雷と嵐と雨






夜、屋敷の入り口で準備を整えているレヴィに声を掛けた



「沙羅か、何の用だ?」

『今日は雷だって聞いたから。でも…時間的に早すぎない?』
「何を言う。早く戦場に行き、ボスに俺のやる気を見てもらうのだ」

だとしても早すぎる気がする。争奪戦の開始時間までおよそ2時間くらいはあるのに。レヴィがXANXUSに周りが引く程に忠誠心を向けているのは前から知っているから今更驚きはしないけれど


『無事に帰ってきてね』
「失態は犯さない」

では行ってくる、と扉に取っ手を掛けながら言ったレヴィに小さく手を振ると、予想外にレヴィは覚束なくも同じく振り返してくれた




「俺の時もそうやってお見送りしてくれよ」

後ろから抱き着かれて思わずへぁ!?、と何とも情けない声を上げてしまった。少し首を振り向かせると、私の肩にベルが顔を乗せていつもの愉快そうな笑みを浮かべていた



『びびびっくりした…』
「キョドりすぎだって」

ベルは前から…というか入団した当時からスキンシップが激しい。特に嫌な訳でもないから拒否しないでいたらこうなっていた

とりあえずはレヴィを見送って、あとは無事戻ってくるのを待つだけなのだが…


「心配?」
『そりゃあ…ね。知らない所でみんなが戦ってる訳だし』

知らない所で…殺し合いをしている…
一昨日、争奪戦が行われると聞かされた時にXANXUSから聞かされた私が争奪戦に加われない理由。あたしが既に9代目から虹の守護者としてのリングも立場も継承していたからだ

ヴァリアーの雲の守護者という立場は、あくまで私が此処にいる理由なだけで、正式なモノではない。だから私は部外者扱いなのだ



『今回ばっかりは全然予想がつかないや』
「なぁに言ってんだよ。俺達が勝つに決まってんじゃん?」

抱き着く手を離して、頭を軽く撫でられた。私を元気付ける為に言ってくれていると分かっているから、笑顔で頷いたけれど、心の何処かでは罪悪感が滲み続けていた

今の私は…9代目を裏切っている事になるのだろうかと…





◆◆◆ ◆◆◆





帰って来たレヴィはほぼ無傷だった

レヴィがとどめを刺そうとした時、ボンゴレ側の雷の守護者であるランボ君を助ける為に沢田君が戦いに乱入。妨害行為としてボンゴレ側は失格負けに…

結果、ヴァリアーに雷と大空のリングが手に入ったらしい。自分のリスクよりも仲間の方が大事という事だろうか。聞いている限りじゃ、沢田君は何処か9代目に似ているように思えた

そして次の対戦は嵐、ベルだった。属性からして、激しい戦いになる気がした。ベルは余裕そうな表情で楽しみと口にしていたが、その場に居合わせない私はやはり心配になる



『ベル、頑張ってね』
「本当は沙羅も来てくれたら嬉しいんだけどね」

『ご、ごめんね。私此処でしか応援出来ないから…』

応援になっているのかも定かではないけれど、ベルはいつもの様に歯を見せて笑っている



「応援してくれるなら、何処にいたって関係ねぇよ。王子はぜってぇ負けねぇから、待っといて」

『うん…待ってる』

不安が残るまま次の日の夜。ベルは変わらず笑顔を浮かべて、みんなと一緒に屋敷を出て行った

みんなの戦闘能力や暗殺の技術は間近で見てきたつもりだ。一流の暗殺者として活動してきただけあり、一般人との戦いで負ける訳がないと思うけれど、晴の戦いの時の事を思い出すとやはり心配になる



『ぁ…』

そんな悶々と1人で考えながら進んでいると、ある部屋に突き当たり、足を止めて見上げて思わず息が詰まった

そこはXANXUSの部屋だ。思えばXANXUSはいつもみんなの争奪戦の様子を見に行こうとしない。いや、そんなおかしい事じゃないのか。XANXUSはそういう人だということは前々から分かりきっていた事だし、みんなだってそれは承知の上で…






「XANXUSの前で9代目の話をするな」

これは入隊してからスクアーロやベルから念を押されていた事だ。多分今までずっと9代目の元にいたから、私は平気で話題に出してしまうだろうと思っての言葉だとは思っていたけれど…

そもそも何で?
9代目とXANXUSは親子なんでしょ?
親子なのに何でそこまで遠ざける意味があるの?

