霧と雲
あ
あ
あ
ベルに付き添われながら部屋に戻って、ベッドに腰掛けた。実際に死を目の当たりにすると、こんなに辛い気持ちになるのかと痛感していた
そうならない為にこうやって守護者になって、戦い方も教わってきたのに…結局仲間だって死ぬ時は死ぬ。XANXUSの言う通りなんだ
「大丈夫かぃ?沙羅」
空中から霧と共に姿を表したのはマーモンだった。目の前まで飛んできたマーモンは顔をゆっくり覗き込んできた
「さっきベルに聞いたよ。全く君は無茶するね」
『ヴァリアーの掟とか分かってたつもりだったんだけど…頭が熱くなって、止まらなくなっちゃった。XANXUSに言われて、私の考え方は…甘いのかなって…今は思ってる』
「そんな事ないよ」
俯き気味になっていた顔を上げて、浮かんでいるマーモンを見る
「僕もベルと同じで自分が良ければそれで良い派の人間だけど、沙羅のそういう所は好きだよ。此処で通用するかどうかはさて置いてね」
マーモンは私の膝に着地すると、あたしの右手を握って続ける
「それに、君はその考え方で9代目に認めてもらったんだろ?」
目に映るのは右手の薬指に嵌められた虹のボンゴレリング。確かに今の考え方で9代目に認めてもらった
覚悟も意志も…
「きっと虹の守護者として間違っていないからリングも授かれたんだ。ヴァリアーの掟はあるけど、君に関しては僕らが強引に入隊させたからね。君のその元々の考え方は変えなくて良いんだ」
完全に取り込まれると虹の守護者として相応しくなくなっちゃうよ?、とマーモンは励ましてくれている様に優しい口調で言ってくれた
『そうだよね…ありがとう、マーモン』
揺らいでちゃダメだよね、と笑うとマーモンも微笑んでいる様に表情を緩めた
『明日はマーモンの番だっけ?争奪戦』
「あぁ。でも相手の方は見た限りじゃ、霧の守護者はいなかった。全く何を考えてるんだかね、リボーンは」
リボーンの名前に反応してしまった。久しく聞いていなかった名前…
『リボーンがいるの?』
「あれ、知らなかったのかぃ?」
『日本に行くっていうのは聞いてたけど…』
そうなると…今現状だと、私はリボーンの敵側になってるって事。身内同士なのに変な感じだけれど…
リボーンは私がヴァリアーにいる事を知っているのだろうか。いや、こうやって争奪戦にも参加させずにいる所を考える私の存在は多分隠されたまま
「沙羅?」
『ぁ…ごめんごめん。捻写試してみるのも良いんじゃない?』
「捻写か…相手も幻術使いだからどうか分からないけど、やってみる価値はあるね。今からして来るよ」
そう霧と共に消えたマーモンの姿を見送って、ベッドに背中から倒れ込み、色々あったせいか、そのまま眠ってしまった
◆◆◆ ◆◆◆
スクアーロがいないとみんなが帰ってきたのか分からない。そこでまた傷心地味な気持ちになるけれど、両頬を強く叩いて気持ちを切り替える。まだ戦いは終わってないのだ。私が勝手に落ち込んでどうする
そろそろいつもならみんなが帰ってきてもいいじかッ…
ガシャァアンッ!
