分かったこと






「おはよぉ、岩ちゃーん」

「おぉ、何朝からうなだれてんだ?」

岩泉がいつも通り登校し、廊下を歩いていると教室前の窓に肘を掛けてうなだれている及川がいた。ボーッとしている瞳に首を傾げた



「いやぁさ…俺ヤバい事に気付いちゃったんだよね」

「自分の性格がネジ曲がってる事にか」

「Σその目やめて!てか岩ちゃん、そんな事思ってたの!?」

そう同情する様な視線を向けながら肩に置いてきた岩泉の手を及川は振り払って、逆に岩泉に掴み掛かった。その反応におかしそうに吹き出した岩泉は宥めながら再び話を振った



「冗談はさて置いて、何だよ」

「いやぁ、それがさッ…」
「及川さぁんッ!」

本題に入ろうとした途端に、何処からか女子数人が勢いよく及川の前に現れた。いつもの黄色い歓声に包まれた事に岩泉は心底迷惑そうな表情を浮かべ、呆れた様に教室に入っていった




「あッ…Σちょッ、岩ちゃんてば!」

「及川さん!今日の練習は何時からですか!?」
「私、差し入れ持っていくので食べてくださいね!」
「ちょっとズルいー!私も!私も!」

朝のテンションとは思えない女子達の意気揚々さに、いつもなら笑顔で受け答えしているのに今は何故かその気が起きない…




「みんな、ごめん。今日俺、体調悪くてさ。あまり近付かない方がいいよ?風邪だといけないし」

「及川さんの風邪ならいくらでも!」
「私が是非看病します!」
「私も!」

放っておいてほしい一心で無難な事を言ったつもりだが、更に女子達は盛り上がる。日頃の愛想の良さを恨み、浅くため息を吐いた







◇◇◇ ◇◇◇






「ねぇねぇ、聞いた?及川先輩、体調悪いんだってさ」

『えッ…そうなの?』

次の授業までの合間の短い休憩時間。廊下でたまたま出会した朱美が教えてくれた事に少し戸惑った。昨日はあんなに元気そうだったのに。まぁ少しいつもよりテンションは低めだったけど…



「さっきの及川ファンの子達が言ってたのが聞こえたの。風邪でも引いたのかねぇ」

『風邪…』

体調が悪いのがもし風邪なのなら、心当たりない訳ではない。もしかしたら…昨日夜遅くまで付き合わせてしまったから?

そうだとしたら…

次の授業までまだ時間がある。朱美が次移動授業だから、と自分の教室に戻っていったのを見送って、私は廊下の奥の階段を駆け上がった。向かうは3年の教室…





『あ、そういえば私って及川先輩の教室何処か知らないじゃん…』

3階に上がったのは良いものの、及川先輩のクラスが分からない。あぁ…しくじったぁ、と廊下の隅でどうしようか戸惑っていると、後ろから肩を掴まれた事にびっくりして思わず肩が跳ねてしまった



「お前何で此処にいんだ?」
『いッ、岩泉先輩ッ…』

掴んだ本人が顔見知りの岩泉先輩だと分かり、安堵した。先輩は何故私がこの階に来ているのか怪訝そうに首を傾げた



「何か用でもあんのか?」

『あッ…何か朱美から及川先輩が体調悪いって聞いたので…』

「は?及川が?あいつなら普通にピンピンしてたぞ?」

『え?』

でも…及川先輩のファンの子達が言っていた事だ。ファンの子の勘違い?それならそれでホッとした




「わざわざ心配してきたのか?」
『いえ…心当たりがない訳ではないので…』

安堵している唯織に岩泉は苦笑しながら肩を竦めた



「あいつに休まられたら俺達が困るからな。俺からも釘打ってるから、大丈夫だろ」

『それなら良かったです。岩泉先輩も体調には気を付けて下さいね。私の練習に付き合って下さってるので、疲れとか溜まってしまうとッ…Σうへッ!』

ピンッと軽くデコピンされて言葉を遮られた。頭に?を浮かべていると、岩泉先輩は歯を見せて笑った



「後輩が余計な心配してんじゃねぇよ。それに、俺はなかなか風邪なんて引かねぇからな」

ありがとな、と頭を撫でられた。何か…会う度に撫でられてる気がするけど、嫌な訳ではないから大人しく撫でられていた。男前、とみんなから言われる程堂々としている岩泉先輩