親子なら…こんな力任せな事しなくても…


何個もの何でが浮かんでくる。そういえば…9代目の話題を出してはいけない事しか言われてなくて、それが何故なのかは聞かされていなかった。謎に思えば思う程、気になってくる

今は丁度止める人もいない…

少し震える手でノックする。が、反応はない。みんなと一緒に出て行っていない所からして部屋にはいる筈なのだが…

悪いと思いつつも恐る恐る部屋の扉を開けた。やはり本人に聞くのが一番手っ取り早い。聞いてはいけない事だけど、聞かずにはいられなかった




『ねぇ、XANXUS』
「何だ」

いつもの様に椅子に腰掛けて目を伏せたまま返事を返したXANXUS。一先ず近くまで行き、少し間を空けて重い口を開いた



『何で…こんな争奪戦始めたの?』
「ボンゴレのボスの座を奪う為だ」

聞いていなかった争奪戦の目的。ボンゴレの守護者及びボスの後継者を決定する為の戦い。聞いたら聞いたでおかしな話な気もする

順当に考えれば、普通後継者は身内から出す筈だ。家光さんの息子さんである沢田君よりも9代目の息子であるXANXUSに自然と後継権は与えられる筈ではないのだろうか

こんな戦い…そもそも必要あるのだろうか…




『こ、こんな戦いじゃなくて…9代目と話す方法じゃダメなの?』
「どういう意味だ」

ヴァリアーで過ごしている間に理解した不機嫌の表れである低い声だ。それだけでなく、彼は伏せていた目を開け、鋭く私を睨んでいる

その反応だけで、もう9代目とXANXUSの間には何かがある事は察した。張り詰めている雰囲気に負けじと思った事を話す



『XANXUSも、その…力だけじゃなくて9代目に決意とか意志とか…リングなんて形でなくても気持ちを伝えたらッ…』
「黙れ」

言葉を遮られた。彼は椅子から立ち上がり、睨み付けたまま目の前まで歩み寄ってくる。身体が…動かないッ…

自分を射抜くXANXUSの瞳は怒りで赤く染まっている中に、何処か恨みの念も篭っている様に見てた



『何で…9代目を拒絶するの?』

XANXUSは何も答えずただ私を睨み下ろす。正直何で9代目を拒絶するのかが分からない。あんなに人を信じてくれる人はそういない

過去に何かあったのか

過去ッ…
9代目との…



『過去に…何かあったの?』
「お前に話す事じゃねぇ」

『それって…私が9代目の元にいたから?いたから話せないの?』

意味分かんないよ
言えない様な過去だったの?
あの9代目を恨む様になってしまった過去って…何?

私からすれば9代目は命の恩人である。あんな優しい瞳も雰囲気も初めてで、家光さん達からの不満も聞いた事がないくらいだ。寧ろ優しすぎる所に少しだけ危うさがあると言われる程に優しさの塊の様な人だ

そんな人に背を向けて、拒み続けるXANXUSの気持ちも考えも私には分からない




『9代目程、人の事を分かってくれる人なんてッ…』
「沙羅」

ピリピリしている状況に耐えられずに視線を下に逃がしたまま言い足りない言葉を吐こうとしたが、止められた。そのドスの効いた声にビクッと身体は素直に反応し、反射的にXANXUSへ視線を戻してしまった



「それ以上老いぼれの事を口にしやがったら、お前でも許さねぇ」

瞳が揺れる。怖い…怖いッ…けど…
9代目は悪い人じゃないって…伝えたいッ…



『9代目はッ…』
ドンッ!

