勘違い







練習漬けのGW合宿も後半に差し掛かった。そして、いよいよ明日は全員が待ち望んでいた自由の日。だからその日の練習には皆いつにも増して気合いが入っていた




「唯織ッ!」
『Σちょっとテンポ早ッ…!』

朱美がいつになくスパイクを急かすトスに間に合わずに腕は空振り、ボールはコート外に落ちてしまった。恨めしそうに朱美を睨むと両手を合わせて慌てて謝っている



「テンション上がってるねぇ」
「さては明日が楽しみなのだな?」
「あ、バレました?」

主将が肘でつつくと朱美は苦笑しながら頭を掻いた。そっか、1日オフは明日だったか…とみんなの会話で気付いた。そういえば男バレの方も今日はいつにも増して声がハキハキしている。みんな楽しみにしてたもんな…





「ねぇねぇ、唯織。今日くらいは早めに寝ない?」
『えー、明日オフだから尚更練習したいんだけど…』

「もぉ!どこまで真面目なの!明日は待ちに待ったオフなんだから体力温存して、思いっ切り遊ぶのよ!その為の早寝という事で!」

お願い!、と朱美に身を乗り出されながら懇願された。代わりに明日化粧してあげるから、と交換条件みたいに言われたけれど、必死にお願いされたものだから勢いに負けた

その後コーチが来て私的には追い討ちを掛けられた様に、今日は早めに切り上げると指示された。正直心の中では残念ではあったが、周りの先輩達や後輩は最早浮かれ状態であった為、顔に出せなかった










◇◇◇ ◇◇◇










「ほほぉ、マジか」

「何見てんだ?」

男バレも早めに練習を切り上げて、各それぞれが部屋でのんびりしている中、スマホをいじっていた松川が企んだ笑みを浮かべた。花巻が尋ねながらスマホを覗き込むと画面には心霊スポットと題名のサイトが…





「明日みんなで川沿いまで行くだろ?そこの近くの林が心霊スポットなんだと」

「おめぇそういう話好きだよなぁ」

「女バレもいんだし、これは肝試しするしかなくね?」

「季節外れじゃない?」

松川の周りに岩泉と及川もやってきた。サイトには危険度を星で表示しており、星5の内星は2こ付いている。松川はこのくらいなら肝試しするにはいいレベルなのではないかと肝試しの開催をみんなに促した





「もしかしたら…彼女をゲットするチャンスかもしれんぞ」

「いやいやいや、相手女バレじゃねぇかよ」

花巻が歯を見せながら笑うと岩泉は手を左右に振って苦笑した。一方で松川は花巻に賛同するように腕を組みながら頷いた



「もしかしたらもしかするかもよ?恋が芽生えるかもしれん。なぁ、及川」

「え、あぁ…そうかもね」

俺はもういるんだけどね、と心の中では答えた。あわよくば唯織とペアになれたらいいなと思う反面、以前の朱美が言っていた言葉を思い出す

女たらしだと思われている以上、逆にあんまり馴れ馴れしくしない方が良いのかな。この前も目の前で他の女子おんぶしちゃったし…










◇◇◇ ◇◇◇










『え、みんな化粧するの?』

「フッフッフ、これは女の嗜みなのです。唯織先輩はしないんですか?」

いや、私は別にと言った矢先に化粧ポーチを持った朱美に腕をがっしり掴まれた。振り返ると彼女は完璧に化粧しており、ニヤニヤしている




「昨日言った通り、化粧してあげる。そこにお座りよ」

『いや、だから良ッ…』
「お座り」

『……はい』

ズイッ、と距離を詰められながら言われた。素直に椅子に座ると、慣れた手つきで朱美は化粧ポーチの中の道具を使って私に化粧をしていく

自分じゃ絶対出来ないだろうなぁ…と思っている間に周りの支度が出来た後輩達が物珍しそうな表情で集まってきた。恥ずかしい…




「おぉ、先輩大人っぽーい」

「朱美先輩、化粧上手ですね」

「ほっほっほぉ、私に掛かれば容易いのです。もっと褒めて」

胸を張って後輩に褒めてアピールをする朱美をよそに手鏡で化粧後の顔を見る。想像出来なかったけれど、化粧すると私ってこんな顔なんだなぁ…




「服も言った通り、ちゃーんと考えてきたのね。爽やかコーデでよろしい!」

合宿前に朱美に念を押された為、無難な服を持ってきた。一応色も水色と白で合わせたコーデ。朱美にお許しをもらってひとまずホッとした。此処でダメダメ!と言われて脱がされるのは逃れられた

