真実

◆◆◆〔2年後〕◆◆◆





「沙羅、あたしは沙羅の味方だよ」

味方?
簡単に言わないで…
あんたなんて嫌い!


「あたし達、親友でしょ?」

あんたなんかッ…
あんたなんか親友じゃないッ…!


「あら、それは残念。だけど…あんたを親友って思うのは…あたしぐらいじゃないかしら?」








『はッ…!』

息が吸えていなかったのか、大きく息を乱しながら夢から覚めた。咄嗟に起き上がるとかなり魘されていたのか、身体中からは嫌な汗。頭も痛い




「あんたを親友って思うのは…あたしぐらいじゃないかしら?」

うるっ…さい…
うるさいうるさいッ…!

両耳を塞いで蹲りながら頭の中でその人物を罵倒する

ボンゴレファミリーに入って早2年。入った当初、寝入った時にはカリストの男達の悪夢を毎晩の様に見てしまい、なかなか寝付けない日が続いた。そして、やっと安心して寝れる様になった。が、再び悪夢で魘され始めた

最近夢の中で響く声。姿は見えない。真っ暗な空間に、声だけが聞こえてくる。まるでこだましている様に…

私をどす黒い感情が入り交じった世界に突き落とした女の声。親友なんて言葉だけだと私に痛感させた女の声ッ…

髪を雑に掻き乱して、項垂れた



『嫌だな…最近こんな夢ばっかり…』






◆◆◆ ◆◆◆





朝になり、身体を起こした。結局あのまま寝付けず、朝を迎えてしまった。ぼーっと辺りを見渡し、ふと頭の中で今までの事を振り返る

そっか…もうあれから2年も経つんだ。逆に言えば、あの地獄からまだ2年しか経っていない。気付けば11歳になっていた

不意にベッドの上で座るクマの大きなぬいぐるみを抱き寄せる。ボンゴレに入って初めての誕生日にみんなから贈られたもの。少しでも警戒心を解かそうとサプライズで祝ってくれた。確かあの時、びっくりしたのもあるけど、何よりみんなの気持ちが嬉しくて…泣いちゃったんだよね…

改めて入った時からの事を思い出し、思わず笑みが零れてしまう。もう笑顔だってみんなのおかげで全く違和感なく寧ろ自然に笑える様になった

すっかり警戒心も解けて、みんなと打ち解けている。特に仲良くなったのが、バジルとアルコバレーノのみんな。それぞれアルコバーノは、いつもバラバラの場所にいるのだけれど、たまにこのボンゴレ本部に全員が顔を出しに来る事がある。本当にたまにだけど…

最近になってアルコバレーノの呪い事についても教えてもらった。これはリボーンから聞いたモノ。話を聞いて、その時に初めてみんなが何故赤ちゃんの姿をしているのか理解した。その際は感傷的になってしまったけれど、お前が気にする事じゃないとリボーンにこつかれた




『世界には本当に色んな人がいるもんだね』

クマに喋り掛けながらふと思う。今までにない程の人達と触れ合い、そしてこの世界で生きる術を教えてもらった。感謝なんてしきれない

9代目に出会ってなければ…
そんな事も同時に考えてしまう私は未だに2年前を引きづっているのだろう。楽しい事、嬉しい事、それを経験する一方で心の片隅であの時の残酷さを痛感させられているのも事実なのだ

簡単には…消える筈はない
身体の傷と一緒で…





「沙羅、入るぞ」

扉越しからのリボーンの声に思考が戻った。声を掛け返すと、彼は部屋に入ってきたものの、私の顔を見上げてじっと見つめてくる



『何か用?』

そう尋ねるが返事はない。けれど代わりにリボーンはいつもの様に私の右肩に軽々飛び乗ってきた。頭に?を浮かべていると、突然赤ちゃんとは思えない握力で頬を抓られた


『いたたたッ!なッ…何するの!』

私は涙目で抓られた頬をさすった。リボーンはというと、表情一つ変えずに漸く口を開いた



「お前、俺達に隠してる事あるだろ」

隠し事と聞いた瞬間、私の身体は無意識にビクッと動いてしまった。誤魔化す様に視線を逸らしながら笑う



『何言ってるの?みんなに隠し事なんかッ…』
「嘘つくんじゃねー」

肩から降り、隣に座ったリボーンは声のトーンを低めて、私に銃口を向けた。だけどそれは、彼なりの優しさだと知っている

だから特に狼狽えたりはしないけれど…



「お前は隠しきれてると思ってるか知らねェが、バレバレだぞ。俺達を欺くなんざ100年早ぇ」

『えぇ、何それ…』

100年って実質死んでるし、と思わず小さく笑みが零れた。それはきっと、笑顔ではなくため息混じりに出る様な自傷気味な笑顔だっただろう

いつから気にしてくれていたのかを今更詮索するつもりはないけれど、素直に言うと…気付いて欲しくない事ではある



『隠してるも何も、隠し事してないって』
「そんな疲れたような顔してる奴の言葉を素直に信じられるわけねーだろ」

その言葉に、不意にリボーンの瞳に目をやる。確かにリボーンの瞳に映る自分の顔は疲れている。あの悪夢を見るようになってから、思った以上に眠れていないのは事実で自覚もある



