試合








『あれ、早く来すぎたかな』

次の日。一応影山君との約束をしていたのもあり、昨日同様広場に来た。けれど、あの壁付近に影山君の姿はない。すると、後ろなら駆けてくる音がしたから、振り向くとタオルを首に掛けた影山君が駆けてきた




「おッ、おはようございます!唯織さん!」

『おはよう、影山君。もしかして、さっきまで練習してた?』

影山君の額には微量だが汗が…
もう既に練習の最中で、今さっきまで水を飲みに行っていたらしい



「すいません、勝手に約束なんてして…」

『謝らなくて良いよ。私だって毎日朝練するし』

だから全然平気、と唯織が微笑むと影山もホッとした様に口元を緩ませた。そして、唯織は軽く準備運動をして、壁当てを始めている影山の元へ向かった




『影山君、ずっと壁当てしてるの?』

「はい。トスの練習もしたいんですが、どうも1人だと思うように出来なくて…ほぼ昨日もサーブ練やってました」

『ふーん…あのさ、せっかくセッターとスパイカーだからトスの練習しようよ』

「Σえッ…!?いやッ…俺のトスはその…」

影山のトスは普通のトスではない。というより、普通のトスの練習ではなく、神業速攻の方を練習しなければならないのであってそんな練習…出来る訳ない、と影山は戸惑った




『やろうよ。私もスパイク練習したいし』

「お…俺のトス…早いですよ?」

『大丈夫大丈夫。私も脚力には自信あるからさ』

微笑みながらオッケーサインする唯織に影山は断れきれずに、広場のコートのある所まで移動した









◇◇◇ ◇◇◇








『へぇ…此処にこんな丁度いいコートがあったなんてね』

「ここのコートは基本フリーで貸してくれるんですよ。ボールとかは自分で用意しなきゃいけないですけど」

俺のボール使いましょう、と靴を履き直して中に入る影山に唯織はハッとして顔を青ざめた





『ごめん…私靴持ってきてない』

やる気満々で大丈夫なんて言っておいて、結局練習出来ないってオチとかカッコ悪すぎ。影山君も萎えちゃったかな…




「唯織さん、足何センチですか?」

『〇〇センチだけど…』

「貸出用の靴はあったと思うので、取ってきますよ。ちょっと待ってて下さい」

何の嫌な顔1つせずに体育館の奥へ向かっていった影山君。呆気に取られたけど、ホッと胸を撫でおろした

結構紳士なんだなぁ…影山君って…

暫く待っていると、片手に室内用の靴を持った影山君が戻ってきた。それを手渡されて履き替える




『影山君って優しいね』

「付き合って頂いてる側なので、これくらい普通ですよ」

表情を変えずにさも当たり前の様に言って、コートに向かう影山君に口元が緩んだ。及川先輩同様にきっと女の子にもモテるんだろうなぁ…

それから、影山君がセッターのポジションについて私がいつものコートのポジションについた。影山君のトス…どんなだろう…




「唯織さんが跳びやすい方に跳んでください。俺がボールを持っていきます」

『うん、分かった』

了解して、一呼吸おいて走り出した。私が得意なのはブロード攻撃。影山君の背後に回る

無駄なく足を踏み出して、背中を仰け反らせながら………高く跳ぶッ!

唯織のスパイクのフォームと飛躍力が影山の目には一瞬同じバレー仲間の日向と姿が被った。普通にトスを上げる筈が身体に染み付いているせいか、不本意にも神業速攻の時と同じスピードで上げてしまった




「Σしまったッ…!」

ブンッ!、と腕か空振る音がした。トスはスピードを保ったままコート横の壁に叩き付けられた。床に着地した唯織は何が起きたのか一瞬分からず、床に落ちたボールを見つめた

何今のッ…ボールが通り過ぎたんだよ…ね…?



「すッ、すいませんッ!あのトスを上げたかった訳じゃないんですけど…」

『あッ、気にしないで。でもスゴいスピードだったね?いつも烏野ではこんな速攻技するの?』

「…まだ未完成ですけど、唯織先輩が今のトスを打つウチの同期と被って見えてつい…」

『烏野のエースなの?その子』

「エースではないです。まだ1年ですし。でも、身長は低めですけど、高いジャンプ力と足の速さは多分部員で1番かもしれません」

バカですけど、と最後に毒を吐いた影山に苦笑した
仲が良い…って訳ではないのかな…





『よぉし!もう1回お願い!』

「あッ…はい!」

『因みに、さっきのスピードでね』
「Σえッ!?い、良いんですか?」

『ん?大丈夫大丈夫。だって…』

ポジションに戻ろうとした唯織が影山の方へ首だけ振り向かせた



『見切ったからさ』

瞳は射抜く様な眼力を向けられた影山はゾクッ、と背中に何かを感じた。威圧感なのか…





『それじゃあ、お願いします』

「…いきます」

唯織はボールを上げた瞬間、走り出した。次はBクイック。コートの左側へ向かって駆けていく。影山もそれに続いてボールの下で両手を構える。影山自身唯織の動きでBクイック狙いだと分かっていたから、トスを上げる方向も分かっていた……けれど…






『見切ったから』

ドクンッ、と心臓が低く鳴り、さっきの唯織の言葉が過ぎった。その意識の乱れで、気が散ってしまった









ヒュッ!

