印象
「なぁ、明日影山来るよな。練習試合」
「あんな奴知るかよ。勝つのは俺達だし」
授業の休み時間に廊下で国見と金田一が並んで窓からの景色を見ながら話していた。明日の烏野との練習試合。2人の頭に中学の頃の苦い思い出が蘇る
「もっと早く打てよッ!」
「……ッ」
「最後まで追えよッ!」
「……ッ」
「お前らはいつ本気出すんだよッ!」
影山は練習中だけでなく、試合中にすら怒声を上げていた。いくら此方の要望を言っても自ら上げるトスや技術が正しいのだ、と突き立ててきたあの
頭に何回も響く影山からの怒声に、金田一は小さく舌打ちをした。国見も険しい表情を浮かべている
「どうせあいつの事だ。今だって無茶振りトス上げて王様気取ってんだろうよ」
「そうかもね」
国見は苦笑するしかない。良い思い出などない。とにかくがむしゃらになって、誰よりも勝ちにこだわって…
むせ返るくらいのバレーへの執着心を見せつけられてきた
「あ、そういえば昨日女バレの朱美先輩が影山について聞いてきたな」
「何で?」
「さぁ、先輩は練習試合で青城側から指名されるくらいのセッターがどんなヤツなのか気になってって言ってたけど…正直わざわざ聞きにくる程でもねぇのにな」
確かに、と国見が不意に窓から校庭に目を移した。すると、何やら2年が集まっている。その団体の中にある人物が目に入った
「あれって唯織先輩じゃない?」
国見に促されるまま金田一も窓から校庭を見る。確かにジャージ姿の団体の中に見慣れた人物が中心でクラスメイトと雑談している
すぐに気付いた金田一は、微笑んでいる唯織の表情を見て頬を微かに染めた
「何かさ…唯織先輩ってかっけぇっつーか…綺麗っつーかさ…」
「金田一、顔赤いよ。唯織先輩に惚れてたり?」
「Σなッ…!そうじゃねーてッ!ただ…ほら先輩だからって気取ってねーしさ。後輩にもあんな丁寧に接してさ。大人っつーか…」
頭を掻きながらぎこちなく言う金田一にふぅん…と相槌を打って国見は再度唯織を見下ろす
『練習だからって手加減しないからね』
「いやいや、俺ら男子だって勉強はともかく体力で劣っちゃあな?」
「ふーんだ!こっちには唯織がいるんだからねぇ!」
『わッ、私がいなくても変わんないよ』
「あんまり人に隔たりなく接してるのはスゴいと思う」
「そうだろ?あんな先輩は他にいねーべよ」
「…あ、そういえばさ。さっきクラスメイトから聞いたんだけど、あの青城近くの広場あるじゃん?あそこで今朝、影山と唯織先輩が一緒にいた所見たんだってさ」
「Σはッ!?何でッ!?」
「いや、俺も聞いただけだから詳しくは知らないけど。結構親しく話してたみたいだよ」
「あいつッ…とことんムカつく野郎だなッ…」
何故か悔しそうに顔を歪ませた金田一に国見はやれやれ、と小さくため息を吐いた。でもまさか、あの独裁の王様と仲良く喋れるとは…
ホントに人見知りとかしないんだな…、と改めて国見は後輩ながらも唯織に関心した
◇◇◇ ◇◇◇
「あ、唯織ー!こっちこっちー!」
『ごめん、ごめん。遅れちゃって』
いつもの昼休み。少し遅れて屋上に上がれば、既に着いていた朱美が手を振って場所を教えてくれた。すぐさま駆け寄り、座って一息つくと、朱美が何やらニヤニヤく顔で話し掛けてきた
「んで?渡せたの?」
『……はい?』
「もぉ!昨日のサポーター!買っといてまさか及川先輩に渡してないの?」
『えッ…渡したけど…』
「反応は?どうだった?」
唯織は昨日の渡した時の及川の顔を思い出す。ありがとうと言ってたし、嬉しいとも言ってたから……喜んでくれたんだよね。多分…
『喜んでくれた…と思う』
「……で?」
『終わり』
「Σ何ぃッ!?それだけ!?」
朱美が何とも信じられない、と言わんばかりに驚いている。それだけって……この子は何を求めているのか…
「ちょっとちょっとぉ、あんたねぇ…またとないチャンスだったじゃない!」
『何のチャンスですか…』
「及川先輩とこう…イイ感じになるチャンスよ!おバカッ!」