割れ物が大量に割れる音と同時になる衝撃音。慌てて部屋を飛び出して音が飛んできた方へ駆けて行くと、丁度目の前の部屋の扉が吹き飛んだ…というより、モスカが室内から扉へ体当たりした様に見えた
一瞬何が起きたのか分からず立ち尽くしたが、モスカが何かを床に押し付けているのに気付いた。そして、その押さえ付けられているのが何なのか理解した時には、頭の血が一気に引いた
『マーモンッ!』
最早状況反射でモスカに掴み掛かった。銃の台尻で頭を殴り付けるが、モスカは頑丈でビクともしない。が、モスカ自身は目の前の私ではなく、マーモンにしか意識が行ってない様で私に応戦する気配はない
「むぎゅうッ…!」
マーモンの苦しそうな声が聞こえて見ると、マーモンを押さえ付けているモスカの手がギシギシと音を発しながらこのままマーモンを握り潰す勢いで力を込めている
一か八かで銃を取り出して手首の関節部分に数弾撃ち込む。運良くネジ類が緩んだのか、マーモンを掴んでいた手が広がったと同時にハイパー化させてモスカの首を蹴り飛ばした
グルグルと回転しながらモスカの首は廊下の奥まで飛んでいき、胴体だけとなった身体はその場で重い転倒音と共に倒れた
『マーモン!』
急いで解放されたマーモンを抱き上げた。マーモンは息を荒くして冷や汗をどっと流している。殺される恐怖を本能で感じ取っている証拠だった
「何してやがる」
生きている事に安堵する間もなく、部屋の中からXANXUSが出てきた。薄々分かっていたけれど、やはりXANXUSの指示だったのだ。立ち上がって身構える
『XANXUSこそ何してるのッ…』
「そいつは負けを確信して逃げやがった。弱ぇ奴に生きる価値はねぇ」
此処で始末する、とXANXUSは銃を取り出すと、此方に向けてきた。目は酷く冷たく、あの時の目と同じで鋭い。確かにこの世界で弱い者は死ぬ運命かもしれない。それも正しい考え方ではある…けど…
「己を強くするのは決して力ではなく気持ちなんだよ。誰かを大切だと思う気持ちが人を強くするんだ」
9代目の言葉が思い出そうとせずにも過ぎった。リングを授かった時の言葉だ。忘れちゃいけない事だったのに…暗い所ばかり見てて見失いかけた…
あたしはマーモンを抱えながら、持っていた銃のセイフティを解除して、XANXUSに向けた
『マーモンは殺させない』
XANXUSとの睨み合い。不思議と9代目の言葉を思い起こした今はあの時の様な震えはなかった
『あの時は引き金を引けなかったけど、今なら引ける。貴方と相討ちになったとしても、マーモンは殺させない』
「そいつにそこまでする必要が何処にある」
『マーモンは私を仲間だって言ってくれた…だから守るの。他のみんなだって私の仲間、だから貴方がまた殺そうとするなら同じ様に全力で止める』
この意志を譲る気はない、と言い切った。私の根源にあるモノを忘れてはいけない。私は仲間の為に戦う。仲間の為に尽くす。あの時9代目から命を大切にする様に言われたけれど、やっぱり根本的な考え方はそうそう変わらない
私はきっとこれからも仲間の為に命を削っていく選択をしていくだろう。こうやって自然にマーモンを…仲間を守ろうとしている私こそが本当の私だ
「…はッ」
暫くの沈黙の後に銃声が鳴り響くと思って覚悟していたが、予想外にも沈黙を破ったのはXANXUSの笑い声だった
「あそこまで言っても、此処まで現実を突き付けても、てめぇは此方側に染まらねぇんだな」
おもしれぇ、と愉快そうにまた笑うXANXUS。銃を下ろさずにいると、彼の方から銃を下ろした。彼が何故急に行動をやめたのか分からなかったが、一先ず私も銃を下ろす
「命拾いしたな、マーモン。沙羅に感謝するんだな」
そのままXANXUSは口角を上げたまま背を向けて廊下を歩いて行った。遠くなる背中をただ呆然と見つめていると、部屋の中からベルとレヴィが出てきた
「すっげ、沙羅って本気出すとモスカ壊せんだな」
『ぇ…ぁ…2人共いたんだね』
ベルは愉快そうに笑いながら隣までやって来て、レヴィはすぐさま部下を連れてきて、大破したモスカの回収作業に入った。その作業をボーッと見つめながら、不意にマーモンを見ると気を失っていた
