「唯織ちゃん、お疲れ様。はい、ハイターッチ」

エース選抜が無事終わった。部活も終わり、部員がいなくなった後、コートにやってきた及川先輩がにこやかな笑顔で両手を上げてきたものだから、身長差もあるものの、何とかハイタッチした

その後ろから岩泉先輩もやってきた



「ん」
『……あ、ハイターッチ』

岩泉先輩も両手を向けてきたから、同じようにハイタッチ。部活が終わって暫く経つけれど、未だにエース選抜が終わった実感が湧かないでいる



「頑張ったね、唯織ちゃん。試合も男バレの俺達相手にあんなプレー出来るんだからバッチリだね」

「金田一もビビってたぜ?お前のスパイク」

『そんな大袈裟ですよ。先輩達のブロックで阻まれた本数の方が多いですし…』

こんな事で浮かれていてはダメだ。選抜だって後半組で先輩達も少しは体力を持っていかれていた頃だったし…



「まぁ、とにかく無事にエースになれて良かったね。今はそれで良いんじゃない?」

『…そうですね。エースを守れたんですから…』

気持ちを切り替える為に両頬を軽く叩いた。エースとしてインターハイに出るんだから、今度こそ皆の役に立てるようにフォームを固めておかなきゃ…








◇◇◇ ◇◇◇







『あッ…あの…』

岩泉のスパイクのフォームも教わる為、コート外で及川と岩泉のプレーを見学していた唯織が声を掛けた。急な呼び止めに怪訝に思いながらも2人はプレーを止めた


「どうした?」

『今というより前から気になってたんですけど…京谷君って部活に来てますか?』

私が尋ねると、先輩2人は目を見開いてお互いを見合い、言いにくそうに口を開いた




「それが…狂犬ちゃん最近部活に来てないんだよね」

『そう…ですよね。あまりコートで京谷君を見掛けてなかったので』

「理由はまぁ…はっきりしてるがな」

岩泉先輩がため息混じりに言うと、及川先輩も小さく頷いた。あんなに部活を頑張っていたのに急に来なくなってしまった理由って…




「インターハイの出場組に入れなかったんだよ。狂犬ちゃん」

『…え?』

「この前お前ら女バレよりも早く監督がインターハイの出場組を決めたんだが、京谷はそこの枠に入れなかったんだよ。その時の京谷にはビックリしたよな」

「そうそう。監督に掴みかかっちゃうんじゃないかってくらいの勢いだったよ。それ以来部活に顔を出さなくなっちゃってね」

『あんなに部活…頑張ってたのに…』

あんなに掌を酷使してまでコートで頑張っていたのに。何でインターハイに行かせてもらえなかったのか…





「1人で頑張るっつーのは選抜理由にはならねぇよ」

「狂犬ちゃんが今回外された理由は1つ。みんなとの協調性が欠けすぎてるっていうのが監督の意見だったみたいだけど」

『そう…ですか…』

協調性が足りていないというのは…何となく分かる様な気もする。コートで練習をしていた時、京谷君が誰かとペアで練習しているのを見た事はないし…

去年3年の先輩に突っかかって部活を一時的に来なくなったのはこだわりがあるからだろうと思ってたけど…




「夢咲?」
『ぁ、はい!』

「どうしたの?ボーッとしてたけど」

『いえ…何でもないです。練習途中にすいませんでした』

本人に直接聞いてみよう。こんな終わり方…同じバレー好きとしてはほっとけない…







◇◇◇ ◇◇◇







「唯織ちゃんさ」

「はい?」

放課後練習の自宅路。岩泉先輩と別れてから、及川先輩がコンビニでアイスキャンデーを買ってくれた。アイスを手渡してくれた及川先輩に呼ばれて、首を傾げた

先輩の表情は何だか複雑そうな感じ…



「…もしかして明日狂犬ちゃんに直接聞いてみようとか考えてる?」

ギクッ、と思わずアイスを手から落としそうになってしまった。苦笑してとりあえず誤魔化すが、及川先輩は立ち止まってこちらを見下ろしてきた



「唯織ちゃんは何を思って狂犬ちゃんを気に掛けてるの?」

『気に掛けてるというか…』

「飛雄と同じみたいに、自分と姿が重なるから?」

『どうしたんですか、及川先輩。何か…怒ってます?』

「…怒ってないよ」

及川はプイッ、と顔を背けて再度歩き出した。それに唯織は慌てて後ろをついて行く





『……気に掛けてるのは…本当かもしれません』

「……」

『京谷君、知らない内にまた掌とか酷使してるんじゃないかな…とかまた誰かに突っかかってるんじゃないかな…とか』

「唯織ちゃんは…狂犬ちゃんの事好きなの?」

まさかの及川先輩の言葉に思わず足を止めた
何を言い出してるのか、この人は…



『気に掛ける事=好きにはならないと思います。恋愛とかよく分からないですし』

「…そう」

『単純にバレーが好きなのにこんな終わり方じゃ後味が悪いというか…腑に落ちないというか…。明日本人に聞いて、京谷君が本当に辞めたいとかバレーが嫌いになったのなら大人しく受け入れます』

及川は唯織へ顔を向けずに小さく微笑んだ。この子はこういう子だから、と分かっていても他の男の為に何かしようとしているのだと思うと歪んだ感情が浮き沈みするのが分かる

たった一言を言うのを躊躇ってばかりの自分が悪いんだ、と改めて思うとそれもそれで嫌になってくる。ホントに恋愛は厄介なモノだと及川は再度思い知らされた


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