支度を済ませて部屋を出た。10時にバスで川沿いまで向かうのだが、集合場所には既に先輩達や男バレも集まっていた





「ひゃあ!岩泉先輩カッコよすぎない!?ねぇ!カッコよすぎない!?」

腕を大きく揺さぶられながら男バレを見ると、以前に言っていた通り岩泉先輩は全体的に黒い。カジュアルな感じではあるけれど、朱美にはドストライクらしい

隣の及川先輩を見るとやはり白が目立つ。思った通りの爽やか系コーデだった




「爽やか同士、お似合いじゃない?」

『誰?』

「あんたと及川先輩に決まってんでしょうが」

確かに及川先輩の服装にも水色が入ってはいるけれど、お似合いってほどではないだろ。ツンツンとつついてくる朱美に軽くため息を吐いた









「やっぱり女子の私服は華がありますなぁ」

男バレも男バレで滅多に見ない女バレの私服を見ながらワイワイと盛り上がっていた。松川と花巻があの服装が好みだのなんだの話題を作ってる中、岩泉は女バレの方を見つめている及川をこ突いた




「何ボケてんだよ」

「は?え、あぁ…いや…」

「……らしくもなく服装だけで見惚れてんじゃねぇだろうな」

岩泉の指摘に及川は身体をビクつかせて、途端に顔を真っ赤にさせた




「す…好きな子の私服初めて見たらそりゃあ…ね」

及川の視線の先の唯織は確かにいつものジャージや制服と違って印象が変わっている。好きになるとあのたらしがここまで変わんのか…




「あんまがっつきすぎんなよな」

「わ、分かってるよ」










◇◇◇ ◇◇◇










バスで移動して30分、とある山間部にある川に着いた。着くなり荷物を置く為に大きめのシーツを轢き、ドサドサとみんな荷物を置いていった

監督やコーチ持参のキャンプ用の机やらグリルやらをみんなで組み立てていく





「お前そこちゃんと持てよ」

「ちょっと金田一、背ぇ高いよぉ」

「矢巾ー、これこっちで良いの?」

「良いんじゃね?ほら、国見しっかりやる気出せって」

「やってますよー」

みんながそれぞれ組み立てていく中、高学年の3年と朱美、唯織はキャンプファイヤー用の薪を拾いに林に入っていた




「そんな遠く行くなよー」

「1人で動かないようにね」

岩泉先輩と主将がみんなに指示を出して、それぞれグループになっていく中で朱美とペアになろうとした時、及川先輩に腕を掴まれた





「唯織ちゃん、俺と行こう」

『え、あ…でも朱美がッ…』
「どうぞどうぞ」

朱美はすんなり及川先輩の前に私を突き出した。躊躇していると朱美から頑張んな、と耳打ちされた。何を頑張るというのか。さっさと朱美は近くの先輩とペアを組みに行ってしまった

急に誘ってごめんね、とバツが悪そうに苦笑した及川先輩。私を誘って良いのだろうか。主将を誘えば良いのに…








「今日は快晴で良かったねぇ」

『そうですね』

林を及川先輩の後ろを着いていきながら薪を探していた。そういえば…今日は朝から及川先輩と話してなかったな。何故か先日の及川先輩が負傷した主将を運んで行った日からやたらと気になってしまっていた

及川先輩と主将のペアはみんながあの場でお似合いだと言っていた。同級生だし、話していて主将の方が及川先輩の事をよく知っているみたいだし…

勝手に頭の中で、前に及川先輩が言っていた好きな人は主将なのではないかと思っていた





『及川先輩』

「ん?」

『主将は…良いんですか?』

唯織の問いに及川の足が止まった。そして、振り向いたその表情は怪訝そうに眉を寄せている





「どういう意味?」

『その…私じゃなくて主将を誘った方が良かったんじゃないんですか?』

「…何であいつが出てくるの?」

先輩は何故か不機嫌そうな顔だった。上手く言えない。勝手に主将の事が好きなんだろと聞けない。先輩に対して失礼かもしれない…

そんなこんなモヤモヤと考えていた中で先輩の次に言った言葉で、自分でも信じられない程にズキンッと胸辺りがザワついた





「好きだよ、あいつの事」

『……ぇッ…』

「って言ったらどうするの?」

ヒドくザワつき始めた心臓。及川先輩の表情はいつもと打って変わって真顔。いつもの冗談ぽい雰囲気ではまるでなかった





『……どうもしません。もしそうなら応援してます』

何も思わなかった訳じゃない。でももし好きなら好きで、私がどうこう言う権利はない。主将は優しい人だし、しっかりしてるし、美人だし…

及川先輩とはみんなの言う通りお似合いだろう。私は先輩に言った。好きな人との恋が結ばれる様に応援すると。だから私は……応援するだけ

その後、及川先輩はそっかと静かに言って、それ以外ほとんど何も話さずに薪を集め始めた。それに続いて私も薪を拾い始めた









◇◇◇ ◇◇◇









「唯織ー!こっちこっちー!」

『待ってよぉ!』

「先輩速いですよー!」

薪を集め終わり、昼まで自由時間。朱美に連れられて後輩達と川の近くまで行っていた。まだ川の水は冷たかったが、入れない訳ではなかった。幸い太陽の温かさで日向の川は冷たさが緩和されている

