瞬間






体育館にボールと手が打ち交わる音が響く。スパイクの練習で、ボールをコートの狙った場所に打ち落とす。けど…なかなか上手くいかない



『まだまだだなぁ…』

私のサーブは、先輩曰く威力はあるし、スピードもある。けれど、コントロールがまだ甘い。いくら威力、スピードがあってもコートより外に出てアウトになってしまったら元も子もない



『エースなら…こんなんじゃダメなのにッ…』

転がってきたボールを拾い、見下ろす
今年こそ、先輩を全国に連れていきたい…






「あんたの先輩がネットで人気者になっても良いの?」

ボールを上げようとした手が止まった。あの人達の声と共に砂嵐の様に過ぎったのはあの時の…脅された時の光景…



「その目は何?私達が付きっきりで練習してあげた恩を忘れたの?」
「私達が教えてもまともにサーブもスパイクも打てなかったあんたが青城のエースとか、マジウケるんだけど」

「おめでたいチームね、ホントに。私達が何もしなくてもあんたがエースじゃ…絶対に私達には勝てないわ」


“あの人達”の笑い声が頭で甦る。思い出したくないのに…思い出してしまう。去年の春高ッ…先輩達にとっては最後の試合…だったのに…







違う…
脅されたからなんだっていうの…
私のせいでッ…私が…臆病で弱虫だったせいじゃないッ…!

無意識にボールを握り締めていた。1年の頃…後悔だけで終えた初春高。惨敗で終わった試合の後、私の前では優しくフォローしてくれていた先輩達だけど、部室の更衣室で泣いていたのを私は知っている

わざと負けたなんて…言える筈ない
ごめんなさいをただ伝えているだけしか…出来なかった

今年、あの人達がどう出てくるかは分からない。けれど、3年にもなって、あんな汚い手には出ない筈…と願うしかない。今年の先輩達の試合だけでも、足を引っ張りたくない

でももしまた…去年みたいにあの人達が脅してきたら……私はどうする…?







また…従うの…?

『ッ、情けないッ…!』
バコンッ!

怯えている自分に心底うんざりした。腹いせの様にスパイクを打つと、ボールは強く床に叩き付けられた反動で高く宙を舞った

今の1発は思わず感情的になってしまったからか、呼吸が乱れる。でも…本当に情けない…



『いつまでも…縛られてるッ…』

ギリッ、と唇を噛み締めた。一先ず首を左右に振って気を紛らわし、乱れた息を深呼吸で整えて、再びスパイクの練習を始めた









◇◇◇ ◇◇◇







「おい、及川」
「何、岩ちゃん。お腹でも空いたの?」

「おめぇが呼び出したんだろうが。何時だと思ってやがる」

「そんなの8時に決まってるじゃん。忘れん坊だなぁ、岩ちゃんはッ…Σぐへッ!」
「分かってんなら時間弁えろ!クソ及川ッ!」

ジャージ姿で校舎に向かっているのは、青葉城西の男バレ主将、及川徹とエースの岩泉一

及川が何故か身体が興奮して、一緒に夜のバレー練習に付き合ってほしいと岩泉に無理強いをして今に至る。岩泉は突然呼び出され、時間も時間だった事で及川をド突きながら何やかんやで校舎に向かっていた



「てか、身体が興奮してるって変態かよ」
「ひっどいなぁ。及川さんはただバレーが恋しくて身体が疼いちゃったっていうプロ魂があるだけだよ」

胸を張って言う及川に岩泉は心底ウザったそうに眉を寄せた



「うぜぇ」
「そんな今にも俺を刺す勢いで睨まないでよ!あとでラーメン奢るからさ…って…あれ?」

及川が体育館の明かりが点いている事に気付いた。岩泉もそれに気付き、怪訝そうに見上げて眉を寄せた




「誰かいんのか?」
「さぁ…でも確かさ、いつも俺達が部活終わった後も電気点いてない?」

校舎に入り、体育館に近付くに連れて、中からボールが床に叩き付けられる音が聞こえてきた



「やっぱり誰かいんじゃねぇか?」
「嫌でもこんな時間だしねぇ…」

そっと微かに空いている扉を覗き込むと、中では1人の女子がひたすらスパイクの練習をしていのが確認出来た


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