バレーのエースらしいなぁ…








「あ、おーい!岩ちゃ…ん?」

移動教室でクラスメイトと移動してる時に廊下の端にいる岩泉を見つけて、呼び掛け様とした及川だったが、岩泉の背中越しから唯織が見えて、思わず目を見開いた




「あーれ?岩泉、2年の女子ナンパか?」
「てか、あの2年って去年やらかした堕エースじゃね?」
「マジ?岩泉まさかの堕エース推しか?なぁ、及かッ…わ?」

一緒に移動していたクラスの男子がからかいながら言った言葉に、及川は鋭くその男子達を睨み下ろしていた。身長が大きいからか、他の男子もたじろいだ様子で苦笑した



「なッ…何だよ。どうしッ…」
「それ以上あの子の事悪く言うなら、お前らでも許さないからね」

いつもの雰囲気とは全く違う及川。声も低くドスを効かせていたからか、男子は慌てて冗談だよ、と宥めた。再び岩泉と唯織の方に目を向ければ、岩泉が唯織の頭を撫でていた

それを見た途端、昨日と同じ胸の締め付けとムカつきが再び襲った。ムッとした表情のまま及川は2人に背を向けた







◇◇◇ ◇◇◇






「あ〜、空が青いよぉ」
『そうだねー』

授業も淡々と終えて、今は昼休み。いつもの様に廊下で合流して2人で屋上へ。日差しがあり、春だからポカポカ陽気でつい2人してボーッとしてしまう



「売店空いてて良かったよ。おかげで大好きなパン買えたし」
『朱美、いつもパンだけど栄養とか考えてんの?』

「若い時は好きなモノを食べてナンボですよー」

朱美はパン、唯織はお弁当。いつも朱美は売店でパンと飲み物だけ買っているから、唯織自身彼女の健康が心配だった

バレーやっている以上は、しっかり食べてほしいのだが…と、そんな心配をよそに、朱美がパンを食べながら立ち上がり、柵越しから校庭を見渡し始めた





『朱美ー、お行儀悪いよー』
「良いの、良いの。知ってる?パンは元々食べながら作業する為に作られたんだから。唯織も見なよー」

気持ちいいよぉ、と勧められ、食べ終わったお弁当箱を片付けて、朱美の隣に並んで校庭を見渡した。確かに風が強くもなく、居心地がいい

校庭では、男子がサッカーをやっていたり、女子がドッチボールをしていたりと、元気そうに遊んでいた




「校庭で遊ぶとか、小学生以来ないなぁ」

『んー、そういえばそうかも。ていうか、何かあそこに女子いっぱいいない?』

指差しながら朱美に教えた。そんなに遠くない校庭端にあるコンクリートの壁に女子が黄色い声を上げながら集まっていた。何だろうと思い、2人で目を凝らすと……







「んじゃあ、此処にサーブ当てられたら明日の牛乳パン人数分な」

「超ピンポイントじゃん。しかもチャンス1回だろ?難易度たけぇ」

「あそこの及川の顔に当てればいいんだろ?」

「何で的に俺の写真貼っちゃうの!?もう悪意しか感じられないんだけど!」

何やら男バレ3年の先輩達が何やら壁に向き合っているその後ろで女子達が騒いでいた





「男バレの先輩達だ」
『女子が集まる訳ね』

及川先輩は勿論だが、他の先輩達だって女子に少なからず注目されている3年の面々。その先輩達の部活以外でのバレー姿なんて、ファンの女子達には朗報であって…



「ねぇねぇ!まだまだ休み時間あるし、もう少し近くで見ようよ!」

『え?もぉ…朱美はただ岩泉先輩が見たいだけでしょうが』

「あ、バレた?良いじゃん良いじゃん!行こ行こ!」

半場強制的に連れ出された。私は先輩達のサーブ姿より、制服で動きづらくないのかな…とどうでもいい事を考えていた



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