川の流れは緩やかで、透き通っている。さすが山間部の川。水が綺麗な訳だよなぁ…

朱美と後輩がはしゃいでいるのをよそ目に、岩場に腰掛けた。水を足で遊ばせながら和だなぁと口元を緩ませていた。と、その時、後ろから上着を掛けられた





「見えるよ」

『Σまッ…つかわ先輩…』

まさかの松川先輩が微笑みながら後ろに立っていた。あまり2人で喋った事がなかったし、驚かずにはいられずに硬直していた。すると、松川先輩はズボンの裾を上げて、川に足を入れながら私の隣に座った





「うはぁ、思ったより気持ちいいわ。これ」

『あ、ありがとうございますッ…』

「水遊びは気を付けないと、服が透けて危ない奴が寄ってくるからねぇ」

『危ないって…此処には先輩達しかいないじゃないですか』

「俺達だって、男だよ?」

ニヤニヤしながら松川先輩は言った。改めて松川先輩を見ると、服装がなんというか…エロい。服装は高校生離れした大人っぽさで胸元がこう丁度よくはだけていて、足だって綺麗。以前に岩泉先輩から聞いた事を思い出した

どうやら松川先輩は歩く18禁なんだと…
あまり意味が分からなかったけど、今少しだけ分かった気がする。確かに高校生離れした雰囲気はある…







「おぉおっと?松川攻めるぅ」

「夢咲に声を掛けるとは…積極的ですね」

少し遠くで男バレも川辺でのんびりしていた。途中抜けた松川の後を目で追うと、そこには唯織が。珍しい組み合わせだが、親しげに2人は話していた

他の男子がニヤつき顔で2人を眺めるが、及川だけ別の方を見て足で水をバシャバシャ軽く叩いていた





「及川、良いのか?」

「…別に」

岩泉が察するに薪を集めに行ってから様子が何やらおかしい。唯織自体には何の変化はないが…





「どうしたよ。夢咲と何かあったか?」

「……唯織ちゃんは俺が好きなのはあいつなんじゃないかと思ってる」

あいつ?と及川が指差す方を見ると、女バレの主将。それで以前負傷した際に及川が主将を運んだ時の事を思い出した





「俺別にあいつの事好きとかじゃないのに」

「もういっそ…話しちまった方が良いんじゃねぇの?」

後ろに軽く仰け反りながら岩泉は面倒くさそうに言った。及川はムッと口を尖らせた




「それが出来れば苦労してないの。分かる?」

「そりゃあ、うじうじ後の事しか考えてねぇ優柔不断なお前が招いた結果だろ」

容赦なく痛い所に丁度ブスリと言葉を刺した。及川自身もそうだと分かってはいるが、何故こうも奥手になってしまうのか…





「今日の夜の肝試しで言っちまえば?」

「あのねぇ、肝試しでコクって成功するのは漫画の中の話なの。第一、唯織ちゃんが肝試し苦手だったらそれどころじゃないでしょ」

「俺の知った事じゃねぇ。うじ虫みてぇにのたうってないでさっさと決めろや、うじ川」

バシャッ!と足で及川に水を盛大にかけた岩泉。それに及川は絶叫しながら反撃する様に水をかけ返す。いつの間にか2人の水かけ合いになっているのに、他の男子も漸く気付いた





「おーい、誰かあのゴリラ2人止めろよぉ」

「あの2人に太刀打ちするなら本物のゴリラになるしかないっスよ」









「あのゴリラ達は何をしてんだかねぇ」

背後から派手に水の音がして振り向けば、及川先輩と岩泉先輩が絶叫しながら水を掛け合っていた。松川先輩は苦笑しながらため息を吐いている




「夢咲はさ、好きな人とかいないの?」

『え?好きな人…ですか…』

松川先輩が流し目で聞いてきた
好きな人…好きな人…





『特には…』

「へぇ…及川とはどうなの?」

此処で何故及川先輩が出てくるのか。唯織は不審に思う一方で、松川は薄々感じていた。及川が唯織に気があるんだろうという事を

試しに唯織に話し掛けてみた矢先に岩泉とあぁなっている。確定ぽいし、あの様子だと岩泉も知っているのだろうか





『及川先輩は…憧れです』

「セッターなのに?夢咲のポジション的には岩泉じゃない?」

『…及川先輩のあの試合中の雰囲気とか、みんなの能力を引き出したり、あのサーブだってスゴいと思います。なので…』

「真面目だねぇ。夢咲は」

松川は唯織の頭をポンポンッと軽く叩いた。唯織が怪訝そうに見上げる





「お似合いだと思うけどねぇ」

『だ、誰がですか』

「夢咲と及川」

それだけ言って、松川先輩はタオルで濡れた足を拭いて、サンダルを履き、男バレの所へ戻って行った



『ぁッ…上着どうしよ…』



/Tamachan/novel/4/?index=1