モヤモヤ…?






「ふぬぁッ…!」
バコッ!

男バレのコート内に及川のサーブの打つ音が響く。見事に放つボールは相手コート内に打ち落とされていくのに、他の部員から歓声が上がっていた



「今日はいつにも増して調子良いじゃん?」
「さすがッス!及川さん!」
「連発ノーアウトかぁ。やるー」

休憩以降、水分も摂らずに呼吸が乱れながらもぶっ続けでサーブの練習をしている及川を岩泉は眉間にシワを寄せながら怪訝そうに眺めていた



「ハァッ…ハァッ……Σぐへッ…!」
「ちゃんと水分摂りながら練習しろ!クソ川ッ!」

岩泉は漸くコートから離れた及川目掛けてスポーツドリンクを投げ付けた。歩み寄ってきた及川の手は赤くなっている。今まで練習でこんなになるまで打たない様に自身で調節していた及川には珍しい事だった



「お前、いつにも増しておかしいぞ」

「…うるさいなぁ。良いんだよ、今日はスッゴくサーブが打ちたいだけだよ。ホントに岩ちゃんは俺のお母ちゃんみたいなんだから」

及川は投げ付けられたドリンクを飲みながら手をヒラヒラさせた。思いの外連発で強くサーブをしたせいか、ヒリヒリする…

何で俺…こんなむしゃくしゃしてるんだろ…
さっきの狂犬ちゃんと唯織ちゃんのペアを見てから何か…ムカムカする…
ムカムカを発散する為にサーブ打ってたなんて言ったら…ガキか、てそれこそ岩ちゃんにど突かれるだろうなぁ…

及川は足元に転がっているボールを手に取り、クルクル回した。不意に京谷を見ると、空いたコートでスパイク練習をしている。コーチが上げたのをいつもの威力で打ち落としていく。京谷のスパイクを打つ手のひらに貼られたガーゼが目に映る度に、何故かモヤッとした気分になるのを、本人は感じていた



「なぁんか…ムカつく…」







◇◇◇ ◇◇◇







練習の最中、ピーッと笛の音が鳴った事で部活の終了時間が来た事に気付いた。いつも通りボールを一旦片付けて、コーチと顧問の所へ向かった。今日のフォームチェックの指摘と明日の練習メニューを伝えられ、部活はそのまま終わった

みんなそれぞれ体育館を出ていくのを見送って、私はいつも通りコートに戻った。男バレはまだ監督から助言をもらっている。改めて男バレそれぞれの後ろ姿を見渡すと、当たり前だが……大きい…



「ほんっと、岩泉先輩超カッコいいよねぇ」
『Σぁ、朱美か…あがったんじゃなかったの?』

突然後ろから耳打ちされて思わず飛び上がってしまった。朱美だとは気付いていたが、気配もなく近づくのは勘弁してほしい



「あがるけどさ、こうやってマジマジと岩泉先輩の後ろ姿見れるのは男バレとタイミングよく終わった時ぐらいだからさぁ」

うきうきしながら男バレ…いや、岩泉先輩を眺める朱美に苦笑した。この子はホントに岩泉先輩の事好きだな…

再度男バレに目を向けた。監督からの話は終わり、次は主将である及川先輩がみんなの前に立って、練習の感想を伝え始めた



「それじゃあ、1年から順に感想言ってくね。まずは金田一」
「はい!」

「ブロックの時の姿勢はキレイだ。でもまだ腕がブレてる。しっかり固定してね。次は国見ちゃん、スパイクの時の助走が甘いかな。ボールをよく見ててタイミングはバッチリだからさ、勿体ないよ」
「はい」

「んで、渡っちは…」

順々にアドバイスをしていく及川先輩。あんなにみんなバラバラに練習していたのに…的確に助言をしている。しっかりアドバイスしつつも、褒めを忘れない。モチベーションを下げない言い方に、さすが主将だと思った



「最後に岩ちゃんね。スパイクはいい感じだけど、サーブが弱いね。明日はサーブ中心に練習した方が良いかも。せっかく勢いあるのに、サーブで殺しちゃったら勿体ないから」
「おぅ」

