終わりとそれから
あ
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あのリング争奪戦から1週間が過ぎた。その間、ヴァリアーは正式な処分が通告されるまでは謹慎する様に告げられた。この期間内でもXANXUSは目を覚まさない
ルッスやレヴィはもう回復したのに…彼だけはまだ寝たきりだ。さすがのXANXUSでも身体的にも精神的にもダメージを負っているんだろうとは思う
そして同じく通告がまだという事は9代目も未だに目を覚ましていないという事だ
「よぉ、沙羅」
治療室で眠っているXANXUSの心電図をボーッと見つめていると、ベルがやってきた。ベルは1週間も謹慎で暇なのか欠伸をしながら私の隣の椅子に腰掛けた
「今日も付き添い?」
『うん』
「最近暇すぎて王子死にそうなんだよねぇ。今日もこの後遊ばね?」
ベルの遊ぶは戦うという意味。謹慎である以上任務にも行けない訳で、聞けばマーモンは有料でルッスとレヴィとはそもそも遊び相手と思っていないらしい
私も一応身体を
『良いけど…ベルはさ』
「あん?」
『その…処分の内容とか不安にならないの?』
その言葉を言いながらベルに視線を向ける。彼は予想していた笑顔ではなく、真顔でXANXUSの方を見ていた
「別に不安とかはねーよ。それ相応の事はしたし」
言わずもがな、マフィア界での
「あの連中に負けるつもりはそもそもなかったから、考えてなかったってのが本音。まぁ…だからって今更騒がねーし、それもそれで俺だって死ぬ時は死ぬし」
ボスが負けちゃった時点で何か言うつもりはねーよ、とベルは処分については受け入れている様だった
「俺も沙羅に聞きたい事あんだけど」
『何?』
「今更だけど、何で戻ってきたの?」
ベルはXANXUSの方を見たまま。前髪で目元が隠れているせいで余計にどんな感情なのか分からない
「ボスにあぁされて、俺達の事だってどういう人間だか知った筈だろ?自分とは正反対だって知って、何であいつ等の所に戻らなかったの?」
そう聞かれて、思わずXANXUSを見た。確かにあんな力任せな強引さで人を抑え込もうとするこの人を見て、実感して、何も思わなかった訳じゃない
寧ろベルの言う通り、私とは正反対な考え方を持っている。他のみんなもXANXUS程ではないけれど、私とは違う価値観を持っている。それはこの2年の間で嫌という程教えられた
でもだからって…否定的な感情ばかり芽生えていた訳でもないのだ
『私は…みんなの考え方が間違ってるとは思わなかったんだよ』
だから此処にいるんだと思う、と暫くの間の後に言うが、ベルはよく分からない様に首を傾げた。それを見て、続けて伝える
『みんなから色んな事教わった中で確かに度が過ぎてたり、酷いやり方だと思う様な事は多々あったよ。でもそれは…この世界で生きる為には目を背けちゃいけない事実だし、遅かれ早かれ知らなきゃいけない事だったと思うの』
私は綺麗な事しか知らなかったのだ。それを此処では痛感させられた。守護者になってから、一応見てきた争いの場…でも毎回家光さんやディーノ達が守ってくれていたし、悲惨な光景は見せない様に気を遣ってくれた
安全な場所から見る戦場と実際に命を張り詰める側から見る戦場は違う。私はきっと…9代目達に甘えていたのだ
『此処で本当の意味での生き方を教わったんだよ。教わりながら…安全な所でぬくぬく育つよりも、此処でちゃんと厳しさや悲惨さも理解して育つ方がずっと役立つ人になるんじゃないかって思ったの』
きっと攫われなければ…あのまま9代目の元にいたら、私はあの優しさに依存していたかもしれない。見ないようにではなく、知らないまま育っていたかもしれない
優しすぎるあそこで決めた決意が何処まで本当の闇の中で通用するのか、貫き通せるのか。本当の窮地でも揺らがずにいられる意志こそ価値があるのだから
