ミサンガ






「唯織ー、これあげるよ」

部活が今日も無事終わり、一旦朱美と更衣室で談笑していると、着替えていた朱美が鞄からある物を手渡してきた




『ミサンガ?』

「そ、着けると良い事あるかもよ?」

『手に着けたらバレーしづらくない?』

「今時ミサンガは足に巻くものよ?そうすれば邪魔にならないし、先生に怒られないよ」

ほらほら足出しなさい、と促されて足首にミサンガを巻かれた。青と水色と白の3色カラーで、青葉城西の代表カラーだ

輪結びと言われているデザインらしいけど…朱美器用だなぁ、と思った反面作ってみたいと好奇心が疼いた




『ねぇ、これって難しい?』
「え?簡単簡単。何なら今教えようか?」

『え、でも朱美時間が…』
「ミサンガなんてすぐに終わるわよ。ほら、糸持ってるから好きなの選びなよ」

3色ね、と言われ、さまざまな色の糸が入った箱を見せられた。どれが良いかな…




『着けてくれたのと同じ色にする。この色合い好きだし』

「ふぅん、唯織らしいわね。オッケー、それじゃ教えてあげる」






◇◇◇ ◇◇◇







「Σえ、ちょっと岩ちゃん!今日残らないの!?」

「仕方ねぇだろうが。用事があんだから」

男バレも部活が終わり、各それぞれ更衣室で着替えていた。及川は習慣になりつつある居残り練習の為に、汗をかいたシャツから予備のシャツへ着替えていた



「いやいやいや、俺のこの心情で唯織ちゃんと2人っきりにさせる?普通」

「お前の心情なんて知らん。この前だって2人だけで練習したんだろ?」

「そ、そうだけど…」
「いいから、ちゃんと教えてやれ。夢咲にとってはいつもの練習なんだからよ。変にお前が気遣うと、それこそ雰囲気おかしくなるぞ?」

さっさと制服に着替えて岩泉はそんじゃな、と呼び止める及川を置いて、手をヒラヒラさせて更衣室を出ていった。1人残された及川は諦めから小さくため息を吐いて、さっさと着替えて更衣室を出た







