クッキー






「唯織〜、助けてぇ。ヘルプ・ミ〜」

朱美と唯織は別のクラスだ。だから昼休みにいつも屋上で並んで食べているのだが、朱美が後ろに仰け反りながら唸っているのに唯織は首を傾げた



「他のクラスの子からなんだけどさぁ…何か京谷にこれ渡してって言われたんだよぉ」

朱美が鞄から出したのは手作りらしきクッキー
京谷って…あぁ、男バレの一匹狼的な子か…



『何で朱美に?京谷君と仲良いの?』

「は?良いわけないじゃん。寧ろ喋った事ないし、話し掛けた所でシカトされるのがオチだって」

『ふぅん。同じバレー部だから、渡せるだろうって思われたんだろうね。朱美は誰とでも仲良く出来るし』

「おだてても何も出ませんよぉ。寧ろ今はため息しか出ませーん」

何でよりによって京谷…と朱美は何度目か分からないため息を吐いた。相当困ってるな…



「うぅ…せめて岩泉先輩なら喋るきっかけにでもなるのにぃ…京谷とか…マジで…」

『そんなに……何か京谷君が可哀想になってきた』

「あんた知らないの?今は戻って大人しく練習してるけど、1年の頃に上級生に食って掛かって部活に顔出してなかったんだから。所謂問題児よ。問題児」

確かチラッとだけ見た事はあるけれど、確かに誰からの指示でも素直に従うのは好きじゃなさそうな子だった気がする。朱美の言う通り、いつ頃だったか男バレ側で京谷君と先輩の言い合う声が響いてたのをうっすら思い出した



『確かに練習の時に男バレ側が騒がしい時あったね』
「あんたホントに男バレに興味なかったのね」

『いや、興味ないっていうか…うーん…』

まぁ…確かに練習以外に興味なかったかも…
男バレがどうなっていたかなんて分からなかった

1年で入部した時に同じ体育館を使うバレー部同士で挨拶したけど…緊張してて全く顔も見れてなかった。失礼だけど…




「いつ渡そうかなぁ…クラス違うから部活の時かな…んでもなぁ…」

『私が渡してあげようか?』

「え?…でも、あんただって京谷と接点ないでしょ?」
『渡すだけでしょ。部活の休憩の時にでも渡してくるよ』

クッキーを渡す様に手を差し出して促すと、朱美はさっきまでの雰囲気とは一変してぱぁっと効果音が付くのではないかと思うほどあからさまに明るくなり、いきなり抱き付いてきた



「ありがとう!唯織ー!命の恩人だよぉ!」

そんな大袈裟な…
でもホントに安心したみたいで、どれだけ京谷君に会いづらいのかは察した。その後、朱美からクッキーの袋を受け取り、一先ず鞄に入れた。割れたら大変だから、部活に行く時容易に走らないようにしなきゃ…






◇◇◇ ◇◇◇






『やっばいッ…部活で先輩の方が早く来ちゃう…!』

今日は珍しくHPホームルームが長引き、小走りで廊下を駆けていた。隣のクラスを見ると、もう朱美の姿がない。体育館に行ったのだろうか、早く自分も行かないと…

鞄の中のクッキーも気に掛けながら走っていたせいか、廊下の突き当たりの死角から人が出てくるのに気付かず…



『Σきゃ…ッ!』
「Σいってぇなぁ!んだよ!」

「は?何な訳?」
「こいつが急にぶつかってきやがったんだよ!」

案の定、誰かにぶつかり、後ろに尻餅を付いてしまった。すぐさま顔を上げた。ぶつかった人物は3年のガラが悪そうな2人組。ヤバい…

すぐさま立ち上がり、謝罪した




『すッ…すいません。前見てなくて…』

「はぁ?前見てねぇとか」
「謝罪に気持ち込もってねぇんだけど?」

『すいませッ…Σぐッ!』

急に胸ぐらを捕まれた。拍子に上がった顔をマジマジ見られ、思わず目を逸らした。すると、相手は何故か吹き出し、豪快に笑いだした



「おいおい!こいつもしかして女バレの堕エースじゃねぇの?」
「マジで?散々先輩達に迷惑かけたくせしてまだ部活追い出されてねぇのか?」

ゲラゲラ笑われている。慣れている事だけど…つい顔に出てしまった。拳を握り締めて、思わず目付きを睨み気味にさせて、口を滑らせてしまったのがいけなかった




『私は…バレーを辞めるつもりはありません』

反抗的に言ってしまったからか、3年の顔は一瞬で不機嫌顔に変わり、胸ぐらを掴む手を更に強くさせて手を振りかざした




「てめぇみたいなのが一番足引っ張ってんだよッ!」

怒声を上げて手を振り下げた。叩かれる…と思ったら、目の前に腕が突然現れた

3年の2人も驚いた様子。振り下ろされた腕は突然現れた別の人間の手によって受け止められていた。目を見開いたまま呆気にとられながらも、その腕の先の主を見た




「女殴る暇あったら、そこ退いてほしいンすけど。邪魔なんで」

『京谷君…?』

ギロッという効果音が似合うほどに睨み上げる京谷君に、腕を受け止められた3年は怖じ気づいた様に冷や汗を流して慌てて腕を振り解き、舌打ちをして足早に階段を降りて行ってしまった

乱れたワイシャツを元に戻していると、京谷君はさっさと階段を降りて行ってしまいそうだったから、思わず呼び止めた




『あッ…ありがとう』

「別に」

ホントに邪魔だっただけだ、と言って京谷君は階段を降りて行ってしまった。初めて話したかもしれない…

思ったより迫力があるけれど、助けてくれたからそんなにツンケンしてる訳では…ないのかな?




『あ…クッキー渡せば良かったかも…』

まぁでもどっち道今から部活だし良いか…と私も急いで階段を降りて体育館へ向かった







◇◇ ◇◇◇







『遅れてすいませんッ!』
「はは、遅れてる訳じゃないんだけどね。珍しいじゃん。あんたが1番じゃないの」

HPホームルームが長引いちゃって…先輩達は?』
「そろそろ来ると思いますよ?男バレの先輩達も来てますし」

体育館に入れば、既に朱美と1年が準備を始めていた。不意に男バレの方を見れば、確かに3年の先輩達4人がネット張りをしていた

京谷君…も準備作業に混ざっていた。何事もなかった様に淡々と作業してるのを見て、3年の先輩にあんな事した後なのに肝が据わってるなぁ…と感じた



「唯織?」
『あ、ごめん。すぐ着替えてくるから』

苦笑して足早に更衣室へ向かっていく唯織を見送って、朱美も作業に戻った

唯織の制服…
少し乱れてた気がしたけど…気のせいかな…






「珍しく夢咲が遅れてきたな」
「そりゃあ人間なんだから、いつも完璧にとはいかないでしょ」

扉が勢いよく開く音に気付いた男バレの部員も入ってきたのがいつもは1番乗りの唯織という事もあり、どうしたのかと軽く話題にしていた




「何かさ、唯織ちゃんの制服乱れてなかった?」

唯織の制服が不自然に乱れているのに及川はいち早く気付き、他も同じように気付いた者がいないか尋ねた。けれど、他の面々は苦笑しながら首を左右に振った



「俺は生憎お前とは違うんでね。そんな変態の領域までは見ねぇって」
「Σマッキーヒドいよ!俺が変態みたいじゃん!」

「Σえ!お前って変態じゃなかったのか!?」
「俺も今までそうだとばかり…」

「みんなヒドいッ!及川さんへの扱いがいっつも雑ッ!ていうか超雑ッ!もうみんなネットに呪われろッ!」


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