王様






「唯織ー」

『なーに?』

「暇でござる」

『あぁ…はい。そうですか』
「唯織ってば、冷たい!」

駄々をこねる子供の様に隣で文句を言う朱美を軽くスルーする。今日は休日の部活動。ひとまず午前中で部活は終わり、今は部室で朱美と帰る支度をしていた

本当は残って練習したいけれど、休日の為か鍵を管理している人が誰もいないという事で時間通りに学校を出なければならない




『ほら、朱美。項垂れてないで早く準備しなさいって』

「朱美さんはお腹が空いて力が出ませーん」

『お腹?んじゃあ、お昼だし何か食べ行く?』

そう提案すると、勢い良く朱美は起き上がり、目をキラキラさせて頷いた。さっきのテンションとは雲泥の差でスピーディーに支度をする朱美に思わず苦笑した







◇◇◇ ◇◇◇






「あ、そうだ。ところでさ」

『ん?』

「唯織って及川先輩とデキてんの?」

喫茶店で昼食を食べている中で急に言われた。思わずブホッ!と飲んでいたドリンクでむせてしまった。咳き込む私に慌ててお手拭きを差し出す朱美を見ると、本人は普通にキョトンとした表情…



『ちょッ…なッ…何言ってッ…!』
「いや、だからさ。及川先輩とデキてんのかなぁ…て」

何で普通の顔しながらそんなストレートに聞くのか、この子は…

呆気に取られている中、朱美がズイッと身体を乗り出して至近距離で真剣そうな眼差しで続けた




「あの及川先輩の右足首に巻いてあるミサンガって、この前あんたが作ったヤツでしょ?」

『まぁ…』

「普通何も思ってない男子にミサンガあげる?及川先輩も及川先輩で、普通何も思ってない女子からのミサンガずっと着ける?しかも同じデザインで色も一緒だし」

『いや…及川先輩が好きな子がいるって言ってたから、応援のつもりで渡しただけなんだけど』

一瞬で朱美の顔が真剣な表情から驚いた様に目を見開くと、えぇ!?と声を上げた



『Σちょッ、声大きいっていうか、そんなに驚く事?』

「いやだって…ぇッ…まさか…」

『何なの、その反応』

「いやぁさ…前からミサンガの事気になって及川先輩に聞いてみたの。そしたらさ…」





「あれ、及川先輩…そのミサンガって…」

「え?あぁ、これ?良いでしょー」

「あ…そうですね。似合ってますよ」

「このミサンガのおかげでかなり練習調子良いんだよねぇ」

「あの…それって、誰に貰ったんですか?」

「ん?んーとね…俺の1番のお気に入りの子から」






「って言ってたよ?」

『へぇ…』

「Σちょッ、何その薄い反応は!気に入ってるって事は及川先輩もしかしたらあんたの事ッ…!」
『Σいやいや!お気に入りと好きは別格じゃない?』

そうだよ、あり得ない。私なんかを及川先輩が好きになる筈がない。お気に入りっていうのは後輩として、お気に入りって事で。でも…ずっと着けてくれてるのは素直に嬉しい…

それから喫茶店から出た後も、朱美はその話題を投げ掛けるのをやめなかった




「ねぇー、ずぇったい及川先輩そうだってぇ」
『しつこいよぉ。だから違うって絶対』

「もぉ、唯織自身はどう思うの?及川先輩の事」
『はい?』

「あんたいっつも何にも感じてない様な顔してるけど、何かこう…ドキッとした事ないの?及川先輩にー」

朱美に言われて、不意に昨日の及川先輩との会話を思い出した。及川先輩があの時見せた笑顔を見て……確かに胸がドクンッと鳴った。でも、初めて経験した事すぎてよく分からない

不意打ちだったからなのか…それとも本当に私が恋に目覚めたからなのかは…正直分からない…



『よく…分からない…』

「ホントに興味ないんだからぁ。あぁ、でもあんたには京谷がいるか」

『だから京谷君も違うってば』

「またまたぁ…ってそうだ。私サポーター買おうと思ってたんだ」

あるスポーツショップを通り過ぎた時、思い出した様に朱美が引き返した。取り扱い表にバレーがあるのを確認して、中に入って行った朱美に着いて行く




「うへぇ…いっぱいあるなぁ」

「何処に着けるの?」

「膝ぁ。中学から着けてるヤツだから、磨り減っちゃって」

『ふぅん……私もそろそろかなぁ』

唯織はスポーツバックから何気なくサポーターを取り出した。よく見ると朱美同様磨り減ってきているのに気付いた。替え時かなぁ、と呟いた唯織も朱美と同じくサポーターの棚を眺め始めた時、再び朱美が思い出した様に口を開いた




「あ、何かあと明後日くらいに烏野と練習試合するんだって。男バレ」

『へぇ…どこで?』

「いつもの第3体育館。だから隣が騒がしくなるからってコーチが言ってた。多分明日くらいにまた言われると思うけど」

明後日って…すぐじゃん。及川先輩は右膝大丈夫なのかな。朱美曰く、烏野から申し込んできた試合らしく、青城側はある1年の子をセッターとして起用するのを条件に申し出を受けたそう




『その1年って?』

「影山飛雄っていう子。及川先輩と岩泉先輩の中学の頃のバレーの後輩みたいだけど…」

『指名されるなんてスゴいね』

「ねぇ。でも何か…あんまり良い印象じゃないかも」

朱美は肩を竦めて言った。それに首を傾げて尋ねた




『何で?会った事ないんでしょ?』

「私も指名されたのが気になったから、金田一君に話聞いてみたのよ。金田一君も中学、影山君と一緒だったから。あと国見君も」

朱美が聞いた話だと、セッターとしてかなり才能があり、ずば抜けたセンスを持っていたらしいけれど、性格がかなり独善的…つまりは自己チューらしい…



「ドン引きしたのはさ、中学最後の県大会の決勝で、影山君が上げたトスをコートの誰も拾わなかったんだって」

『うわ、何それ…キツッ…』

「私も一応セッターだからさ。想像したら超キツいよ。トラウマレベル。でもさ、決勝で部員がそういう対応したって事はさ、それだけ影山君の取り組み方に問題があったって事でしょ」

『ふぅん…』

才能がありながら、独り善がりになってしまった結果が招いたトラウマレベルの事態。そんな影山君の呼び名がコート上の王様・・・・・・・らしい

一見カッコいい呼び名かもしれないけれど、裏の意味は“独裁者”だという。うまい事言うよねぇ、と朱美は笑っているけれど……どうも私的には笑えない

きっと影山君もそんな呼び名…望んでいない筈。どういう経緯だったか会った事がないから分からないけど。多分そう思うのは…私自身にも呼び名が付いているからかもしれない…



「唯織?」
『ごッ…ごめんごめん』

「そういえばさ、及川先輩はどうするんだろうね。試合」

『うん…そうだね。右膝怪我してるし…』

松葉杖使ってるぐらいだし、と不意にサポーターを見渡していると、怪我用のサポーターがある事に気付いた。思わずしゃがんで手に取ってみる



「それ、渡せば?」
『Σえッ…!?』

「きっと喜ぶよ?及川先輩」

ニヤニヤしながら頭を撫でられた。再びサポーターに目を移す。膝の負担を軽減、怪我した直後にでも効果あり…



『喜ぶ…かな…』

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