望み





目覚めて、目の前の見慣れない天井に一瞬驚いたが、すぐに思い出した。私は昨日日本に来て、沢田くんの家に泊まらせてもらっているんだったと…

目に止まった寝具の近くにある場違いな銃を見て苦笑してしまった。平和である日本に来ても、癖は治らない



『これ置いておかないと安心出来ないのは仕方ないよね…』

時計を見ると、午前5時。静まり返っている室内は少し薄暗い。夢なんて全く見なかったおかげなのか、こんな早くに起きてもダルさはなかった。リボーンから昨日言い渡された奈々さんの手伝い…時間は8時からだけれど、目が冴えてしまってはもう眠れない

とりあえず静かに階段を降りていく…と、何やらキッチンから物音が聞こえた





『ぁ…』
「あら、沙羅ちゃん。おはよう」

人影がいると思えば、電気が点いた瞬間に奈々さんだと気付いた。眠そうにしていないし、もう既に服も着替えてエプロンまでしている



『奈々さん…早いんですね』
「みんなが起きる前に朝ご飯とか用意しないとね。沙羅ちゃんも早いわね?あまり眠れなかった?」

『いえ…そういう訳じゃないです』
「まだみんな寝てるから、沙羅ちゃんもまだ寝てて良いのよ?」

優しく笑って言った奈々さんは私に背を向けて、朝ご飯の用意をし始めた。確か今日は奈々さんの手伝いをしてほしいってリボーンが言ってたな…





『奈々さん、手伝っても良いですか?』

近付いてお願いすると、奈々さんは優しく微笑んだまま首を左右に振った



「良いのよ、沙羅ちゃん。お客様なんだから」
『いえ、手伝わせて下さい』

顔を洗ってくるので待っていて下さい、と一言告げて足早に洗面所へ向かった






◆◆◆ ◆◆◆






「沙羅ちゃんは手際が良いわね。助かっちゃうわ」
『そんな事ないですよ』

髪を結ってエプロンまで貸してもらい、卵焼きを作っている私の隣でお味噌汁を作りながら笑う奈々さん。たまにルッスに教わっている料理がこんな所で役に立つとは…なんて思っていると、不意に奈々さんが味見皿を差し出してきた



「沙羅ちゃん、こんな感じでどうかしら?」

火を止めて差し出された味見皿を受け取ろうとした時…






「沙羅ちゃん、味見してくれる?」

『ぁ…』
「沙羅ちゃん?」

ハッと我に返り、何でもないですと慌てて味見皿を受け取った。奈々さんが作ったお味噌汁は本当に美味しくて、素直に笑ってそれを伝えた。奈々さんの嬉しそうにはにかんだ笑顔…

一瞬でも思い出してしまった…お母さんの顔…
小さく首を振って誤魔化すが、それからのご飯の支度の間、お母さんが生きてたらこうやってご飯を作る事があったかもしれない…なんて叶う筈のない理想事を奈々さんをお母さんと重ねながら思ってしまった






◆◆◆ ◆◆◆






「あ、おはようございます。霧恵さん」
『おはようございます』

「あら、つー君。今日は早いわね?」
「あ…いや、たまにはね」

リボーンに昨夜あんな言われ方をされて、余計に寝れなかったツナは苦笑しながら机に座った



『沢田君、これ』
「え?」

沙羅がツナの目の前に水の入ったグラスを置いた


「これ…」
『朝起きてから1杯の水を飲むのは健康に良いってルッスーリアが教えてくれたんです。だからどうぞ』

毒は入ってないので心配しないで下さい、と悪戯に微笑してキッチンに戻っていく沙羅を見て、ツナは心の中で笑えねぇ…と思いつつ、恐る恐る水を1口飲んだ



「沙羅ちゃんはパンとお米どっちが良いかしら?」
『あんまりお米食べた事ないので、食べてみたいです』

不意に母親と沙羅の後ろ姿を見ながら、頬杖をついた



「梅干しとか食べてみる?自家製だけど、結構美味しく出来たんだけど」
『良いんですか?是非食べたいです』


こう見ると…普通の女の子なんだけどな…
楽しそうに2人が話す光景に少しばかりか口角の筋肉が緩んだ。実際にあの場で見たヴァリアーとしての沙羅と今目の前にいる沙羅は真反対と言っていい程に雰囲気が違う

