怪我






岩泉先輩と及川先輩との部活外練習を始めてから数日が過ぎた。そしてある日、いつもの様に部活外での練習中に事件が起きた




『岩泉先輩。あの…スパイクの時の掌の形もう少しゆっくり教えていただけますか?』

「おぉ、少し速かったか」

隣同士で比較的近い距離で話している2人に及川は不機嫌そうにコート外で休憩していた




「ねぇ、2人共距離近くない?」
「仕方ねぇだろ。この距離が一番見やすいだろうしな」

『すッ…すいません。少し離れます…』
「アイツは気にするな。いいから俺の事見てろ」

岩泉のその言葉に及川の眉がピクッと動いた。及川自身、岩泉が唯織に恋愛感情での好意を抱いてはいない事は分かっている…けれど、スパイク練習の時はどうも無神経の如く唯織との距離が近い…

唯織は唯織で、何の躊躇もなく男に近付いているのだろうかと思うほど警戒心すら見えない。一心に教わりたいだけだという事は痛い程分かるのだが…



「もぉ…」

口を尖らせて不機嫌な表情は崩さずにスパイク練習している2人に背を向けて、反対側のコートでサーブ練習をしようとボールを取った

岩ちゃんは…俺と違って教え方が上手いだろうし、同じエース同士だから唯織ちゃんも打ち解けやすいんだろうなぁ…

不意に唯織の右足首に視線がいく。お揃いのミサンガを貰っただけであって、関係が縮んだ訳ではない。唯織自身、及川が誰かに恋をしている、と認識している時点で自分を意識するなんてあり得ない





『こんな感じですか?』
「おぉ、そんなモンだろ。飲み込みがはえぇな」

ガシガシと唯織の頭を撫でる岩泉。それに何の抵抗もせずに、寧ろはにかんだ様に大人しく撫でられている唯織の姿に及川はムカムカしてしまった

それを発散する様に手元のボールを上げて、いつもより大きく腕を振り、京谷の殺人サーブばりに身体を反らせてボールを打ち込んだ

だが2人ばかりに目がいってしまい、足元を見ていなかった。着地した床にボールが転がっているのに気付かずに及川自身の視界が逆転した時には既に遅く……



バタンッッ!
「Σうがッ…!」

床に叩き付けられる音が響いた瞬間、岩泉と唯織は弾かれる様に振り向いた。反対側のコートに倒れている及川の姿に2人は一気に顔を蒼白とさせ、ボールを投げ捨てて、すぐさま駆け寄った




「バカ川ッ!お前何してんだッ!」
『大丈夫ですかッ!?』

唯織が数回呼び掛けても応答しない




「おいッ!及川起きろッ!」
『まさか…頭を打ったんじゃッ…』

岩泉も身体を揺さぶって起こすのを試みる。ぐったり状態が変わらないのに、2人の焦りもピークになる。と、一瞬及川の指先が動いた




「…………ぅッ…」

次には瞼がピクッと動いた。うっすら開いた目
2人は目を見開いて、再度呼び掛ける



『及川先輩ッ…あの…大丈夫ですか…?』

「ぁッ……うん…」

反応が帰ってきたのに安堵し、岩泉はすぐさま意識がハッキリしているか確認する



「及川、今此処は何処だ?」
「えっと……体育館…」

「さっき自分が何してたか分かるか?」
「……サーブ打ったら転んだ…」

受け答えが正常なのに岩泉は緊張の糸が切れた様に大きく息を吐き、唯織もホッと胸を撫で下ろした



「ごッ…ごめんごめん。驚かせちゃって。ただ転んだだけだから、すぐに…Σつッ!」

苦笑して、ゆっくり上半身を起こした及川。立ち上がろうと足に力を入れた瞬間、鈍い痛みが襲った。痛みが響いたのは右足の膝



『やッ…やっぱり足が捻挫してるんですよッ!無理に動かしちゃダメですッ!』

「だッ、大丈夫大丈夫。そんなに痛くないって」
「ボゲェッ!無理に動かして膝ダメにしたら元も子もねぇだろうがッ!」

ちょっと待ってろ!と及川に釘を刺した岩泉は駆け足で体育館から出て行った。残された唯織は及川の傍で膝の具合を確認した



『体勢がお辛いと思うので、そのまま横になって下さい』

「ぁッ…うん…」

『あ、すいません…頭もお辛いですよね。えーっと……もしよろしれば私の足使って下さい』
「Σはッ…!?」

慌てて正座して、太もも辺りを軽く叩きながら言う唯織に及川の顔色がどんどん赤くなっていく。唯織自身は真剣な表情でいる。疚しい感情がない分、タチが悪い



「Σいやいやッ、さすがに悪いよ」
『嫌でなければどうぞ使って下さい。すぐに枕になるモノがこれしか思い付かなくて…』

唯織が苦笑して、再度促される。及川自身、嫌な筈がないがまさかこんな展開になるとは予想外過ぎて呆気に取られてたが、小さく頷いて、ゆっくり頭を膝に乗せた



『逆に頭痛くないですか?』

「だッ…大丈夫……心臓以外はッ…」
『えッ…心臓?』

「Σあぁ、ごめん!なな何でもないよ…」

うっかり漏らしてしまった言葉を聞き返され、慌てて誤魔化した。そんな及川が耳まで赤くしているのに、唯織は小さく吹き出した



「ん、何?」
『Σぁ、いえ…気にしないで下さい。膝大丈夫ですか?』

「ぅ…うん。今は横になってるから大丈夫そう」
『何か冷やすモノがあれば良いんですが…腫れてきたら大変ですし』

唯織の場所からでも分かるけれど、少しばかり及川の膝の部分は赤くなっている。早く冷やさなければと焦りが出てくる中、下の及川がボソッと尋ねてきた




「ねぇ、唯織ちゃんてさ…」
『何ですか?』

「もし、俺でなくてもこうしてた?」

及川は唯織を見上げながら尋ねた。尋ねられた本人はキョトンとしながら目を丸くしていた


『そうですね…その方が怪我をされていたらしていたかもしれません』

「そっか…」

他の男にもこうやって膝を貸す。つまりは自分自身もその他大勢の男と同じだという事…

唯織の秘密の場所を案内され、ミサンガを貰い、こうやって膝枕をしてもらっている事で、変に期待していたのだろうか…




『何でそんな事聞くんですか?』

「唯織ちゃんは誰にでも優しいのかなぁって思ってさ」

『助けがほしい方をほっとけないじゃないですか』

「はは…唯織ちゃんは罪な女の子だよね…」

頭に?を浮かべている唯織に薄く笑みを浮かべた。分かっている。この子は決して疚しい事を考えない。純粋に誰かの為に、誰かの事を考えて行動しているだけであって…

誰かを特別扱いする…そういった行為はしない事くらい……分かってる…



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