Bクイックの筈がトスの構えが乱れてさっきと同じブロード側にトスを上げてしまった。スピードもさっきよりは遅いが、通常のバレーの中では早め…



「Σすいませッ………ッ!」

すぐさま唯織に顔を向けるがその瞬間、唯織は体勢を素早く変えて、ブロードの方へ駆け出した。そして、コートラインギリギリで床を踏み締めて、高く跳び、そのままの勢いで手を振り下ろした



『ふぬッ…!』
バコッ!

ボールは元々のスピードも加わって、相手コートの中心に真っ直ぐ打ち落とされた。唯織は勢いありすぎて、隣の壁にぶつからない様に床に着地して、大きく息を吐いた



『焦ったぁ…でも、コートに入ったから問題ないよね』

「は…はぁ…そうですね…」

影山は呆気にとられた。何で打てたんだ…
トス上げの方向だってズレズレだったし、何よりもうBクイックで踏み込もうとしてたタイミングでブロードに切り替えた…

何なんだ…この人ッ…








『―――くん?影山君ッ!』
「Σはッ…はい!」

『どうしたの?ボーッとして』

「…唯織さんは足が速いんですね。瞬発力があるっていうか…反射神経がずば抜けてるというか…」

『ん?そうかな』

日向以外に…しかも女子であんな動きをする選手がいたなんて思いもしなかった…




「あの…唯織さん。何で今のボールを打とうと思ったんですか?」

『え?何でって…』

「唯織さんのポジションから…何で間に合わないかもしれないボールを打とうと…」

『…だって、間に合わない“かも”じゃない。それ』

怪訝そうにする影山をよそに、唯織は表情を変えずに転がったボールを拾ってクルクル手元で回転させながら続けた



『スパイクがブロックされる“かも”しれない。トスの方向ミスが起こる“かも”しれない…。でもいちいちそんな事思ってたらバレーは出来ないよ』

「そうですけど…」

『私はどっちかっていうと、拾えないかもより、拾えるかもって考えちゃうな』

「…何でそんなに前向きに考えられるんですか。俺、女バレの試合とか見た事ありますけど、あんなギリギリのボールを身体張って取りに行くのオリンピックの選手ぐらいしか見た事ありません。高校の女バレで唯織さんみたいな人ッ…」
『いるかもしれないよ?たまたま影山君が見た試合にいなかっただけでさ。だから私のやり方は全然全く珍しくもなければスゴくもない』

はい、もう1回ね、とボールを手渡された影山は腑に落ちない様だったが、唯織が持ち場に着くのを見て、自身もセッターのポジションに戻った







◇◇◇ ◇◇◇







『そろそろ帰ろっか』

「あッ…はい」

暫く影山と唯織はお互いのポジションの練習をして、体育館を出た。広場の出入口まで来て、黙り込んでいた影山が唯織に話し掛けた




「唯織さん。あの…やっぱり唯織さんみたいな人なかなかいませんよ」
『Σえッ…どうしたの、急に』

「さっき唯織さん、自分のやり方は珍しくもなければスゴくもないって言ってましたけど、頭で取ろうと思っても身体は動かない事が多いと思います。何で、唯織さんはあんなに速く動けるんですか?」

影山君の表情は至って真面目。真剣な眼差しで見下ろされて、言葉に困った。何でって言われてもなぁ…




『…確かに行動に移すのは難しいよ。でもさ、ボールが落ちてない限り試合には負けてないじゃない?』

「それは…」
『目の前で取れるかもしれないボールが浮いてるのにそれを諦めたら……何か試合自体諦めてる様な感じがしてさ』

影山君も思わない?、と唯織は苦笑した。影山自身もその通りで、目の前のボールを諦めるなんて考えられない…




「俺もそうです。自分から諦めるなんて大っ嫌いです」

『なら、今日の放課後も負けられないね』

微笑んで、唯織は影山の頭を撫でた。本当は及川先輩と岩泉先輩に教わってる側だし、自分の高校の人達を応援したいけど、影山君のバレーに対する本気を見てしまったから、影山君にも頑張ってほしいと応援したいのが本音…





『影山君の事も応援してるからね』

「対戦相手の俺も応援してくれるんですか?」

『いいのいいの。対戦相手じゃなくて、同じバレー好き同士として応援するの』

それなら敵味方関係ないでしょ?、と悪戯な笑みを向けた唯織に影山もありがとうございます、と嬉しそうにはにかんで笑った

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