ジワジワ









「あれ、唯織ちゃん」

脱衣所で髪を乾かし終えて、外に出ると向かいのベンチに首にタオルを巻いた及川先輩が座っていた。近くまでくると、先輩は髪の毛が濡れているのにも関わらず、紙パックのお茶を飲んでいた



『先輩、髪の毛濡れてますよ』

「俺も早く乾かしたいんだけどさ、脱衣所の中めっちゃモアモアしててちょっと涼んでからにしようと思って」

『濡れたままだと風邪ひきますよ?』

そう言って、唯織は及川の首に巻かれたタオルを持って、髪の毛をワシャワシャと拭き取り始めた

これは一般の男性からしたら…相当心臓がバクつく展開。及川も実際、突然の唯織の行動に固まっていた




「あ…あのさ唯織ちゃん。唯織ちゃんはこういうの…平気なの?」

『え?こういうのって…あぁ、私別に他の人の髪の毛とか普通に触れますよ』
「あぁいや、そういう事じゃなくて…」

少し見上げると、タオル越しから唯織の胸が見える。さっきの風呂前の出来事もあり余計に気にしてしまう…

ジャージを着ている時は気にした事なかったけど…唯織ちゃんて確かに結構…って今の俺スゴい変態みたいじゃん…

及川は首を左右に振って疚しい事を考えている自分の思考を誤魔化した。唯織がそういうつもりでないのは分かり切っていた事だからだ



「あッ…ありがとう。唯織ちゃん。もう大丈夫だから」

『あ、はい。すいません、勝手な事して』

及川先輩にタオルを手渡しながら苦笑した。そして、隣に座って自分で髪の毛を拭き取っている及川先輩の動作を不意に見た

先輩は滴ってくる水が入らない様に目を細めている。髪の毛がいつもより乱れていて、率直にいうと色気がスゴいと素直に思った。きっと女の子が見たらイチコロなんだろうなぁ…





『及川先輩ってどんな仕草でもモテそうですね』

「……ん?何何?」

素直にそう言うと、及川先輩は手を止めて私を見下ろした。苦笑しているのを見るに、聞こえてはいたらしい



『いや…今の髪を拭く仕草でもきっと女の子はときめくんだろうなぁっと』

「……唯織ちゃんは?」

『私…ですか?』

まさか振られるとは思ってなかっただけに、戸惑った。けれど、あまりときめくとかそういうのも経験不足であって…



『…すいません、よく分からないです』

あやふやな事に俯いて、無難にそう答える。及川先輩の反応はない。失礼だったかな…




「じゃあ…どうしたら唯織ちゃんはときめいてくれるのかな?」

『……はい?』

確かに聞こえた先輩の声。一方の先輩はハッ、とした様に口元に手を当てて私に視線を向けた



「あッ…いやッ…何でもないよ」

そろそろ髪乾かしてくるね、と足早に男風呂の方へ入っていった先輩を見送った。私をときめかせる意味があるのだろうか…

やっぱり校内1のモテ男になると、全校の女子を制覇したいと思うのだろうか…なんて失礼な事を考えてしまった







◇◇◇ ◇◇◇







体育館へ向かい、練習し始めて数分…



『及川先輩』

「ん?どうしたの?」

『あの…こんな時間に渡すのおかしいかもしれませんが、渡しそびれてしまったので』

練習の合間の休憩で唯織が手渡したのは、合宿前にクラスメイトから預かった及川へのクッキー



「何これ?」

『クラスメイトの子から及川先輩に渡して欲しいって頼まれたんですよ』

「へぇ…ありがとう」

唯織から受け取ったには受け取ったが、及川は浮かない表情を浮かべた




『クッキー嫌いなんですか?』

「別に嫌いじゃないけど…さ…」

及川自身、少しだけモヤモヤしていた。自分宛のプレゼントを頼まれても平然としている唯織に…

そんな及川の心情なんて知る訳もなく、唯織は微笑みながら手渡したクッキーを見ていた




『でもスゴいですね。聞いたら先輩はくれた子にわざわざ直接お礼しに行くそうですし』

「いや、だって自分の為に手作りしてくれたらそりゃあね。人としての礼儀っていうか」

『だから及川先輩は人気なんですかね。いつも何かしら貰ってますよね?』

「うん、まぁ…たまに俺の好みが当たりすぎてると怖くなるけどね…」

人気者は人気者なりに苦労しているらしく、及川先輩は思い出した様に顔を青ざめていた。一体何があったのか…

きっと京谷君の時同様にストーカーレベルのファンがいたんだろうなぁ…





『ところで及川先輩。好きな人とは進展ありました?』
「Σぶふッ!」

及川は飲んでいたスポドリで噎せた。質問した当の本人はキョトン顔で首を傾げていた



「…唯織ちゃんってたまにえげつない質問してくるよね…」

『いや、ほら…前に聞いてからしばらく経ったのでどうなのかなぁと思って』

唯織の言葉に及川は目を細めて再びスポドリを飲んだ



「…大きな進展はないかな。あっちも忙しそうだし」

『そうなんですか?』

「まぁ、俺はそれを見守ってるって感じ。前も言った通りまだあっち俺の気持ちに全く気付いてないし」

上手くいかないもんだよねぇ、と苦笑している及川先輩。こんなモテモテな人でも好きな人にはグイグイいけないんだなぁ…

そろそろ練習しよっか、と及川先輩が飲んでいたスポドリを置いてコートへ入っていった。先輩が恋をしている人……同級生なのかな。でもあんな努力家でしかも人気な人に好かれてその人は幸せだろうな。早く実れば良いのに…



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