コツ
あ
あ
あ
パンッ!
ボールの叩く音が響く。始めてからどのくらい経ったのだろうか。ずっとサーブの練習。サーブトスも思った様に上がらないし…打てたとしてもまともにコートに入らない
スパイクは上手くいっているのに…
やっぱり私はサーブが苦手だ…
及川先輩みたいに…あんな綺麗なサーブが打てたら…
「唯織ちゃん」
『Σひッ…!』
突然背中を軽く叩かれて、思わず飛び上がった。慌てて振り向くと、あがったと思っていた及川先輩がいつもの笑顔で見下ろしていた
『何で及川先輩が此処にッ……男バレはもうとっくに終わったんじゃ…』
「俺もこれからは残って練習しようかと思ってさ。唯織ちゃんにもサーブ教えたいし」
『Σえッ…そんな!部活外で時間をもらってなんて…及川先輩の負担がッ…』
「良いの、良いの。気にしなくて」
ほら練習練習!とボールを手に取った及川先輩に手を引かれて、再びコートの端へ移動した
「何回か唯織ちゃんのサーブ見せてもらっても良い?」
『はッ…はい!』
及川先輩からボールを手渡されて、数回バウンドして呼吸を整える。こんなにマジマジと見られると緊張する…
及川先輩は腕組みして真剣な表情で此方を見ている。心臓が痛い。落ち着いて…落ち着いて…
深呼吸してから、サーブトスを上げる。上げた方向は良かったが、力みすぎて高く上げすぎた
ヤバいッ…!
タイミング少し早いッ…!
パァンッッ!
ボールを高く上げた事で落ちてくる速度が、早くなり、手のひらで打つ筈が手首で受け止めてしまった。ボールは勢い良くまっすぐコートを過ぎて壁に強く叩き付けられた
「はは、飛んだねぇ」
『すッ…すいません…』
「大丈夫、大丈夫。もう1回やってみて」
足元のボールを拾って、頷いた。力みすぎた
落ち着け。ボールから目を離さない様に…
それから数回サーブを続けて打った。やはりボールアウトやネットに当たってコートを越えない本数の方が多い…
「なるほどねぇ…」
及川先輩が少し口元を緩ませた。すると、先輩も足元のボールを拾うと隣まで歩み寄ってきた
「まずは歩数かな」
『歩数…ですか?』
初めて言われた指摘
歩数って…気にした事なかった…
「見てた感じ、唯織ちゃんは歩数がバラバラだからボールを打つ場所もバラバラなんだよ」
『全然気付かなかったです…』
「俺と同じ2歩が一番安定してたよ。俺がゆっくりやってみるから、真似してみて」
及川先輩と場所をチェンジし、サーブを見守る。やっぱり…ボールを持った途端に雰囲気が変わる…
サーブトスを上げると、及川先輩は常に目線をボールに向けている。1、2歩…体勢は低くして、飛び上がる時に後ろに振り下げた腕と体勢を上げる勢いを使って床を蹴り上げる
身体は反らせて…まるで鳥が飛び立つ様に舞い上がる
バコッ!
ボールを確実に捕らえた音。思わず呆気に取られた。綺麗すぎるフォームに、ボールなんて生きているんじゃないか…とも思えるほど確実にコートギリギリに打ち落とされた
身体全身がゾクゾクッと鳥肌が立った
「どぉ?出来そう?」
『…やります』
あんなレベルの高いジャンプサーブを見たにも関わらず、唯織は意気消沈するどころか、身体がサーブを打ちたくてしょうがないほど、高揚感が湧きだしていた
及川先輩のサーブトス…無回転じゃなかった。前方面の回転が掛かってた。手首を使って回転を入れて、トスを上げた
落ちてくるボールから目を離さずに…1、2歩は大きく踏み出して……飛ぶッ…!
バシッ!
いつもより手応えのある音。ボールが何処へ行くか見守ったが…ネットに当たってしまった。勢いのあまり、ネットが派手に揺れている
『またッ…』
「回転入れたの?」
『はい…やめた方が良いですか?』
「そんな事ないよ。ずっと無回転だったのを急に回転するに切り替えたのに、よく打てたなぁっと思って」
『一応ボールをあげるのは得意なので…でもネットに当たってしまいました』
ボールの回転も歩数も気にしたというのに…
まだ何かおかしいのか…
「あるとするば、打点が低いかな」
『打点ですか?』
「うん。せっかく良いジャンプ力持ってるのに、ジャンプのタイミングが速くてボールを打つ高さが低いんだよ。1回ボールなしで助走して飛ぶだけやってみて」
全力で飛んでね、と付け足され、再び助走を始めた。1、2歩……ボールが無いと違和感があったが、言われた通り、全力で飛んだ。飛んだのを見て、及川先輩はボールを持ってエンドラインの位置に立った
「今のと同じくらい全力で飛んで、俺が上げたボールを打ってみて」
『わ…分かりました』
行きます、と及川先輩の様に手を振り下げて、重心を前へ。ダンッ!と2歩目で踏み込んで、身体を反らして全力で飛んだ。丁度ジャンプの頂点にボールが。舞い上がった勢いのまま目に飛び込んできたボールを打ち込んだ
いつもより打ち込みやすい…
ボールはネットを越えて、しっかりコートに落ちた。もう数本、と及川先輩から指示され、続けて同じ様に打ち込んだ
不思議とネットに当たる事はなくなり、続けて打った本数の中で当たったモノはなかった
「うん、思った通り」
『ネットにこんなに当たらなくなるなんて…驚きました』
「ジャンプサーブは踏み込んで高く飛んでからが勝負だからね。高く飛んで、ボールが自分の一番高い所で丁度よく落ちてくるタイミングが大事」
『…難しいですね』
「イメージ的には、ボールを待つんじゃなくて、ボールを迎えにいくって感じかな」
ボールを迎えにいく
イメージなんてした事なかった…
『あの…及川先輩』
「ん?」
『お時間よろしければ…もう少しだけ教えて頂けませんか?』
お願いします、と一礼した。もう夜遅いし…断れると思ったが、何故か頭を撫でられた。思わず顔を上げると、爽やかという言葉が似合うほど優しい笑顔で及川先輩は笑っていた
「俺はそのつもりだよ」
『えッ…』
「だって唯織ちゃん、教えててちゃんと聞いてくれるし、飲み込みも早いし、何よりやる気があるからねぇ。及川さん感動してるよ」
『そんな事ないです。教えて頂いてるんですから当然です』
「謙虚だねぇ。でも、明日もお互い部活あるからもう少しだけね」
そう言ってウインクする及川先輩
後輩の練習相手なんか面倒臭いと思わないのかな…