「久しぶりに冷や冷やしたよ。夜の事もあったし、もうボスに反抗しないと思ってたけど、やっぱり沙羅はただもんじゃねぇな」
『そんな事ないよ。ただ…身体が動いちゃっただけで…』
マーモンを撫でながら言うと、ベルはふーんと笑顔を崩さずに私の頭を撫でてきた
「マーモンを助けたんだ。高額請求するチャンスだから、絞るだけ絞れば?」
ししし、と気を失っているマーモンの頬をつつきながらそれだけ言って、ベルも廊下を歩いて行った
◆◆◆ ◆◆◆
「おはよう、沙羅。君のおかげで命拾いしたよ。ありがとう」
『何…それッ…』
次の日の朝。マーモンの部屋に向かうと、目を疑った。助かったと思ったのに、マーモンは小さな檻の中に閉じ込められて、鎖まで繋がっていた。まるで鳥籠…
何でそうなったのか聞けば、これも報復なのだという。ヴァリアーの掟がある以上、命が助かったとて他の部下達に示しがつかないという理由でこうなったらしい
『納得出来ない…やっぱりXANXUSにッ…!』
「良いんだ、沙羅」
座っていた椅子から立ち上がって、部屋を出て行こうとしたが呼び止められた
「こんな状態でも生かされているんだから、ヴァリアーの一員としてはそれだけで儲けものさ。それに、また君が同じ事をして無事でいられる保証もないしね」
『そ…そんなの関係ないよ!私はもう揺らがないって決めたの!私の命なんてッ…』
「僕が嫌なんだよ」
檻越しからマーモンは私を見上げてそう言い放った
「言っただろ?僕にとって君はそこら辺の1人なんじゃなくて、仲間なんだよ。僕の為とはいえ…あまり無茶はしないでほしいな」
『…分かったよ…』
腑に落ちないものの、マーモンの言葉で気持ちは落ち着いて、開けかけた扉の取っ手を離して、また椅子に腰掛けた
『次の雲戦って…確かモスカだったよね』
「あぁ、そうだよ。あちらの守護者は僕から見ても動きは悪くなかったけど、心配しなくて大丈夫だと思うよ?」
正直モスカは機械だから、そこまで心配していない。していない筈…なのに…何故か胸騒ぎがする。これはスクアーロの時にも感じたモヤモヤした感覚と似てる
マーモンも疲れているだろうと相談はしなかったものの、モヤモヤは残ったままで部屋を出て行った
自室へ向かっていると、数メートル離れた部屋から数人の部下達がぞろぞろと出てきた。朝から何をしているのか疑問に思ったのもあるが、その部屋は確かモスカの点検場に使われている部屋だった気がする
私が壊してしまったのを修理でもしているのだろうか、とそこまで気に掛る訳ではなかったのだが…何故か足はその部屋へ向かっていた
『暗…窓とかないの?』
初めて入ったけれど、中は朝だと言うのに暗い。何本ものパイプや管が入りくだり、薄暗くて余計足場も悪い。転ばない様に管を伝って歩いていくと、何か硬い鉄の様な壁に行き着いた
『あれ、これって…』
暗闇に目が慣れてきて漸く気付いた。行き着いたのは壁ではなく何か巨大なロボットの様なモノ。見た目と大きさで私が壊したモスカではないのはすぐ分かった
不意に目を上に向けると、頭の部分がガラス張りなっている。まだ未完成なのだろうか。だが、目を凝らして見てみると、中に何か人間の頭部の様なモノが見えた
不信に思い、よじ登って中を覗き込んだ…その瞬間、息が止まった
『9…代目ッ…?』
薄暗い中でもすぐ分かった。ぐったりして俯き気味に縛られている9代目の姿。急なこの状況に着いて行けずに頭痛が襲ってくる。鼓動も速くなる
何ッ…何これ…
次第に両手が震え出したのに気付き、ドンッ!とガラスを叩いて強制的に止める。驚いている場合じゃない。何で此処にいるのか、何で拘束されているのか、謎ばかりだけれど、こんなガラス越しでは9代目の安否も確認出来ない
『9代目ッ!9代目ーッ!』
込められる力で数回叩きながら呼び掛けるが、9代目は俯いたまま微動だにしない。聞こえないだけなのか、気を失っているのか、まさかもう既に死ッ…
「俺にとってあいつは復讐対象でしかねぇ」
『…ッ、死なせないッ!』
ゾクッと寒気と共に最悪の状況が頭を過ぎり、咄嗟にモスカを破壊した時の様にハイパー化してガラスに向かって腕を振り下ろした。が…
バンッ!