◇◇◇ ◇◇◇






『あ、及川先輩。お疲れ様です』
「うん、お疲れ様ぁ」

誰もいなくなった体育館でいつも通りボールのサーブ練習をしていたら、扉が開いた。入ってきたのは及川先輩。足元に転がっているボールを1つ拾ってコートに入ってきた



「岩ちゃんは今日、用事があるとかで来れないってさ」

『あ…そうですか。及川先輩は用事とか大丈夫ですか?』

「俺はいつも暇だから気にしないで」

ニコッと笑う及川先輩に少しバツが悪くなった。及川先輩は優しいから…きっと無理をしてても練習に付き合ってくれるんだろうな…



『及川先輩って…』
「ん?」

『本当に優しい方ですね』

はにかんだ様に微笑み、見上げてきた唯織の姿に不意討ちとばかりにダイレクトに及川の心臓は高鳴った。平常心でいようとしていたのに、結局乱される…




『スパイクの練習からしたいので、トス上げて頂いても良いですか?』

「ぁッ…うん。良いよ」

袖を軽く引っ張られ、及川は我に帰った。唯織はボールを持ってコートの端へ駆けていく




『私がボールを投げるので、それをトスして頂きたいんですが良いですか?』

「良いよ。いつでもおいで」

及川も思わず笑みが零れてしまった
こんなに練習が楽しいと思えるなんて…







◇◇◇ ◇◇◇






「だんだん外も涼しいくらいになってきたねぇ」
『そうですね。風が気持ちいいです』

桜が散って春も後半に差し掛かった季節。外からの風が半袖のシャツでも当たれるくらい心地よく吹いていた

練習の合間の休憩、2人で体育館外の石段に座っていた




「唯織ちゃん、疲れてない?大丈夫?」

『大丈夫です。まだまだいけます。及川先輩は大丈夫ですか?』

「俺もまだまだ平気ー」

及川が歯を見せて笑ったのに、唯織も思わず微笑んだ。及川自身、序盤の練習は唯織を意識しすぎてぎこちなくだったが、暫く練習していていつも通りの調子に戻った




「俺さ、不思議と唯織ちゃんの前だと素でいられるからスゴく楽しいよ」

『ありがとうございます。私も及川先輩とこうやって練習出来てとっても楽しいです』

ホントに動揺しないんだなぁ…

男を意識しないせいか、今の言葉の意味を素で受け止めて嬉しそうにはにかんでいる唯織を見て、及川は苦笑した。普通の女子なら此処で少しは意味を考えて、戸惑うのだが…



「唯織ちゃんさ、この前恋について聞いてきたじゃん?」

『あぁ、よく覚えてますね』

「狂犬ちゃんに対してさ、他の女子と話してたらイラついたりする?」

『京谷君…ですか?』

耳だこな尋ね事に唯織は思わず苦笑してしまった
今日で何回聞かれた事か…





『イラつく…以前に京谷君が女の子と喋る事って滅多になさそうですし…』

何とも…と苦笑して言う唯織に及川は僅かにだが不安を感じた




「唯織ちゃんさ…もし狂犬ちゃんから告白されたらどうする?」

『いやぁ…京谷君から告白なんて想像つかないですよ』

「まぁ、そうだよね」

『及川先輩は誰か気になる方はいるんですか?』
「Σえッ…」

首を傾げて顔を覗き込んできた唯織にビクッ!と及川は身体を跳ねさせた。じーっと見つめてくる唯織に顔をみるみる赤くさせて思わず片手で顔を隠す

これは…言うべき…?
俺は唯織ちゃんの事ッ…
いやいや、今言うタイミングではないだろ
いやでもッ…




『及川先輩?』
「Σぁッ……い、いるよ!」

及川は思わず声を上げてしまった。ハッとすると、唯織は目を見開いて驚いている様に見上げている。そして、クスッと小さく笑ったと思えば、立ち上がった




『及川先輩、顔赤いですよ?ホントにその方の事、好きなんですね』

恋をされてるなんて…羨ましいです、と付け足して石段を上がっていく唯織を及川は見つめるしか出来ずにいた。思わず言ってしまったが、結局名前までは言えない…

言ったらどうなるのか。もしかしたら、気まずくなって今の関係が壊れるのではないかと思うと…言える筈がなかった…




「あのッ…唯織ちゃッ…」
『そんな及川先輩に良いモノ差し上げます』

石段を上がり、体育館に一旦戻った唯織が持ってきたのは1本のミサンガ。さっき朱美から教わった手作りのミサンガだ



『私が作ったので、出来はそこそこですが…おまじない的な効果があるみたいですよ。きっと及川先輩の恋も応援してくれます』

手渡された輪結びのミサンガを見て、及川は不意に唯織の右足首を見た。そこには自分が手渡されたミサンガと同じデザイン、同じ色のミサンガが着けられていた




「もしかしてさ…唯織ちゃんが足に着けてるのと同じ?」

『Σあッ…ば、バレました?色合いが好きなのでもう1つ作ったんです。同じ色になってしまうので、及川先輩的にどうかと思いますが…』

及川は手渡されたミサンガを見つめ、心臓がうるさいくらいに高鳴っているのを感じていた

何だろう…
よく分からないけど…スゴく嬉しい…




「俺も足に着けるよ。ありがとう」
『ありがとうございます。何かお揃いみたいですね』

はにかみながら自分のミサンガに触れた唯織に及川も同じように右足にミサンガを結んだ。不意にお互い足を出して、並べてみた




『何か、バレー頑張れる気がします』
「俺も。おかげで今以上に高く跳べそう」

唯織と及川はお互いに目を合わせると小さく吹き出して笑った。そして練習の続きをする為、体育館に戻っていった

唯織とお揃いのミサンガを身に付けた事に及川の心のモヤモヤもいつの間にか少し和らでいた



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