらった事がある。仲間思いで名誉や富よりも人々の平和を優先する人格者であったと誇らしく教えてくれたのを覚えてる



「やっぱり気のせいだったか?」
「いや、案外気のせいじゃねーかもな」

リボーンが笑みを浮かべながら言った言葉に私とディーノさんはほぼ同時に首を傾げた



「どういう意味だよ?」

「9代目から聞いたんだ。初代虹の守護者であるクレアは、T世プリーモと幼馴染みだったらしい。当時、T世プリーモがボンゴレファミリーを結成させる時も一緒にいたいが為に、自ら危険な世界に足を踏み込んだんだ」

『クレアさんが?』

自らこんな危険なマフィアの世界に…
それほどに大切な人なのだろうか。クレアさんにとってT世プリーモは…




「その後、守護者として強くなる為にT世プリーモと共に力を付けていった…っていう話だ」

伝説でしか語られていなかったクレアさんの事を何故9代目はそこまで詳しく知っているのか疑問だったが、それは恐らくボスとして知っていなければならない事だったんだろう。ボンゴレを創り出したT世プリーモの傍にはどんな人がいて、どんな力を持っていたのか…



「共にって…じゃあその時にT世プリーモと同じ様に炎を灯して戦う技を身に付けた…っていうのか?」

「恐らくな。沙羅がもし額に炎を灯したとしても、初代虹の守護者…クレアの力が宿っている以上、おかしくない事だ」

思わず自身の額に触れた。やっぱり私にもクレアさんと同じ虹の力が…



「意識はしてるのか?」
『いえ…自分も分からないです。此処に炎が灯っていたなんて信じられません…』

ディーノさんに尋ねられるも、首を横に振った。ディーノさんの動きに着いていくので精一杯の中で額に炎って…



「沙羅、少し意識してみろ」
『え?』

唐突のリボーンの提案。武器を通してよりも、直接死ぬ気の炎を使えるようになった方が戦闘力も上がるとリボーンは続けて言う



「それに遅かれ早かれ、虹の守護者としてはクレアと同等に戦えるまでに成長しなきゃなんねー」

伝説って肩書きを今度はお前が背負うんだからな、と言われて表情が強張った。自分自身の擦り傷だらけの両手を見下ろす

ただの守護者じゃない…
伝説なんて云われている守護者。私が此処でだらだらして、9代目の顔に泥を塗る様な事になってはいけない



『そう…だよね。うん、やってみるよ』
「沙羅の死ぬ気か。早く見てみたいもんだな」

「呑気に言ってんじゃねーぞ、ディーノ。沙羅が死ぬ気になるのに、お前もボチボチ本気出せ」
『ま、まだもう少しの間はお手柔らかにお願いします…』

今ので精一杯なのに本気を出されたらどうなるか…
何故か楽しそうに笑うディーノに沙羅は冷や汗を流した。そして、そうこう話をしている間にも時間は過ぎ、再び2人は修行を始めた

屋敷の屋根を上で、その光景を見つめる黒い影があることも知らずに…








◆◆◆〔1年後〕◆◆◆








沙羅の家庭教師をして早くも1年が経とうとしていた。本当に、月が経つのは早い

沙羅は1年前まで微かにしか出せていなかった死ぬ気の炎を操れる様になっていた。あの幼さでまさかそこまで成長するとは思ってもいなかった俺は心底驚いた。毎日毎日1人で休まず修行していたからだろうが、その成果が発揮されてきている証拠だ



『ディーノさん!今日も修行お願いします!』

俺を見つけるや否や、駆け寄って来ては修行を頼んでくる沙羅。身体は前回の修行でボロボロの筈なのだが、そんな事お構いなしに沙羅は意気揚々とやってくる

沙羅の顔や手に増えていく傷を見る度に、休む事も修行の1つだという事を教えるべきだったと度々後悔する



「お前、まだ前回の修行で出来た傷が治ってないんだろ?無理するなって」

『無理に修行はしていません!早く強くなりたいんです!みんなの役に立ちたいですし…その為ならいくらでも修行します!』

そう言って、毎回沙羅の赤と金の2つの瞳は俺を真っ直ぐ見つめる。俺はいつしか沙羅の真っ直ぐな瞳が好きになっていた。迷いもなく、ただ純粋に仲間を守りたいと望んでいる瞳

その瞳を見ると、良い弟子が出来たなと改めて実感する一方で無茶する弟子に育ってしまったと痛感させられる




「沙羅、俺の事はディーノで良いんだぞ?あと敬語もなしだ」

俺の言葉に沙羅は驚いた様に目を丸くさせると、首を左右に振って苦笑した



『そんな恐れ多いですよ。あたしはディーノさんの弟子ですし…』

「もう1年も一緒に修行してる仲だ。年齢差なんて気にすんな。そっちの方が俺も嬉しいしさ」

『そッ…そうですか、分かりました。ディ…ディーノ』
「おぉ、その調子」

呼び捨てで呼ぶのが恥ずかしいのか、顔を赤くしながら覚束なく自分の名を呼ぶ沙羅は妹の様に可愛らしくて和む



『改めて修行頼みます!』

「Σいや、やるのかよ!まぁ…やるけどな、沙羅。あんまし無理すんなよ?教えてなかっただけで、休む事も修行の1つなんだからな」

『うん、分かってます!』

本当に分かっているのか心配になるほど即答な返事だったが、笑顔で頷くその表情を見た俺の方が結局折れた。隣でうきうきしながら歩く沙羅を見下ろすが、やっぱり雰囲気は12歳の女の子だ

修行中はあんなに怖い顔になるのにな、と1年を通して知った沙羅の別の顔を思い出しながら苦笑した







◆◆◆ ◆◆◆







「いててッ…今日は気合い入れすぎたな」

沙羅を自室へ戻らせて、俺は屋敷の通路を服に着いた砂埃を叩きながら歩いていた

まだやれると意気込んではいたものの、沙羅もいつも以上に気合いを入れすぎたのか、修行の終盤に入ってから疲れが表に出ていた。だから今日は早めに修行を終わらせたんだが…


「それにしても、ホントに強くなったよな…」




「おい、ディーノ」
「うおッ!?なッ…何だ、リボーンか。驚かすなよ」

「お前が勝手にビビっただけだろ」

背後から突然名を呼ばれ、ビクッと情けないほどに身体が反応しちまった。声の主はリボーン。振り返らばいつもの様にニヒルな笑みを浮かべて見上げている



「どうだ?沙羅の様子は」

「え?あぁ…武器も使いこなせる様になってきてる。技のコントロールも順調だ。そろそろ実戦させても良いと思ってんだが」

「そうか」
「だが、ハイパー化の方はまだ炎のコントロールが上手く出来ないらしい。死ぬ気の炎を意志的に出せる様になっただけでもすげーがな」

沙羅の成長ぶりにリボーンは満足気に笑っている。他人事で口元を緩ますタイプではないと思っていたが、沙羅に対しては違うのか…

まぁ、リボーンは沙羅の親友だから自分の事の様に嬉しくなるのも当然か



「いずれかはお前を超すかもな」
「ならないと言いきれないから怖ぇよ、本当に。そうならないようにしないとな」

沙羅の急成長ぶりには俺も驚いている。伝説といえど、あの年頃の女の子に越されるとなると、俺自身色々ヤバい…と心の中で苦笑していると、リボーンは急に真面目な顔をして口を開いた




「もう暫くしたら、俺は日本へ発つ」


/Tamachan/novel/3/?index=1