背後から頭の真横ギリギリに炎の弾が飛んできた。振り向く前に更に数弾飛んできて咄嗟にモスカから飛び降りた。弾が飛んできた方向を見るとXANXUSが此方に銃口を向けて立っていた
『XANXUSッ…』
言葉が詰まった。暗闇でも分かる鋭く私を射抜いている深紅の瞳
「何してる」
私の行動の目的なんて知ってるくせに敢えて聞いてくるXANXUSに思わずギリッと唇を噛んだ
『何でッ…何でモスカの中に9代目がいるんだ!』
モスカを指差しながらXANXUSに問い質した。XANXUSは無言。周りも雑音は聞こえず、静かで私の声だけが響く
『9代目を拉致して何企んでるの!?』
「てめぇには関係ねぇ事だ」
銃口を向けたままXANXUSは威圧する様に殺気を放つ。けれど、9代目が危険な目に遭うと理解してしまえば、此処で退く訳にはいかない。私もXANXUSと同じ様に銃を取り出した
『マーモンの時にも言ったけど、貴方と相討ちになるとしても仲間を守る意志は譲らない!仲間以前に9代目は私の命の恩人なの!』
そう怒鳴った直後に何故かXANXUSの姿がモヤの様に歪んだ気がしたが、瞬きした後には何ともなくなっている
気のせい…?
「俺は俺の野望の為なら誰がどうなろうが知らねぇ。利用出来るモノは何でも使う」
『だからって9代目にこんな事するのは間違ってる!』
フツフツと湧き出してくる怒りで感情的な声色で怒鳴ってしまった。彼が冷酷なのは十分知ってるし、理解している。だからこそ、このヴァリアーのボスに昇りつめた…でも…だとしてもッ…
1つ呼吸を吐いて、一先ず心を落ち着かせる
『この争奪戦は…今後のボンゴレの為にも必要な事なのかもしれない。それでXANXUSがボスになって、みんなを見返すのも良いかもしれない…けど!それと9代目に手を掛けるのは違う!』
貴方の思い通りにはさせないッ!、と足を踏み込んで一蹴りでXANXUSの目の前まで距離を詰めた。すぐさま銃の台尻で殴り付けるが、腕でガードされ、間髪入れずに炎の灯ったもう片方の拳を振り上げた…が…
「綺麗事ばかり…言ってんじゃねぇ!」
思いっ切り振り下ろした拳は躱し続けていたXANXUSの片手に受け止められてしまい、振り解く前に背負い投げの様にそのまま後方の壁に投げ付けられた
『がッ…!』
暗闇で受け身がまともに取れずに背中から壁に叩き付けられた。衝撃で呼吸が詰まり、床に倒れ込んだ拍子にハイパー化も解けてしまった
「何処まで俺に刃向かうつもりだ」
『うるさいッ!』
咳き込みながらXANXUSを睨み付ける
『あたしはスクアーロの時に本当に後悔してる。何か出来たんじゃないかって…あの時は何も出来なかったけど、今目の前にいる9代目は助けられる!私を救ってくれた人の命は奪わせないッ!』
よろっと立ち上がって、再びハイパー化してそう訴えた。XANXUSは目を細めて、表情を一層険しくさせた
「なら仕方ねぇ」
XANXUSが指を鳴らした。不信感で身構えるが、異様な気配が背後から感じ、振り向いた直後…背後から触手の様な長い管の様な何かが身体中に巻き付いた。腕、腹、足、首をキツく締め上げれ、あっという間に身動き出来なくなった
『こんなのッ…!』
一見容易く振り解けると思っていたが、もがけばもがく程締め付ける力が強くなっていく。しまいには腕すらまともに動けなくなってしまった
「事が終わるまで寝てろ」
『黙ッ…!』
そんな声が頭上から聞こえ、触手からXANXUSに目を向けようと見上げたと同時に腹部に打撃の様な痛みが走り、そのまま意識を手放した