呼び名しか言っていないのに、口にした直後に胸倉を掴まれて、背後の壁に押し付けられた

体格差がかなりあるからか、XANXUSは軽々と私の胸倉を片手で掴み、勢い良く壁に叩き付けた。咳き込むが、肝心の声が出ない



「言った筈だ。それ以上老いぼれの事を口にしたら許さねぇと」

『なッ…何でよ…』

ただ尋ねたいだけなのに…
ただ何があったのか聞きたいだけなのにッ…



『力じゃなくてッ…ちゃんと言葉で言ってよ!』

そこまで拒否られると若干私も苛立ってくる。その苛立ちが怖さを上回った瞬間に掴まれている胸倉を逆に掴んで怒鳴った



『分かッ…んないよ!力でねじ伏せられても納得出来ないッ…!』

胸倉を掴まれたままだから息苦しいけれど訴えた後、少しの沈黙。無言の睨み合いをしていると、XANXUSは空いている片手で懐から銃を取り出し、私の鳩尾みぞおちに銃口を当てた



「てめぇは老いぼれの所で何を見てきたんだ?」
『ぇ…』

尋ね事の意味が分からず、眉を寄せる。だが、XANXUSは尚銃口を押し付けながら問い質してくる



「さっき、老いぼれ程、人の事を分かってくれる奴はいねぇと言っていたな」

確かに言った。だって…それは私自身が経験している事だったから。あそこで出逢って、誰かも分からぬ血塗れのあたしを躊躇なく拾ってくれた。信じてくれた。あの優しさに…私は救われたのだ

だからXANXUSが9代目に背を向ける意味が分からないからこうなっている



『私はただッ…』
「俺は老いぼれに裏切られた」

思わず息が止まる。裏切られた…?

ここまでしても知ろうとするその度胸を認めて教えてやる、とXANXUSは続けて語り始めた。9代目を拒絶するきっかけになった過去を…

幼少時代から最後に9代目に氷漬けにされた事まで彼は話し続けるが、私は黙って聞く事しか出来なかった。さっきみたいに反論する事も出来ない

それは多分…私の知らない9代目を知ってしまった瞬間だったからだ。息子と信じて、ボンゴレボスを継承するつもりだったのに、実際は義理の息子で血縁関係は存在しない。だから継承出来ない。ボスになれない

何故事実を隠して育てたのか
何故その場で受け入れずに突き放さなかったのか

信じて…裏切られたッ…



「てめぇが老いぼれをどれほど信頼してるか知らねぇが、俺にとってあいつは復讐対象でしかねぇ」

XANXUSはそう言うと漸く銃を下ろして、胸倉から手を離した。乱れた襟元を直して、椅子に再び腰掛けるXANXUSの姿を呆然と見つめる



「これ以上この件を詮索するな。疑問を持つな。お前は戦いが終わるまで大人しくしてろ」

『大人しくって…でも私はッ…!』
「沙羅」

椅子に近寄って訴えようとしたが、XANXUSはまたあの目付きで睨み上げてきた



「2度は言わねぇ」

重い圧がのしかかった様に息苦しくなった。これは威圧ではなく、殺気だ。初めて会った…私を試した時とは比べ物にならない突き刺さる様な殺気

ぐっと口を噤んで、腑に落ちないものの、足早に部屋から出て行った。出て行った勢いでXANXUSの部屋が死角で隠れた途端に膝からへたり込んでしまった。バクバクと鼓動は激しいままで全く治まらない


9代目も好きでそんな事をした訳じゃない
被害が拡大して犠牲者が増えていくのを考えると、ボスとして殺すしかない。けれど、殺さずに氷漬けという決断をしたのはきっと9代目は…XANXUSを大切に思っていたからだ。きっと本当の息子として育てていた筈だ