ビシッと軽くチョップをされた。イイ感じって…あのサポーターだけでそんな雰囲気になるとは思えないけども…
『別にイイ感じになる為に渡した訳じゃないし…とりあえず受け取ってくれたから良いじゃん。それで』
「ハァ…無欲ねぇ、全く。ま、私のおかげでサポーターを買う決断出来たんだから、卵焼き1個いただきぃ」
『Σわッ、こら!卵ーッ!』
◇◇◇ ◇◇◇
『お疲れ様でッ……あれ?』
「Σあッ…!おッ、お疲れ様っス!」
放課後、いつもより早く体育館に着いたつもりだったが、中には既に金田一君が1人で男バレの準備を進めていた。私に気付いた金田一君は、慌てて深々礼をした。それに挨拶を返したものの珍しいな…と思った
『金田一君、今日早いね』
「Σいッ、いえ!唯織先輩と比べたらそんな事ないっス!」
さすがの私でもいつもはもっと遅いけどね、と苦笑し、とりあえず更衣室に向かおうとしたが、金田一君に呼び止められた。振り向くと、金田一君は此方に駆け寄ってきた
「そのッ…実は今日早く来たのは、唯織先輩に聞きたい事があったからなんです!」
『聞きたい事?』
首を傾げる私に目を泳がせながらええっと…と躊躇っている金田一君。遠慮してるのかと思い、軽く彼の腕を叩いて微笑み掛けた
『私に答えられるモノなら何でも答えるよ。何かな?』
「唯織先輩は、今朝影山と一緒にいましたか?」
金田一の言葉に唯織は目を丸くした。唯織自身、金田一が影山にどんな印象を抱いているか分かっていたから、マズい…と思わず苦笑した
でも…後輩の前で嘘を吐くなんて先輩として嫌だしなぁ…
『うん…一緒にいたよ』
「唯織先輩は影山をどう思いますか?」
『どうって…』
直球な質問だなぁ…
どうしよう…
この子は中学時代の影山君しか知らない。変に影山君を庇ったら…金田一君は自分達が間違っていたのかと傷付いちゃうかな…
「自己チューで唯織先輩、困ったんじゃないですか?」
どう受け答えようか考えている中での金田一君の発言に思わず目を見開いた
「あいつ、中学の頃から独り善がりで人の気持ちとか考えない奴だから…唯織先輩は優しいからきっとッ…」
『金田一君』
俯き気味だった唯織が顔を上げ、金田一の目を真っ直ぐ射抜いた。それに金田一は思わず言葉を飲み込み、息をも呑んだ
『影山君の噂は聞いてる。コート上の王様で、独り善がりなセッターだって』
「そッ…そうなんスよ。あいつの事だから、どうせ今も変わってなッ…」
『でも、私はそう思わなかったよ』
その言葉に金田一は固まった。唯織は表情を変えずに、金田一を射抜いたまま続けた
『中学の頃はそうだったかもしれないけど、今は違うんじゃないかな』
「えッ…それってどういうッ…」
『県大会の決勝で誰にもボールを拾ってもらえなかった事で、きっと何か変わってると思う。今でもセッターのポジションでいるって事はそういう事なんだと思うよ』
「分かってるんですよ。俺だけがあの時、コートで突っ走ってたって事は…」
『…影山君はバレーが好きなんだよ。それはきっと金田一君も一緒。でもその感情が食い違って、すれ違った』
「…俺はッ…」
『昨日私が王様の冠外しちゃったからさ。もしかしたら、明日ド肝抜いちゃうかもよ?』
民主派になった王様は強そうだしね、と唯織はイタズラな笑みを向けた。影山をまるで認めているかの様な唯織の言葉に金田一はギリッ、と歯を食いしばった
クソッ…ムカついちまうッ…
「唯織先輩!」
『Σえッ…何…かな?』
表情を強ばらせた金田一は唯織に宣言する様に告げた
「あいつが変わって民主派の王様になってたとしても、俺は同期として絶対負けませんッ!あいつよりもすげぇプレーをしてみせますからッ!見てて下さいッ!」
肩で息をするくらいの大声で言い放った金田一。唯織は目を丸くして聞いていたが、口元を緩ませて微笑んだ
『金田一君は元々スゴいブローカーであり、スパイカーだと思うよ。自信持って』
「はッ、はい!」
微笑みかけられた事で頬を微かに染めながら深々と礼をした金田一は練習試合だからって絶対負けられないッ…!、と改めて心に誓った