「確かに此処はあっちとは違って加減ねーからな。最初の頃にスクアーロに力試しって理由で沙羅が1人で敵のアジトに放り込まれたの思い出すわ」
あぁ…と苦笑した。伝説と謳われる程の守護者がどれほどのモノか見せてもらうぜぇ!なんて事を言われて、
『最後にみんなが手助けしてくれたおかげで生きて帰れたよ…』
「そんなんじゃすぐに蜂の巣だぞって、うるせぇ声が響いてたな」
『その後みんなにみっちりしごかれたけど、正直あのアジトに放り込まれた時よりも怖かった』
振り返って苦笑しか浮かべない私とは打って変わって、ベルは愉快そうに笑っていた
◆◆◆ ◆◆◆
「沙羅」
『ん?』
次の日。またXANXUSの容態を見に行こうと廊下を歩いていると、後ろからマーモンが声を掛けてきた
「これ、跳ね馬から君に手紙が来ていたよ」
マーモンは手に持っていた手紙を差し出してきた。ディーノから?と怪訝に思いながら受け取り、その場で封を切っていると、マーモンがボソッと呟く
「きっと、9代目の事だと思うよ」
ピタッと一瞬手が止まるが、すぐに中身の手紙を取り出した。横に三つ折りにされたのを恐る恐る開く
内容はマーモンの言っている通りで9代目についてだった。まだ怪我は完治していないけれど、目を覚ましたという。そして、スクアーロから聞き出した私の事を伝えると、会って話がしたいと言っているらしい
1番下にはディーノのアジトの連絡先が暗号化された状態で記されている
「内容はどんな感じだぃ?」
『……』
「沙羅?」
「ぁ…あぁ、ごめん…」
手紙に見入ってマーモンの呼び掛けに気付かなかった。隠さずに9代目が目を覚ました事と話がしたいという事が書いてあったと伝える
「行くの?」
『少し…怖いかな』
行くのは私が選択するまでもなく決まっている。最早行くしか選択肢は選べない。私に選ぶ資格はない
今更会ってくれる嬉しさがある反面であの争奪戦後だから尚の事罪悪感が恐怖に変わる。私は目の前にいた9代目を助ける事が出来なかった。助かったのは不幸中の幸いなだけで、見殺しという言葉が当てはまる…
「明日にでも、君は会いに行くべきだよ」
『うん…』
「ボスが目を覚ましたら伝えておくし、これに関しては何も言わないと思うよ?」
マーモンの言葉に少し間を空けて頷いた。どんな顔をして会えばいいのか、会って何処から話せばいいのか、そんな迷いと共に私を恨んでないのかという不安が浮き沈みしていた
◆◆◆ ◆◆◆
暗号化された連絡先を使って、ディーノと機器間での連絡をした次の日、ディーノがヴァリアー邸まで迎えに来てくれた。ヴァリアーのある一定の範囲までは誰の侵入も許さない区域があり、そこまでは歩いてディーノが待つ場所へ
結局XANXUSは目を覚まさないままだったのが気掛かりだけれど、一先ずみんながいるから大丈夫だろう
「沙羅ー!こっちだー!」
草木が生い茂る道を抜けて開けた場所に出ると、ディーノの声がした。顔を向けると、車が1台停まっていて、その隣にロマーリオさんとディーノが此方に手を振っていた
「この前ぶりだな」
『うん…迎えに来てくれてありがとう』
あのリング争奪戦後に再会し、少し話せたからか、今は会っても気まずさはなかった。隣のロマーリオさんも笑っている。少し安堵しつつ、車に乗せてもらい、キャバッローネファミリーのアジトへ
「9代目が喜んでたぞ?」
『え?』
「無事だったのか…って、泣いてたよ」
その言葉で更に罪悪感が胸を圧迫してきた。ディーノがそんなつもりで教えてる訳ではないのは分かってる。けれど…
『そっか…』
喉に言葉がつっかえて、それしか返せなかった。その反応で察してくれたのか、ディーノは話題を変えてヴァリアーではどんな風に過ごしていたのか聞いてくれた。9代目の事よりはすらすら話せたけれど、やっぱりそこまで気分は上げられなかった