でも…その言葉で言い返せなかったのは……XANXUSの気持ちも分かってしまったからだ。信じた後に裏切られた絶望も失望も恨みも…私は知っている



「俺にとってあいつは復讐対象でしかねぇ」

あの目…
何か嫌な予感がする…




「ゔおぉおいッ!沙羅はいねぇのかぁ!?」

スクアーロの大声が聞こえ、慌てて立ち上がって出入り口へ向かった。そこにはまた傷だらけの仲間の姿があった



『ぇ…ベル!?』

モスカに担がれた血まみれのベルの姿が飛び込んできて、急いで駆け寄った。ボロボロでぐったりしている彼の首を見ると、完璧な状態のボンゴレリングが掛けられていた



「途中で狂変したんだよ」
『狂変って…そんなに血流したの?』

「見た通りさ。まぁ、本人は満足だろうさ」

ベルは血を見ると少し…というよりかなりハイになってしまう性質があるのは知っていた。でもいくら本人が満足でも…こんな姿見たくなかった




「沙羅?」

スクアーロが頭に手を置いてきて、我に返った



「どうした、顔色悪ぃぞ?」
『ぇ…そ、そうかな…』

「XANXUSに何か言われたのか?」

ドクンッ、と鼓動が重く鳴った。でも私は顔に出さない様にして笑顔で何もないよ、と首を横に振った





◆◆◆ ◆◆◆





ベルは包帯を身体中に巻く重症ではあったものの、命に別状はなかった。病室のベッドで寝かせたベルの顔は静かに寝入っている様で、規則正しい寝息が聞こえた


『お疲れ様…』

ベルの頭を撫でながらポツリと呟いた。安堵した矢先、明日の争奪戦の事が頭を過ぎる。明日は確か…雨戦

スクアーロは剣帝を倒したほどだし、手合わせしてもらってる感じでもかなり強い。大丈夫だと思いたい…けど…








「あ?どした?」

結局怖くなって部屋まで来てしまった。ベルの治療をした後だったから、夜更けになってしまったが、部屋をノックしたらスクアーロはすぐ出て来てくれた



『明日って聞いたから…』
「あぁ、それか。確かにそうだが、お前が何でそんな顔してんだよ」

今の所無事に帰ってきたのはレヴィのみ。ルッスとベルは怪我をして帰ってきた。スクアーロも…もしかしたら…




『知らない所でみんなが怪我して帰ってくるのは辛い…だから、絶対無事に帰ってきて!リングなんて良いから!絶対生きて帰ってきて!』

つい声を上げてしまった。スクアーロは目を丸くさせて呆気に取られた様に固まっていたが、小さく吹き出して笑った



「これで頷いたら、きっとボスにキレられんだろうな」
『XANXUSに何かされそうになったら、私が止めるから!だからッ…』

また頭に手を置かれて話す言葉を止められた。不満な気持ちである私とは打って変わって、スクアーロは得意気に笑顔を浮かべている



「俺を誰だ思ってんだぁ?勝って、リングもモノにしてくるに決まってんだろ!お前は期待して待ってろ!」

返事は!?、と言われた勢いで慌てて待ってる!と返すと、スクアーロは満足気を浮かべた

きっと…大丈夫だよね…






◆◆◆ ◆◆◆






次の日の夜。目覚めたベルも加わって、みんなは低から出て行った。そして、見送ってから、早数時間

スクアーロの戦いは終わったのだろうか…

笑顔を向けて堂々と邸を後にしたスクアーロの事だ。きっと勝ったぞって大声でこの扉を開ける筈だとッ…思ってたのに…




『スクアーロは…?』

帰ってきたみんなの中に、スクアーロの姿はなかった。モスカに担がれている訳でもない。私の頭の中に嫌な想像が浮かび上がってきた

本当に信じたくない…想像…

唖然としている私の前までゆっくり飛んで近付いてきたマーモンが言った次の言葉で、頭の中が真っ白になった



「スクアーロは死んだよ」
『ぇ…え?嘘ッ…』

「嘘じゃないよ、沙羅。真実だ」

マーモンが続けて言うには、山本武という沢田君側の雨の守護者に敗れたスクアーロはそのまま放たれた鮫によって…

鮫が鮫に襲われて死んだ…?
全然笑えないんだけど…

受け止められなかった。いや…受け止めたくなかった
あのスクアーロが…?
勝つって言ったじゃん
期待して待ってろって…言ったじゃんッ…


現実を受け止めるにはあまりにも急すぎて、咄嗟に駆け出した。後ろでベルに呼び止められた気がしたが、そんなの気にしていられなかった。涙を堪えていたが、自室に入った瞬間、その場に崩れ落ちて、声を押し殺しながら泣いた


9代目の傍にいた時に体験してない感情が一気に込み上げてきた。昨日まで普通に話していた仲間が死んだ空虚感と絶望感、そして自分自身の無力さ


初めて信じていた、守りたい仲間が死んだ
自分の知らない所で…

やっぱり私は……何も出来ないッ…

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