「以上かなぁ。今日もゆっくり休んで、明日もよろしくねー」

解散!と両手を広げて笑顔で言った及川先輩。ホントに爽やかな人だな、と思っていると朱美が腕を揺すぶってきた




「明日は岩泉先輩のサーブがいっぱい見られるよぉ。見逃さない様にしなくちゃ!」

『練習もちゃんとしてねぇ』

軽くあしらうと、朱美は口を尖らせてもぉ、と不満気な声を漏らした




「ホントに唯織はそういう事ないわよね」
『そういう事?』

「誰かに憧れるとか、誰かに恋するとかよ」
『私は先輩達には憧れてるよ。当たり前じゃない』

「真面目か!じゃあ…恋は?」
『恋ねぇ…』

恋って、全然私とは不釣り合いというか縁がないというか。散り散りになり、コートを片し始めた男バレに再度目を移す

思えば男性に対してそういった感情を抱いた事がないかもしれない。だからあぁやって、岩泉先輩に対して目をキラキラさせてうきうきしている朱美は女の子として可愛いと思うし、少し羨ましいと思っていた




「唯織はそもそも男に興味なさすぎ!もっと興味を持ちなさい!女なのに勿体ない!」

『むぅ…興味って言われても…』
「おい」

朱美にビシッと指差されて苦笑している唯織の前に何故か京谷が駆け寄ってきた。朱美はビクッと首を跳ねさせて後ずさったが、唯織は平気そうに首を傾げた



『お疲れ様、京谷君。どうかした?』

無言で鋭い目付きは変わらないまま暫く見つめられていると、京谷君は1本のスポーツドリンクを差し出してきた



『これ…』

「今日の礼。おかげで練習に集中出来た。あッ…」

あざっす…と小さくボソッと言い慣れていない様に覚束なく言われた確かなお礼の言葉。まさかの意外な行動に目を丸くしたが、微笑んでドリンクを受け取った


『あんまり無理しないようにね。明日も頑張ろ』

小さく頷いて、京谷君は片付けを続けている男バレの方に戻っていった。朱美の方へ振り向くと、信じられないモノを見たかの様に呆気にとられた顔をしていた




「ぇッ…Σえぇえッ…!?何々!?どういう事!?」
『何が?』

「Σいやいや、何がじゃないよ!京谷から差し入れって何!?どういう関係!?あの短時間であんたとあいつの仲に何が起こったの!?」

肩を揺さぶられながらマシンガンの様に質問してくる朱美に苦笑しか出来ない



『いや…ただ単に掌怪我してたのを簡単に手当てしただけなんだけど…』

「京谷の表情見た!?もしかしたら京谷はあんたの事…」
『Σいやいや、考えすぎッ!』

朱美が自身の妄想に浸り始めた。こうなると止められない。必死に宥める唯織だったが、男バレも男バレで京谷の突然の行動に固まっていた





「Σ京谷京谷ー!お前あんなキャラだったのか!?」
「ちょッ、京谷ぃ。無視するなよぉ」

コートに戻って作業を始めた京谷に矢巾と渡が詰め寄った。まさかあの京谷があんな事をするなんて…

支柱を1人で持ってスタスタと足早に倉庫に向かった京谷を2人が追いかけていった。一部始終を見ていた他の部員もお互い目を合わせて呆気にとられていた




「おいおい、マジでか」
「京谷、もしかして夢咲にホの字かもなぁ」
「あんな事されちゃあ、そうなるべ」

ニヤニヤしながら言い合っている3年の3人とは打って変わって、及川は黙ってネットを畳んでいた




「…及川さん、何かありました?」
「Σぇッ…な、何もないよ」

一緒にネットを畳んでいた金田一も気付くほど、及川の様子はおかしかった。さっきまで全然いつも通りだったのに…



「何か今日俺おかしいんだよね。だから気にしないで良いよ」

ネットお願いね、と畳み終わったネットを金田一に手渡して、及川は足元のボールを1つ手に取り、数回バウンドして、大きく息を吐いた



「どうしちゃったんだろうなぁ…」


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