「見るからに疲れてる顔だぞ」

これ以上はぐらかすのは…無理かな
沙羅はそう悟り、未だに真っ直ぐ見つめてくるリボーンを見つめたまま口を開けた



『最近…変な夢見るんだよね。それのせいであんまり寝れてないのかもしれない』

「夢?」

そう、とだけ伝えると思ってるの通りリボーンはどんな夢なのか尋ねてきた。夢の詳細までは伝えたくない。だから、額に手を当てて首を左右に振った



『夢…だから隠し事とかそんなんじゃないから』

そう言っても、リボーンは納得せずに私を見上げたまま立ち去ろうとしない。浅く息を吐き、そのまま背中からベッドに倒れ込んだ



『リボーンはさ、親友って…どういう人の事だと思う?』

唐突な問い掛けにリボーンは怪訝そうな反応を見せた。きっと、綺麗な答えが返ってくる。そう簡単に確信出来てしまった

何故なら彼の生きざまから歪んだ答えは帰ってこないと分かっているから…



「断定出来るもんじゃねーが、どんな時も隣にいる奴の事を言うんじゃねーか?信頼も敬意も互いに持った相棒みてーな存在だろ」

ほら、綺麗な答えだ…
分かりきっていた答えが帰ってきて、頭上窓から見える空模様を眺めながら、目を細めた



『多分みんなはそう思ってるだろうけど、私はそう思わない』
「何でだ」

『親友っていうのは…表だけ繕って、中身は全然別の事を考えてる。いつ裏切られてもおかしくない。そんな不安定な関係だと思う』

そう。だから私は裏切られた
今更どうこう言う訳ではないけれど、夢だとしてもタチが悪い。いつまで付き纏ってくるのだろうか




『何だかんだ言って…最後は裏切るもんなんだよ。親友っていうのは』

私がその成れの果て。ただただ信じていただけなのに…馬鹿らしい。何にでも永遠とか絶対とかないって事は知っているけど、ホントに無様だよ

沙羅は苦しそうに目を伏せた。暫くの沈黙。そして、黙って話を聞いていたリボーンが口を開いた



「沙羅、俺がお前の親友になってやる」

リボーンが言った言葉に沙羅は思わず目を見開く。そんな言葉が帰ってくるとは思いもしなかったからだ。身体を起こして苦笑を浮かべる



『何言ってるの。今の話聞いてた?』
「俺はお前を裏切らねーぞ」

裏切らないって…何?



『裏切らないなんて…簡単に言わないでよ』

「簡単なんて思ってねー」
『思ってるよ!』

思わず感情的に怒鳴ってしまった。滅多に見せない態度に、リボーンは少し驚いた様な表情を見せるが開いた口は塞がらない


「私達、親友だもの」

あいつも当たり前の様に言っていたけれど、結局裏切った。リボーンもあいつと同じになるのかと思うと怖い。さも当たり前の様に…あの時のあいつと同じ様に言い放った彼の姿が嫌でもあいつとダブって見えてしまう

リボーンとはそうなりたくない。そう強く思うあまり、声を上げてしまった



『友情が脆すぎるモノだって事を…私は知ってるんだよ、リボーン。何かの拍子で風船みたいに簡単に破裂出来てしまうって…知ってる』

だから私は…特別な人は作らないと決めた。唯一のとか、立った1人のとか…そんないつ壊れるか分からない関係をもう自ら作る気力は今のあたしにはないのだ

リボーンと目なんて合わせられない。きっと幻滅しただろう。リボーンは私を想って言ってくれたというのに…



「確かにな」

リボーンはボルサリーノを脱ぎ、私から目を逸らして続ける



「こんな理不尽ばかりの世界で信じろっていう方が無理な話だ。現に俺だって同業者に何度裏切られたか分からねー」

裏切られる度に返り討ちにしてやったがな、とニヒルな笑みを浮かべるリボーン。タチの悪い奴だと長い時間を掛けて信頼を植え込んで、時が来た時に敵側に寝返る奴もいたな、と内容とは打って変わってそこまで気にしている素振りを見せずに平然と彼は話す



『リボーンに信頼出来る人なんているの?』
「いねーな」

即答するリボーンに苦笑しか出来ない。でも、人を信頼せずとも強くいられるそんな生き様に少しだけ羨ましさを感じている。私は今でも怖くて縮こまって…手を差し伸べてくれる人にも疑心から入ってしまう弱い人間だから…



「だがな、此処の奴らは信頼に足る人間ばかりだ」

その中には勿論お前も入ってる、とリボーンは続ける。その言葉に思わず目を見開いて固まった。わずか2年の付き合いしかないのに何処から私に信頼なんてモノが湧いてくるのだろうか

私はリボーンとは違う。他のみんなとも明らかに違う。ただの死に損ない…なのに…




『あたしだって皆の事信じてるよ。勿論それに嘘なんてない…けど…』

「お前、過去にそういう経験でもしてんのか?」

ドクンッ、と胸が嫌に鳴った。私があのカリストの奴らに拉致られた原因、お母さんを失った原因は…親友という特別な関係を持ったあいつにあるのだ

ずっと一緒にいたというのに、あいつの考えてる事が何だったのか今でも分からない。何を思って裏切ったのか、そもそも裏切る為にあたしに近付いてきたのか…それさえも分からない

正直当時、分からないままでも良いとすら思っていた平和な頭の私だったから…今更考えたって分かる筈もないのだ。人の気持ちは誰にだって分からない。言葉と心が比例してる人こそそういないだろう

だから…怖いのだ



「詮索するつもりはねーが、そんなクソ野郎の事は忘れろ」

そう真顔で見上げてくるリボーンに目を丸くした



「お前がそいつのせいでそんな疑心暗鬼になってんならな、俺が親友ってモンを教えてやる。仲間の信じ方だって教えてやる。だから俺と親友になってみろ」
『リボーン…』

「後悔はさせねーぞ」

いつもの自信満々な表情で口元を緩ましているリボーンに思わずあたしの口元も緩んだ

/Tamachan/novel/3/?index=1