何で暗殺部隊なんて物騒な所にいるのだろうかなんて疑問は昨日の話を聞いた後じゃ愚問だという事はツナ自身分かっている。最早沙羅にとって自身の命は二の次であり、9代目に対しての絶対的な忠誠心は寒気がする程である

今この時でも…
沙羅は9代目から命令さえされれば…死ぬ…


「俺には考えられないなぁ…」

ボソッと呟いた言葉なんて沙羅に聞こえる訳もなく、次に並べられた美味しそうな朝食に気はそっちに逸れたのだった






◆◆◆ ◆◆◆





「ちゃおっス」
『あ、おはよう。リボーン』

あの後、みんなそれぞれ起きてきて朝食を済ませ、今は食器洗いの最中。横からリボーンが話し掛けてきて、チラッと横目で見ると、彼は珍しくパジャマ姿だった



『リボーンのパジャマ姿、久しぶりに見たかも』

思わずクスッと笑ってしまった。何年か前のまだボンゴレに来て日が浅かった頃、不安で寝れなかった時に一緒に寝てくれた時も同じパジャマを着ていた



『相変わらず可愛いね』
「男に可愛いは禁句だぞ」

『えー、満更でもないくせに』

リボーンの分のご飯運ぶね、と皿洗いを終えて朝食を机に運ぶ。リボーンも机の定位置に座って用意された朝食に手を付け始め、とりあえず私は隣に座った



「ママンはどうしたんだ?」
『奈々さんは回覧板届けに行ったよ。ビアンキさん達もそれぞれ用があるって言って行っちゃった』

コーヒーを煎れながら答えた。エスプレッソって美味しいのかな…なんて飲んだ事ない私が知る訳ない事を何となく思っていると、視線を感じる。コーヒーポットを置いてリボーンを見ると、もぐもぐしながら私を見ている



『どうかした?』
「今のお前のエプロン姿をヴァリアーの奴らに見せたら、どんな反応すんだろうなと思ってな」

『え…へ、変?』
「逆だぞ」

煎れたエスプレッソを1口飲むと、リボーンは口角を上げた



「似合ってるぞ」

思わぬ言葉に硬直し、次には顔がみるみる熱くなり、思わずリボーンから目を逸らした


『そ、そう…かな…』

まさか服装を褒められただけでこんなに恥ずかしくなるとは私も予想外だった。確かにエプロンなんて着けた事ないし、料理するのに無意識下で着けてたから似合うかどうかなんて気にしてなかった



『朝から早く起きて…誰かの為に朝ご飯なんて作った事ないから…何か朝から新鮮だよ』

「そっちでは作らねぇのか?」

『ほとんどルッスか部下が作ってるかな。任務が夜からだから、朝は報告とか諸々で忙しくて』

たまにルッスから教えてもらうくらい、と話すと、お互いに忙しいんだなとリボーンは変わらず笑って言った。それにしても平和だ。慣れない…なんて言ったら贅沢かもしれないけれど…




「慣れない環境で落ち着かねぇだろ」

頬杖をしながら何ともない目の前ののんびりした光景をボーッと眺めている中でリボーンが的確に言い当てるものだから、ズルっと頬杖していた顎が落ちた


『簡単にその場で言い当てるのやめてよ』
「平和ボケがいるくらいの日本だぞ。イタリアから来た昨日の今日で馴染む訳ねぇだろ」

今だって持ってんだろ?、と問われ、ギクッと図星を突かれた。お察しの通りでお腹側のベルトの内側に忍ばせてる


『日本でバレたら銃刀法だっけ?捕まっちゃうよね』
「お前の気持ちは分かるから気にするな」

バレなきゃ良いだろ、とニヒルに笑ってまたコーヒーを飲むリボーンに私も確かに、と一緒に笑ってしまった



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